暗闇は囁く
「気分はどうだ?」
「⋯⋯あんまし良くねぇ」
まだガンガンと痛む頭を抑え、少し煤けた天井を睨みつける。
「いやーすまん! まさかお前がここまで酒に弱いとは思わなんだ」
「大丈夫だ。俺自身、こんな弱いとは知らなかった。次から俺は別のものを頼む。うぇ⋯⋯気持ち悪ぃ⋯⋯」
「大丈夫? もう少し寝ていいのよ?」
「すまん、そうさせてもらう⋯⋯」
ミーヤの膝に頭を預けて、ゆっくりと瞼を閉じる。クセになりそうな程柔らかな膝だ。
「アーガスとクローズは食ってすぐに寝たか⋯⋯平和な奴らだ⋯⋯」
呆れたようなリーダーの声が聞こえる。その声には、どこか嬉しそうな色が混じっているのを感じた。
人と食事をするのがこんなに楽しいなんて思ってもみなかった。それどころか、マトモな食事をしたのさえ久しぶりに感じる。
「あぁ⋯⋯⋯⋯」
暗い部屋で、食べ飽きたインスタント食品を胃にぶち込むだけの食事。だが、そんな生活も既に懐かしくすら感じてしまう。早く帰りたい。帰った所で、俺の居場所なぞ有りもしないのに。
「⋯⋯悪い、散歩してくる」
思い出しただけで胃の中がごった返しそうになる。たまらず体を起こし、名残惜しさを感じながらもミーヤの膝から離れる。
「付き合うぞ、沙雅」
「別に面白い事はねーぞ?」
ガチャリと扉を閉め、リーダーの少し前を歩く。さすがに夜風は少し寒い。フードを被ろうと背中に手を伸ばし、そういえば着替えたのだと思い出す。
「なぁ沙雅。上手くやっていけそうか?」
「あ?」
リーダーの問に、歩みを止めて振り返る。
「さあな。俺は人と長く一緒にいた事がないから、上手くやっていけそうかは分からねーんだ」
「⋯⋯色々とあったんだな、お前も」
「別に。他人に心配されてどうこうなるもんじゃねーよ」
同情されたのだろうかと思うと、少しだけ不機嫌になってしまう。お前に何がわかるものか。俺自身すら分からないのだからと、悪態の一つでもついてやろうかと考えたが止めた。
こんな所で当り散らしても、軋轢を生むだけだ。それよりも今は、少しでも元の世界に戻る方法を探さなければ。
「一つ聞きたいんだが、俺みたいに突然ここに来た奴はいるか?」
「いや、こんな事はお前が初めてだ。力になれなくてすまない」
「手がかりは無しか。気にしないでくれリーダー、これは俺だけでも何とかする」
「だがお前は帰りたいんだろ?」
「帰る⋯⋯ね」
戻ると帰る。似たようだが、その言葉に込められた意味は大きな違いがある。俺は果たして本当に帰りたいのだろうか。考えれば考えるほど、頭痛が思考を邪魔して来る。
気を紛らわそうと空を見上げると、青色の月が煌々と輝いていた。
「月は有るのか⋯⋯この世界でも」
「ツキ?」
「あのデカイ青丸の事だ」
空を真っ直ぐに指さす。リーダーはその指先に連れられて真上に視線を向ける。
「月か。お前が居た場所でも、月は見えたんだな」
「そりゃあ見える」
「じゃあ、帰れるさ。きっとな」
「⋯⋯あぁ、そうだな」
俺の見てる月は違う、そんな事は言わなかった。誰が満面の笑顔の男にそんな野暮な事が言えようか。
リーダーを見ていて、てっきり俺はもっと冷徹な人物だと勝手に勘違いしていた。だが本当は、仲間と認めた者には敬意を払って接し、決して貶しはしないような人だった。
「気分は落ち着いたか?」
「少しな。相変わらず吐き気がする」
「今日はもう寝た方がいい。明日、街を案内してやる」
「おう、頼むぜ。リーダー」
明日が楽しみ、そう感じられたのはいつ以来だろうか。初めてにも近い感覚を抱き、少しだけ戸惑う。
来た道を戻り、俺は戻るべき場所へと戻った。
「あ、リーダー」
そういえば、大切なことを忘れていた。
「俺、部屋片付けてねぇ」
「あ⋯⋯」
埃まみれの部屋。あそこで一夜を過ごそうとなれば、呼吸器官の損傷は免れないだろう。
「仕方ねえ、今日は一階のソファーを使ってくれ」
「⋯⋯分かった」
なんと俺の異世界初の睡眠は、ソファーの上になるようだ。土の上でないだけマシだと自分に言い聞かせて、俺はしぶしぶと毛布を被る。
瞼を閉じると、闇がゆっくり体を染め上げてゆく。気づいていなかったが、体は相当疲れていたようだ。そのまま俺の意識は、電源を切ったテレビのようにぱったりと落ちた。




