1話 窓ガラスには御注意を
体が硬直する。火照っていたはずの体からは冷たい汗が吹き出し、緊張感が背骨を支配する。
そのまま硬直すること数秒。
またしても破裂音が鳴り響く。今度はさっきよりも近い。
「隠れよう」
考えるより早く答えが出る。何が起きてるか分からないが、絶対に関わってはいけない予感がした。
開けようとしたペットボトルを再びポケットにねじ込み、立ち上がる。
──まただ。また破裂音が聞こえた。
慌てて近くの建物へと入り込む。
ヨーロッパ風のレンガ造りの建物は、鍵がかかっておらず、すぐに入れた。不思議な事に、中には人の気配は無い。
──4回目の破裂音。
あぁ、この音はまるで銃声じゃないかよ。
入ってすぐの部屋には、テーブルと椅子が4つ。どれも木製で、何の変哲もないただの家具だ。窓はガラスで、さっきまでいた道の様子が見える。
窓際の壁に張り付き、窓から外の様子を伺う。息を殺し、外から見えないように注意しながら、音のした方を見る。
──5回目。近い。
心臓の鼓動が早くなる。破裂しそうだ。
「どんどん近づいてくるぞ……」
呼吸が荒い。喉が痛いくらい乾く。背中からは冷や汗がとめどなく吹き出してくる。
──次の瞬間、視界に黒い人影が現れた。
「ッ!」
人影は手に持った黒い塊を走ってきた方向へと向け、構える。
直後、あの破裂音が鳴り響く。その光景を見た瞬間確信する。
さっきまで聞こえた音は銃声で、あの人物は銃を持っている。おそらくは相手がいるのだろう。
その人物は発砲後、隠れるように建物の隙間へと飛び込む。
───また破裂音。
やはり相手も銃を持っている。となると、ここは銃撃戦の場だ。
「嘘だろ……なんだよこれ……」
思考が止まる。何も考えられない。頭の中が真っ白に染まる。
目の前の人物は、物陰から様子を伺ってる。
次の瞬間、道へ飛び出し、発砲する。連続した銃声が鳴り響き、俺は思わず地面へ伏せる。
どれくらい経っただろうか。銃声は止み、辺りは静寂さを取り戻す。
恐る恐る窓を覗き込む。道の中央には、黒いロングコートに身を包んだ長身の男が佇んでいた。手には見た事のある銃。
あれは、MP5だ。
「どうしてこんな所に……いや、まずは隠れよう」
気づかれないように窓から離れる。足音を出さないようにしながら、テーブルの下へと這入る。
この程度ならすぐにバレるが、無いよりはマシだ。幸い、あっちはまだ気づいてなかったようだし。
だが───
「そこにいるのは分かってる。出てこい」
家の扉が叩かれ、そんな言葉をかけられる。
心臓が止まりそうになる。何故だ、何故バレた。
「丸腰か? なら、尚更出てこい。大人しくしてれば何もしない」
男は敵意のこもった声で語りかける。俺は半分ヤケになって扉に向かって叫ぶ。
「わかったから! 出ていくから撃たないでくれ!」
「……約束しよう」
笑う膝を抑えて、俺は扉に手をかける。ゆっくりと開けると、そこには先程の男が立っていた。
「お前、ここで何をしている」
「わ、わからない。ただ、その……銃声がしたから隠れていて……そしたら、銃撃戦が」
しどろもどろになりながら男に状況を説明しようと試みる。だが舌が回らず、上手く状況を伝えられない。
男はやれやれと言った表情で俺を見る。
「一般人か。隠れる時はもっと上手く隠れろ。吐息が窓を曇らせたらすぐバレるからな」
「え……」
「……付いて来い」
そうすると男は俺に背を向けて歩き出す。
「どうした、このまま死にたいのか」
「あ、待ってくれ!」
その背中を俺は急いで追いかけていった。