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ジョーカー・ガン  作者: 唄海
1章 撃鉄を起こせ
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笑顔の報酬

生きてます大丈夫こっちも書きます

「⋯⋯」


 とても優しい手が、俺の頭を撫でる。ゆっくりとゆっくりと。


「君の目はとても優しい目をしてる。だから、人を殺す事がとっても怖いんだよね」

「⋯⋯あぁ、俺は人が死ぬのは嫌だ。まして、よりによって自分の手で人が死ぬなんてのはな」


 俯いたまま応える。頭を撫でる手は、その気になればいつでも振り払える。それでも今は、今だけはこのままでよかった。


「じゃあ君が人を殺さなかったら、別の誰かが死んじゃうとしたら?」

「それってどうゆう⋯⋯」

「例えばの話だよ。もし怖い人が来て、あたしやみんなが酷い目にあって殺されちゃうとしたら。その時君はどうする? 何もせず、見てる?」

「そんなのは⋯⋯」


 そんな事は出来ない。それは、俺が殺した様な物だ。救えたハズの人達を見殺しにしたのと変わらない。


「でも、そんなのおかしい。人を守る為に人を殺すなんてのは間違ってる」


 顔を上げ、ハッキリと言い切る。目の前の少女は、少しだけ悲しそうな顔になった。


「そうだよね。本当はそう、なんだよね」

「お前⋯⋯」

「君の言ってる事はとても良いことだよ。誰であろうと、死ぬのはダメだよ。でもね──」


 吸い込まれそうな綺麗な目。少女はその目を逸らすことなく、真っ直ぐに俺を見つめこう言った。


「正しさだけじゃ、助けたい人は助けられないんだよ」


 その言葉が、深く深く心の底に突き刺さる。


「じゃあどうすりゃいい⋯⋯俺は一体どうすればいいんだ⋯⋯」


 再び俯き、手にした銃を見る。いっそこの銃で頭を撃ち抜いてしまえば何もかも終わるのではないかと思ってしまう。


「正直言うとね、ホーネットの人達には感謝してるんだ。怖い人達からみんなを守ってくれてる」

「え⋯⋯」


 意外だった。てっきり俺は周りからは忌避されてる存在だと思っていたからだ。


「⋯⋯人殺しだぞ」

「同時に人守りでもあるの。あの人達は誰かを守りたいと思って、戦ってる」

「守る、か」

「そう。だから君も、守る為に戦ったらいいんじゃないかな」

「それは⋯⋯」


 そんな事ができたらどれほど楽だろうか。自分の行為を正当化し、あたかも自分は悪くないと感じることができる。だがそれは結局、人を殺す事を肯定してしまう理由にすぎない。


「それに俺には守りたいと思える物がない。自分の身を案じるくらいで手一杯だ」


 記憶も、自分の意思も空っぽ。それが俺、夏月沙雅と言う人間の正体だった。本当に自分に嫌気がさす。死にたくない、殺したくない、見殺しにしたくないと言う矛盾。そして何より、守りたいと思う物さえ持っていない。

 酷い自己嫌悪に陥る。こんな人間こそ、本当に死んでしまえと心の底から自分を呪う。


「じゃあ、君は守る物があれば戦えるんだね」

「あ⋯⋯?」


 唐突に、銃を持たない方の手を取られる。そのまま少女は撫でていた手を離し、取った俺の手に重ねた。


「──っ!」


 触れた手から伝わる肌の温かさ。その温かさに、不思議と涙が出そうになる。


「あばばばば」


 そしてそれ以上に、よく分からない羞恥心が全身を襲ってきた。顔が熱くなり、今にも火が出そうだ。


「⋯⋯⋯⋯」


 急いで振りほどこうとするが動かない。少女の手の温かさだけで、俺の脳は全ての思考を放棄してしまったのである。


「お願い、あたしを守って。戦う力の無いあたしを助けて」

「はぇ⋯⋯?」


 祈るように、縋るように。少女の口から言葉が紡がれる。天使のささやきの様な声は、オーバーヒート寸前の脳へ冷却水の如く浸透してきた。


「君は人を殺すのが罪だと言った。なら、その罪はあたしが背負う。君の守る物が無いなら、あたしはあなたに守られる。それがあたしからのお願い」

「⋯⋯本気で言ってるのかよ、それ」

「えぇ、本当に。なんなら、あたしを人殺しと呼んでもいいよ」


 少女の声は本気だった。それこそ、俺が殺されるとさえ思う程に。


「あぁ、本当に⋯⋯馬鹿だろ⋯⋯」


 大きく息を吐き出す。


「会ってすぐの人間に頼む事じゃねぇだろ⋯⋯」

「時間なんて関係ないよ。あたしは君を信じた。だからあたしは、君に頼むの」

「頭おかしいよ、お前⋯⋯」


 どうして初対面の人間にそこまでやれるのか不思議だった。いや、普通ならば見知った人間ですらそんな頼み事などしない。


「納得がいかねぇ。どうしてお前は俺を信用する」

「どうして、かぁ。自分でもよく分からないのだけれど──」


 握る手に微かに力がこもる。


「──傘を持ってもらったからかな」

「はぁ?」


 あまりにも些細な事に、唖然とした。

 それにあれは、この少女が自分から仕組んだ事だったはずだ。俺から進んでやったことではない。


「君は優しい。その優しさが無くならない様にも、あたしは君の役に立ちたい。それがどんな罪であっても」


 少女の手は、確かに俺の手を握っていた。決して離すことも、振りほどく事もなく。温かい血潮の巡りと微かな鼓動、そして目の前の青年に対する祈りを伝えながら。


「⋯⋯⋯⋯」


 人が死ぬのは嫌だ。それも大切な人が死ぬのは。

 それでも、大切な人の為には他人を犠牲にしなければならない。そんな事は痛いほどに分かっていた。


「いい加減に覚悟を決めろ夏月沙雅。何時までも拗ねて燻ってるなら、命の一つや二つ守って見せろ」


 自分自身に叱責する。このままだと誰も助けられない。どうせのうのうと生きるなら、目の前の少女の願いを果たしてやろう。

 それが、俺の決めた生き方だ。


「わかった。俺はお前を、お前達を守る為に戦おう」


 銃をポケットにねじ込み、空いた手を少女の手に重ねる。冷えきった手、凍りついた心がゆっくりと融けてゆく。


「──ありがとう」


 にっこりと微笑んだ少女。この笑顔を、空っぽの心に刻んでおこう。守りたいものは、いつもハッキリとさせておいた方が良いのだから。

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