Route2 戸惑い
あれ? と思った。
おかしいな、と思った。
でも、お母さんに朝食に呼ばれたとき、体も気持ちも大して重くなくなっていて、私は久しぶりに部屋を出た。
……久しぶり、だよね?
リビングに降りてほかほかと温かい朝食をとった。
お母さんは、大丈夫? のような言葉はかけてこなかったし、特に私に対して心配しているようでもなかった。
そこにあったのは、当たり障りのない、夏休みの日常だった。
私は夢を見ているの、かな……?
それとも、あの日々が、夢?
ユウくんとお祭りに行って、遊んで、そして、近くから居なくなっちゃった。私にとっては、ほんの数日前の出来事のはずだ。その内容だって、今もありありと思い出すことができる。
夢と片づけてしまうのは、なんだか違う気がした。
「夏菜! 手止まっているわよ。ぼーっとしてないで、さっさと食べちゃいなさい」
「あ、はーい」
もぐもぐもぐ。
苺のジャムを塗ったトーストを口に運びながらも、私は考え続けた。
どっちが本当で、どっちが夢の出来事だとしても、結局は目の前にある今が現実なんだ。
否定しようがしまいが、これからのことが変わるかなんて分からないし、わざわざユウくんが居なくなった方を選ぶつもりは、更々ない。
今、ユウくんはどこで何をしているのだろう?
お皿洗いのお手伝いを済ませてから部屋へ戻り、ベッドの上にごろんと寝転がった。
嫌なことは早く忘れたいからなのか、だんだんあの出来事は悪夢ということしてしまっても、いいような気がし始めていた。
何でわざわざ嫌な記憶に振り回されなければならないんだ。
うん、そうだ。
自分でいいと思う方を信じて、おかしいわけがない。
そうして、お昼の時間が近くなった頃。
トゥルルルル……トゥルルルル……
「夏菜ー、有一くんから電話よーー」
「はあい、今行くー」
ユウくんからの、お祭りのお誘いの電話がかかってきた。
なあんだ。
ユウくんはちゃんと生きているじゃん。
よかったー。
嬉しいだけじゃなくて、ほっと安心した気持ちも生まれていた。
ユウくんと五時に空木大橋前駅で待ちあわせて、一緒に行く約束をした。
「あ、そうだ。ユウくん、もし遅れそうになっても、ゆっくり歩いて来ていいからね」
私はあの悪い夢のお祭りの日を思い出しながら付け足した。
電話を切ると、お母さんにお祭りに行くのを許してもらって、時間まで宿題をした。まるでデジャヴのように、宿題の内容は見覚えがあった。
でも、お陰で早く解くことができたし、なんの問題もなかった。
「おまたせー」
「ユウくん! 時間ぴったりだよ。さすがだね!」
約束した駅で待つこと三分ちょっと。
ユウくんの顔を見て、私は心底安心した。
なあんだ。やっぱりただの悪い夢だったんだ。
電話で話したときに思ったことを、もう一度実感した。
ユウくんが少し遅れてくることについては、杞憂に終わったみたいだ。
「じゃあ、行こっか!」
電車にガタンゴトンと揺られ、お祭り会場についた。辺りは賑やかな音が溢れ、おいしそうなにおいが漂っている。
「うわ~、人いっぱいだな~~」
「ホントだね。どこから行く?」
「ボク、スーパーボールすくいとかやりたいなー」
「いいよ、行こう! 私はヨーヨーほしいなー!」
「あはは、なんかスーパーボールとヨーヨーって、似ているね!」
「ふふ。どっちも水から掬うしねー」
大して奇妙にも感じないデジャヴと共に、以前と同じ会話を繰り返していた。
本当にこのまま何事もなく日々が過ぎ去ってくれるのかな?
……いやいや、私はあの出来事を夢ということにして、置いておくことに決めたんだ。今はお祭りを楽しまなくっちゃね。
「ナツナちゃん?」
「え? ごめん。ちょっとぼーっとしていたね」
「……何かあった?」
「ううん、なんでもないよ。それより、わたあめ食べない?」
私はカラフルなわたあめを一つ買って、近くのベンチでユウくんと分け合って食べた。
「わ~、あまーい」
「ごはん前に甘いもの食べるなんて、家だとできないからいいね!」
「ボクも、いつもなら、ごはん食べてからにしなさい! ってお母さんに怒られちゃうなー」
私たちは笑い合って、お喋りを続けた。
「あんなにいっぱい入っていたのに、もうなくなっちゃった」
「じゃあ今度はボクがなんか買うね。ごはんになるのがいいかな? 何がいい? たこ焼き? 焼きそば?」
「うーん、甘いの食べたから、今度はしょっぱいの……いや、やっぱおいしそうなのなら何でもいいよ!」
「分かった! ナツナちゃんはここで待ってて!」
「おっけー、場所取られないようにするね」
ユウくん、何を買ってくるかな?
甘くてもいいって言ったから、今度はどうするんだろ?
私は、ちょっと意地悪しているような、ユウくんを試しているような、心の中のちょっと悪い部分をくすぐられている感じがしていた。
私は口元がニヤニヤしそうになるのを我慢した。その後わたあめの袋を片づけているうちに、ユウくんが戻ってきた。
「あ、ユウくん、何買ったのー?」
「うんとねー、なんだと思う? 当ててみて!」
「え~、うーん、甘い匂いがするしー……揚げパン?」
「当ったりー!! すごいや、よく一発で分かったね!」
「えへへ。実は、私も揚げパンのお店見ていたんだ!」
「そうなんだ! 気が合うね!!」
本当じゃないけど、完全なウソでもない。
分かった理由は違うけど、お店を見ていたのは本当だから。
私はユウくんがくれた揚げパンにかぶりついた。
口の中で、揚げパンのシナモンシュガーが優しくとけていった。