あなたのために
カンカンカンカン……
私は走る。
それに合わせて、金属製の階段が高い音を立てる。
「はあっはあっはあっ……」
もう、できることは全てやった。
ちゃんと『登録』はしたし、きっとこれで……!
私は目の前に現れたドアノブをひねり、開け放った。
ビュオオォ
強い風が吹きよせ、乱暴に顔をくすぐる髪を手で押さえつけた。
夏といえども、日の落ち始めたこの時間では、やや肌寒かった。
下方から、この街の喧騒が聞こえてくる。
客寄せの声、宣伝CMの歌、車の走る音、その他たくさんの音が混ざり合っていることだろう。
そんなことを思いながら、私はまっすぐ前だけを見つめて歩き出した。
「ふうーー」
その縁につくと、私は大きく息を吐き出した。
怖くないと言ったらウソになる。
でも……。
私の想いは変わらなかった。
今度こそ……!
私は静かに、暮れ行く街へ身を投げた。
小さかった人が、車が、街並みが、もの凄いスピードで大きくなっていく。
溢れる想いにぼやける視界。
私はそっと目を閉じた。
その途中で、私は気を失ってしまったのだろうか。
その最後を感じることはできなかった。
ピピピピピ……。
部屋に無機質な電子音が鳴り響く。
「ん」
私は手を伸ばして目覚まし時計のアラームを止めた。
いつもと変わらない、ベッドの上だった。
「……はあ」
私は瞬き一つして、深いため息を吐いた。
顔のところまで持ってきたデジタル時計が指すのは、八月二十日。
「なんで……っ」
先ほどとは――ビルの屋上から飛び降りた時とはまったく違う意味で、涙が零れた。
もう、さっきのような出来事を、夢と片づけてしまえないことは分かっていた。
――だって、夢じゃないのだから。
いつからこんなことになっているんだっけ……?
私は、あの日々を――初めの日々を思い返した。