我ら、ドリフト
「実を言うと、俺、この星の生まれじゃないんだよね」
金沢がそう言った瞬間から、合コンの空気は一変した。三人の女性たちは、それぞれ顔を曲げて、「え?」という顔をした。「それは、面白いの?」と言わんばかりの、不機嫌な顔だ。「もっと面白いこと言ってよ」と、催促するかのような顔でもある。
俺は、またかよ、と顔を抑える。この間も、それで失敗したばかりじゃないか。
「おい、金沢」
止めようと思ったが、時はすでに遅かった。「十七年前」と、酒で良い気分になっているのか、自慢気に話を進める。
「十七年前、日付は覚えてないけど、確か、夏の暑い日だったと思う。俺は、この星に降り立った」
「えー、本当ー?」
女性の一人、名前は、確か……覚えてない。ハナコだったか、キクだったか。とにかく一人が、苦々しげな笑顔を向けながら、そう、金沢に水を向けた。言外に、「違う話をしてよ」という、心理が見え隠れしている。
「本当本当。宇宙船に乗ってさ、宇宙を超えて、俺は遙々とやってきた訳だ」
「じゃあさじゃあさ、今度、宇宙船見せてよ」侮蔑混じりに、女性の一人がそう言った。「宇宙に連れてってよ」
見たい見たい、と女性陣がはしゃいだ。
「壊れたんだ。俺はもう、母星には帰れない」金沢がふと、神妙な顔つきになって、「もう帰れないんだ……」と、机に突っ伏した。
波がサァっと引くように、女性陣も引いた。
こいつ、酔っぱらうといつもこうなんだよ、と、俺がさりげなく、さりげなく、というよりも、強引にフォローをしようとした時には、女性陣は皆立ちあがっていた。
「ちょっと、トイレに行ってくるね」
「え」そう、間抜けた声を上げたのは、男性陣の容姿担当、五十嵐だ。「みんなで?」
「そう、みんなで」
「あ……そう」
終わったな、と俺は確信していた。「いってらっしゃい」と、手を振り、女性陣を見送る。
そのまま、帰ってこなかった。
俺達、つまり、俺、金沢、五十嵐は、「合コン」から「反省会」へと移行し、三人で安い枝豆を摘まんでいた。安い癖に、旨い。
「何が駄目なんだろうな」
金沢が、大真面目な顔で、枝豆を口に入れた。「ここの会計、俺達かよ」
「前回の失敗を生かせなかったことが敗因だろ」そう言わずにはいられなかった。
「なんだ、前回の失敗って。俺が、途中から、ビールをこっそりウーロン茶にすり替えていたことか」
「宇宙人の話は、もう止めようぜ」
五十嵐が、呆れ気味に言った。「前回も、前々回も、お前の宇宙人発言で、流れが変わったんだ」
「あの話のどこが悪いんだよ。お前だって、自分の田舎自慢をいつもしてるじゃねぇかよ。『道路に牛がいる』なんて言われても、女の子は喜ばねぇぞ」
「俺の故郷馬鹿にすんな。本当にいるんだぞ」
「俺も、宇宙人説に一票」俺は、不貞腐れながら、また、枝豆を口に含んだ。「あの話は、不味い。次からは封印しろよ」
「だってよ」金沢は、怯まなかった。「本当のことを話しておかないと、後で辛いじゃないか」
なんだ、本当のことって、俺と五十嵐は、恐らく同時に眉をひそめた。
「付き合っちゃったりしてさ、結婚して、子供が出来て、それからその子供にさ、『実は父は宇宙人なのだ』なんて、酷いじゃねぇか。俺が子供だったら、泣くぞ」
どこに驚いていいのか判らないまま、口を開けた。結局、「そうか、結婚まで考えてるのか、お前は偉いよ」と、称賛する形になってしまった。
「なんなんだよ、その『宇宙人です』ってのは。それがおかしいんだっての」五十嵐が吐き捨てるかのように言った。
「なんだよ、信じてないのか」
「サンタじゃねぇんだから」
「サンタなんて信じてるのかよ、お前は、馬鹿だな」
「そうじゃなくてだな」
話の流れが混沌と化して、俺は、枝豆に逃げるしかなかった。一人で、もさもさと食いまくる。そこで、突然、金沢が、俺に助けを求めるような声色で、「なぁ?」などと肩を叩いてきたのだから、驚きだ。
「俺、宇宙人だよな」
「宇宙出身という意味でなら、そうだろうな」
「お前、ガキの頃は信じてたじゃねぇかよ」
「ガキの頃はな。無邪気だったんだ。お前の話を鵜呑みにして、散々バカにされて、畜生」ビールを煽る。「今日だって、そうだ、お前が、『宇宙人です』なんて言い出すから折角の合コンもフイになって俺なんてこんな年だってのに年齢イコール彼女居ない歴だぞ途中までは旨くいってじゃねぇかよ俺今日のことすげぇ楽しみにしてたんだぞ昨日なんてお前が『宇宙人です』とか言い始めないか心配で全然眠れなかったしなにが『宇宙人です』だ古すぎるんだよお前が宇宙人なら俺も宇宙人だっつーの今度から俺が使ってやろうかそのネタ」
「大変だ五十嵐君、宮崎君が壊れた」
「飲み過ぎたな。俺も頭痛くなってきた。といつつ、店員さーん! ビールもういっぱーい!」
俺達、つまり、俺、金沢、五十嵐は、「反省会」から「座談会」へと移行し、三人で安い枝豆を摘まんでいた。追加注文したのだ。枝豆三人前。
「いいか、お前らの知ってる宇宙ってのはだな、ほんの、極一部なんだ。粒子的地平面を見て、満足してんじゃねぇぞって話だ。頭ン中に、宇宙の広さを想像してみろよ、はい、想像したか? 想像したな? はい、残念、そんな小さくねぇっての」
「枝豆食いながら偉そうなこと言ってんじゃねぇー」
と言いつつ、俺も、枝豆を貪り食っていた。「宇宙なんてどうでもいいんだよ、俺は彼女が欲しいんだ、彼女が。彼女が、宇宙だ」
今尚、今回の出会いを逃したのが悔やまれる。「ハナコさんとか、ちょっと可愛いじゃないか、とか思ってたのに」
「ハナコって誰だ」
「ハナコじゃなくて、キクさんか」
「大変だ五十嵐君、宮崎君が出来上がりまくってる」
「落ち着け宮崎、ハナコもキクもいない」
「なんだ? じゃああれは、幻だったのか? さっきまで、一緒にいたじゃねぇかよ」
「俺達に会計を押しつけて帰っていった子達のことか?」
「そうそうそれそれ。そうか、会計押しつけられたんだったな」
「どの星もあれだな。女性ってのは強いな。俺の星でも、こんな感じだったよ」
酔いが回った所為か、いつもなら白けるだけの「宇宙人です」も、愉快に思ってしまった。「お前の星って、どんな所だったのよ」と、茶化すように、先を促す。
「いや、大体、この星と一緒だよ。酸素もあるし、八割海だし。犬もいるし」
「なんだ、同じなのかよ」
「外から見たらな。でも、中身は全然違う。もっとギラギラしてた」
「ギラギラ?」
「科学がここよりもずっと発達してたんだよ。なんせ、亜光速宇宙船なんて作っちゃうくらいなんだから。外から見たら、ここと同じで、青い球体なんだけど。でも、実際に立ってみると、都会の方なんて銀色でさ」
「空飛ぶ車とか?」
五十嵐は、空飛ぶ車を夢想しているのか、視線を上げた。「いいなぁ、空飛ぶ車」
「俺に言わせりゃ、この星の車はいつ空を飛ぶんだって感じだけどな、この、文化遅れ星人共め」
なぜか、金沢は偉そうだった。ふん、と五十嵐が鼻を鳴らす。
「じゃあよ、聞きたいんだが、お前は、どうしてこんな文化遅れの星に来てるんだよ」
ふと、金沢の顔が歪んだ。
「いいじゃねぇかよ、そんなことは」と、強引に、話題を斬り伏せる。それから、また、通りすがりの店員にビールを頼んでいた。
俺達、つまり、俺、金沢、五十嵐は、「座談会」から「酩酊状態」へと移行し、もはや、枝豆を貪る気力すらなかった。なぜ、こんな状況になってまで居酒屋に居座っているのか、甚だ疑問だ。
「フリーターで悪いかよぉ」
とは、寝言なのか、魂の叫びなのか、とにかく、のっぴきならない状況の五十嵐が机に突っ伏しながら上げた呻き声だ。それを聞いて、流石にそろそろお開きか、と俺は煙草をカバンにしまう。
「俺の星はさ」
これも、やはり、のっぴきならない状況に陥っている金沢の呻き声だ。「どこかで、間違えたのかもしれねぇ」
「おい、そろそろ帰ろうぜ、また、なんとか頑張って女の子でも集めて、リベンジしよう」
「嘘を吐いた」
嘘を吐いた、などと、金沢の口から聞く日が来るとは思っていなかったので、驚く。
「『宇宙人です』のことか? そんな寂しいこと言うなよ、あれ、今考えたら、結構面白いぜ、次も、それでいこう」
「そうじゃない。犬のことだ」
「犬?」これは、相当出来上がっている、と心配になる。
「俺は、感動したんだ。この星に降り立って、犬を見て、感動したんだ。俺の星には、あんなに、悠然ともひょうきんともつかない、格好の良い生物はいない」
「もしもし、金沢君?」
「昔はいたらしい。俺は、図鑑でしか見たことがなかった。映像も残っていたけど、生きている犬を見たのは、ここに来て初めてだ。ここには猫もいるし、パンダもいるし、クマもいるし、スズメも、カラスも」
金沢が顔を上げた。顔は真っ赤で、息を吐く度にアルコールの匂いがする。はっきりいって、とてもではないが、人に見せられる顔ではない。
「歯止めが利かなかったんだ。俺達は、どこかで、振り返るべきだった」
「どうしたんだ?」
「俺の星は、滅びたんだ」
ゾ、っと血の気が下がった。金沢の目の奥に、赤茶けた荒れ地が広がっているように見えた。砂っつらの世界が、見える。暗雲が立ち込めていて、空の青さすら、掻き消えている。
「あっという間だった。ガキだった俺には、正直な所、何が起きたのかすら判らねぇ。ただ、漫然と、自分達の所為だろうなってことは判った。無作為にエネルギーを貪って、星が死んだ。驚きだろ」
言葉が出なかった。いつも言っている、「宇宙人です」と、内容の荒唐無稽さ事態は変わらない筈なのに、金沢の目に映る、赤茶けた荒野の生々しさに、震える。
金沢が立ちあがる。「そろそろお開きだな。おい、五十嵐、起きろって」と、五十嵐の肩を叩いていた。五十嵐は、「俺は帰らねぇぞー」と、間延びした声を上げ、力無い抵抗をしていた。
俺達、つまり、俺、金沢、五十嵐は、「酩酊状態」から「お開き」へと移行することにした。五十嵐に至っては、一人で歩くことすら敵わぬ状態になっていて、俺の肩にしがみつきながら呻き声を上げている。
夜風が、酔った頭に心地良い。
金沢が顔を上げていた。その目は、故郷を思う上京者のように潤んでいる。
「お前の故郷でも探してるのかよ」揶揄も込めて、言った。「見つかりそうか?」
「信じたのかよ。馬鹿だな、お前」
「うるせぇな」
「あの中のどれかだよ、どれか。たぶん」
と、頭上の星空を刺す。どれか、と言うには、数が多すぎる。途方もなく広さの空に、途方もない数の星がある。
「じゃあな、また、近い内に女の子探して、合コンリベンジだ」
呆気なく、金沢は人混みに消えていった。「なに、さりげなく五十嵐押しつけてるんだよ」と文句を言った時には、もう姿すら見えない。仕方なく、俺も、じゃあな、と小さく手を振る。五十嵐も肩で「またなー」と呻いていた。
五十嵐を連れてアパートに帰ることにした。「お前、朝になったら帰れよ」と、文句を言うが、彼は、「うるせぇっちゃ」と、既に語尾すら意味不明になっている有様で、会話は成り立たなかった。
帰り道、満天の星空を眺めながら、幼い頃から聞かされ続けた金沢の故郷、遥か遠くの星のことを夢想する。
そこは、チキュウと名前で。
この星ととても似ているらしい。
長らくサボって申し訳ありません。
リハビリも込めて、短編を書いてみました。いかがでしたでしょうか。
連載の方も、もう少しで再開する予定です。