プロローグ
修正を入れました
俺は平凡だ。細かくいうなれば中の上といったところだろう。農村で村長の次男として生まれ、慣習として街の学校を卒業した。たまたま魔力が一般人よりも多かったので給料の高い騎士団に就職した。給料は月に金貨5枚、平民の平均月収が銀貨10枚であることを考えると途轍もない金額だ。まぁ、知り合いのバカ女は実家からのお小遣いレベルとか言っていたが……。そんなわけで俺は何不自由のない独身生活を送っていた。
人生が一変したのは騎士になって5年目の夏だった。
***
大陸中央に位置していた緩衝国の跡継ぎをめぐる問題にサントルノ王国が干渉したことが引き金となり大陸全土を巻き込んだ世界大戦がはじまった。その頃、俺は運よく騎士団の百人隊副隊長に選ばれていた。隊長はあのいけ好かないバカ女なので一概に幸運とは言えない。
いつものように個人で修錬をしていた時、
「副隊長、隊長より急いで執務室に来るようにとのことです。」
「またか、いつもこの時間は修練中だと知っているだろうに」
「まぁまぁ、副隊長は修練以外は隊員の訓練をしていますから」
「はぁ、仕方ないです。すまないが、俺の代わりに後片付けをやっておいてくれ。今夜でも酒をおごるから」
「分かりました」
汗を軽くふき、直接隊服を羽織る。愛剣を手に取り執務室へと急いだ。後には、細切れにされた木片が大量に散らばっていた。片づけを任された隊員はいつものことながら、とため息をついたのだった。
隊舎は割と簡素で、一応3階まであるが2階から上は全て宿舎になっている。なぜか隊長・副隊長の部屋は1階にあり、しかも隣同士だ。まぁあまり使ってないから問題はない。
「隊長、この時間帯には呼ばないで下さいと何度もお願いしたはずですが」
「スコルは今の時間帯じゃないと10分で話を切り上げるから仕方ないじゃないか」
「隊長の執務を手伝うよりは隊員の訓練が優先に決まっています。忙しいときは隊長じゃないとできない書類以外をまとめて俺の部屋に置いておいてもらえれば済ましておきますと言いましたよね」
「それじゃ意味がないんだよぅ」
ちょっと高級そうな椅子に両膝を抱えて座っている様子は、童顔と相まって子供にしか見えない。
「しかも、ほかに隊員いないんだからレベッカでいいのに」
「隊長は隊長ですから」
「むぅ」
ちなみにこの女性、貴族の令嬢だ。しかも位は伯爵、サークライ家だったはず。なんでこんなところに伯爵家の令嬢がって言う話になるんだけれども、ただ単に姉に嵌められただけらしい。まぁ武術の腕は半端じゃなく達者で、恥ずかしながら俺が勝ったことは一度もない。
「それで今日は何ですか?隊長」
「……」
じっとこちらを見つめて何かを要求してくる。我慢比べをするのは別にいいが時間がもったいない。仕方ない。
「今日の用事は何ですか?レベッカ」
ぱぁっと喜色を見せる。あまりに子供っぽいが、親は姉ばかりを見てあまり相手をしてくれなかったらしいからその反動と思っている。
「ついに私たちの出陣が決まったぞ。私たちは、アギュレのクナ砦を攻める。出発は一週間後だから」
「了解です」
クナ砦?あそこは国境近くで山も多いはず。いきなり攻め始めるにはかなり無謀じゃないか?まぁさすがに上もそこら辺は考えているか。警戒だけはしておこう。
「じゃあそろそろ訓練が始まるので失礼します」
「あ……」
「何でしょう?」
「いや、訓練頑張ってくれ」
「当然です」
隊長も何か不安を抱えてるのかもしれない。最後の追い込みは走り込みを重点的にやらせておこう。
行軍は予定通り進みクナ砦まであと2kmの地点にいた。一応、山中に仮設の陣をはり敵情観察を行っていた。
「見張りは24人で6人ごとに時間差で交代しているようです。水源は近くの湖から引いてると思われ、おそらく塞ぐのは無理です」
明らかにおかしい。クナ砦はこちらから攻めたような跡はない上にこっちに回された部隊は俺たちの隊を含め3つのみ。残りの軍は15km後方で待機しており、砦を攻める人数じゃないことは明らか。だとすると俺たちは囮か。
「なぁ、エスタ。後方待機のやつらどこのか分かるか?」
自分のすぐ後ろにつけている部下に尋ねる。少なくとも俺はあの部隊の隊長たちを見た覚えはない。
「分かりませんが、先頭の部隊の隊長は軍略部のヴァナ次席の補佐をしていた記憶があります」
ふむ、軍略部ね。ぶっちゃけ戦場に出ない貴族が多いから信用はしていない。
「一緒に来た他の2隊はどうだ」
「どちらも動きなしです。両隊長とも砦攻略の作戦を各自で練っているようです」
どっちも黒い噂があるからなぁ。後ろからだけは刺されたくないなぁ。
3隊で話し合いレベッカが3隊の臨時将軍となった。作戦は詰め終わっており後は決行の合図をするだけだ。
「隊長、」
「何を言いたいかはわかる。だけど命令は絶対。生き残る道は狭いがやるしかない」
いつも髪は命とか言って欠かさず手入れしていた隊長の長い髪は首にもかからない位にバッサリ切られていた。
「エスタ、あとの2隊に伝令。明日決行だ」
「了解しました」
今日はかれこれ5年の付き合いになる愛剣をいつもの数倍丁寧に手入れをした。
攻め込む準備を完了し他の隊からの合図が来るのを待つのみとなっていた。
「レベッカ、なんだかんだ言って長い付き合いだったな」
「えっ、あ、うん。そうだね、騎士学校からだから7年間かな」
「あの長い髪切ったんだな。まぁでも短い髪でも十分似あってるよ」
「ありがと……。あのさ、これ生きて帰ったらさ、わ「ピーピロピロピロピー」」
準備が完了した、という鳴き声での合図が聞こえた。
「隊長、他の隊も準備完了です」
「あぅ……。よし、いくぞ!」
大声をあげながら山を下り砦へと攻め込む。見張りは俺たちが来ても一切の抵抗をしなかった。結果、瞬く間に砦をせんりょうすることができた。しかし、
「これは、どういうことだ!」
砦には見張りの兵しかおらず食糧もなく水もせき止められていた。それを知らない隊員たちは生き残ったことで完全に気が抜けていた。
「「「「「わぁぁぁああああ!!!!!」」」」」
どこに潜んでいたのか、4桁に近い大軍が砦へとなだれ込んでいた。あろうことか俺たちが入ってきた方向からも敵が攻めてきていた。
「くそっ、どこにいたんだ」
絶え間なく襲ってくる敵を切り伏せ続ける。量の暴力は瞬く間に他の2隊を飲み込んだ。1人では対処しきれないはずなので数人でまとまって対処するよう命じる。
「スコル、撤退だ」
「わかっています。しかし」
「隊長、西側の壁に穴をあけました。お早く」
剣を使い潰して開通させた穴は人一人がやっと通れるほどの大きさになっていた。砦の壁に穴を開けるのは、容易ではないはずだ
「お前ら」
「隊長、副隊長。先に行ってください」
渋る隊長を無理やり通す。敵はすぐそこまで迫っていて、到底ここにいる全員が通れるはずがなかった。通り抜けられたのは10人だけだった。しかも通り抜けられないと悟った隊員たちは、穴を塞ぐように死んでいった。
「お前ら」
「隊長、早く行きますよ」
「でも……分かった」
いろんなものを飲み込んで山の奥へと歩を進める。