回想 其の五 関所のシレモンとセリィユ
グランたちは、ニア・サーベの町の目と鼻の先まで来ていた、
何とか暗くなる前にはたどり着けそうだし、リバロから受け取った通行証があるので問題はなかったが、口裏を合わせておく必要がある。
あるところ迄くると、歩みを止め、
グランはしゃがみ込んで、フォンに話しかける。
「あたしと、フォンは兄弟ということにして、グラス・デミ城のある
パン・ポアレの町まで親戚をたずねていくことにしましょう?」
「父親が事故で亡くなったことにして、、、ね?」
「ぼくもその意見に賛成!、たぶん町の入り口も監視されてると思うんだ、、、」
グランは、すっくと立ち上がると背を向け少し考えた後、
フォンのほうに振り向きながら、
「それと、ねェ、フォン?、リバロが罠にかからない様に、、って
アドバイスをくれたけれど二人とも名前を変えたほうがいいと思うの?」」
、、、とさらに提案した。
「じゃ僕は、なんて?」
「ん〜ポポタでどう?可愛いし?」
「ポポタ?え〜と、じゃあ、グランは、、、ビアンってどうかなー?」
跳ねる様な嬉しそうな声に、グランは少し興味ありげに聞いた、、、
「んーん?、誰の名前なの?」
「え〜っとぉ、人質になってた時に面倒を見てくれた
侍女の名前なんだ、、、」
心なしか少し、顔を赤らめている.
「は〜ん!?」
グランは、視線を斜め上向きにして、ニヤッとしてみせる、、、
「なっ?なに!?」
すこしあわてたように、グランの顔色を伺うフォン!
「本当に其の名前でいいのかな〜!?」
腕組みをしながら視線をはずしてまたニヤッとして見せた。
「イッ、、いいに決まってんだろう!なっ?なにを、、、」
ピョンピョンと跳ねながら、抗議すると、すねたように
”ふんっ”とつぶやいて、後ろを向いてしまった。
つい、恥ずかしそうに今度は真っ赤になったので、
からかってみたくなってしまった、、、
・・・ふふ、、、かわいい!・・・
自分に弟がいたらこんな気持ちなのだろうか?、、正直そう思った、
王子とはいえまだまだ、無邪気な子供なのだ、、、
と思ったのも束の間、
「あのね、、僕が逃げて来ちゃったから、心配なんだ、、、、
何か罰を受けてなければいいんだけれど、、、」
”ボソリ”とつぶやいた。
やはりは王子であった、小さいながらも自分の立場を理解している。
やはりどこか、庶民の子供とは違っていた。
「そう?それは心配ね、、、何事もなく無事ならいいんだけれど、、、」
其の侍女はフォンの監視も兼ねていたのだろう、、
フォンが逃げたとなれば責任を問われるのは明白だった。
だが、幼いフォンにそのことを告げるのは酷というものだ、
グランは口に出さないで於いた。
「それじゃ、決定だね、ポポタ?」
膝に手を当て、腰を曲げるとポポタに顔を近づけ
にっこり微笑みかける。
それに答えるように、手を頭に当てると敬礼をする様な仕草をしながら、
「はい! ビアンおねえちゃん!」
と微笑み返えしてきた。
フォンの手をとり、ニア・サーベの入り口に着いた。
此処はあまり大きな町ではないが
隣国との貿易の拠点なので、出入りはかなりチエックが厳しいらしい。
しかも普段、関所には役人は二人ほどしかいないはずなのだが、今日はかなりの人数が詰めている、一種異様な雰囲気が漂っていた。
「何かあったのかしら?」
フォンの手を握る腕に思わず力が入る、、、
「ビアン! 落ち着いて?兵士の姿はないみたいだよ!」
こんな時でも冷静な判断をしている、やはり聡明な王子である。
グランは、関所の入り口に立って中をのぞきこんだ、中には、気難しそうな役人が机にひじを突いて、少しイラついたように貧乏ゆすりをしていた。
「ポポタ行くわよ?」
握る手を強めながら、役人の前に立った。
通行証を差し出すと、役人はいぶかしげに覗き込んだ、、、
そして顔を動かさず、チラリと視線だけグランに向けた、
「ふーん、行き先はどこかね?」
ぶっきらぼうな態度、横柄な話し方だが、人は悪くはなさそうだ、、、
「はい、パン・ポアレの町まで親戚を尋ねてまいります。」
「そこの、子供と二人連れだな?」
今度は、顔を起こすと、体ごとフォンのほうを向き直した。
・・・かなりの長旅なのに、年端の行かない娘と幼い弟、、、
”不自然ではないか?”
フォン王子が、隣国を逃げ出したとの報は来ているが、連れ出したのは、若い男と聞いているし?・・・
そう思ったのだろう、ポポタに質問を振った、、、
「坊や、お母さんの名前は?」
「!?、、、???!」
想定外の質問に、思わずうつむいてしまったフォン!
「坊やどうした?母親の名前を答えられないのか?」
少し語気を強く問い詰めるような口調な為った。
・・・まずい!・・・
そう思ったグランは、とっさに作り話をした。
「お役人様、私たちの母親は、ポポタを生むと直ぐに、
死んでしまいました。顔も、母の温もりも知らない為、母の事を聞かれると黙り込んでしまいます。」
グランの話に合わせるように、フォンは少し涙ぐんでみせる、、、
「いっ!?、いやぁ これは、すまない質問だった、申し訳ない。」
本来、人の良いだろう役人は、しきりに頭を下げると、
「旅は大変だろうが、気を付けて行かれよ。」
、、、とすんなり通行を認めてくれた。
グランのとっさの機転でうまく乗り越えることが出来た
二人はそそくさと関所を後にした。
「ヤッタネ!ポポタ名演技!」
「さすが!ビアンおねえちゃん。」
ホッとしたように、握った手を大きく振ると歩き始めたのだが、
さてどうしたものか?
街中を散策しながら、考えをめぐらせる。
・・・この町には港がある、船に乗ればかなり旅路を短縮できる!?・・・
・・・でも、もし船の上で捕らえられたら逃げ場はない、、、・・・
しばし考えた末、遠回りだが山沿いの陸路のほうが安全だろうと結論を出した。取あえずは今夜の宿を探そう、
そう思って酒場を探した。
酒場と云っても、食事も出来たり旅の宿の手配も出来るので町の案内所のような役割なのだが、結果的に、あまり素性の良くない人間が集まる処になるので出来れば避けたい、
まして幼い子供連れではなおさらだ。
、、、どうしょう?店の前で躊躇してたとき、、、
「おお!さきほどの、娘ではないかどうされた?」
誰も知り合いなどいないはずの町だが聞き覚えのある声で、話しかけられた。
さっきの役人だった。
グランはホッとした安堵感を覚えた、
人は不安や焦燥感を感じると疑り深くなるものだ、ところが逆にそういうときに“ホッ”とさせられると騙されやすくなる傾向がある、、、
だが彼は信じても大丈夫だろう。
「あ、関所のお役人様、さきほどはどうもお世話様です、、今夜の宿を探しているのですが酒場に入るのはどうも、、弟も一緒ですし、、、」
ウン、ウンと、うなずきながら、真剣にグランの言葉に耳を傾けてくれている、やはり悪い人ではなさそうだ。
「そうよな、特にこの町の酒場は、性質の良くない輩がおるからなぁ、、、そうだ、!?
この先に、わしの知り合いが宿を経営しておるから、行ってみるがいい。」
少し間をおいた後腕組みをしながら、さらに語り始めた。
「其処なら食事も出来るし幼い弟連れでも、問題あるまい、関所のシレモンの紹介だと話すがよい、リ・フィットという宿だ、
女将が美人でなぁー、、、、いや、いや!それは関係ないが、、、」
何を思い出したのか、ニヤニヤしながら話し続ける、本当に良い人のようである。
そのまま聞いていると、明日の朝まで続けかねないので、、、、
ペコリと頭を下げると、
「ありがとうございます!ポポタもお腹を空かしているようなので、早速行ってみます。」
話の途切れたところで、フォンの手を引くと、”気おつけてなァ”という声を後に聞きながら急いでその場を後にした。
「ビアンおねえちゃん、あの人、いい人だね!」
急ぎ足で、手を引くグランを後ろから見上げるようにフォンが言った。
「ホントね、面白そうな人だよね?、、、ふふ!」
思い出し笑いをしながら、きょろきょろと教えてもらった宿を探す、
・・・あった!・・・
危うく通り過ぎるところだった、振り向きざまに看板が目に入ったのだ。
少し古めだが、センスのよい建物だ、カラフルな外見が目を惹く。
中に入ると、確かに!、、一目置くような綺麗な女性が愛想よく声をかけてきた。
年の頃は30歳手前ぐらいか、さりげなく色香を漂わせる美人である。
「いらっしゃいませ!お泊りですか?、それともお食事ですか?」
「あの、関所のシレモンさんの紹介なんですが、、宿泊でお願いします。」
そう告げると、目の大きな美人だが、、さらに目を見開きながら
「へーっ!? 珍しいこともあるわねー、、あの偏屈者が、、、
そんなことをするとは?あんた達のことがよほど
気に入ったんだねぇー、、ああ!めずらしい!?」
よい意味で、最初の印象とあまりに違う!ツン、と澄ました美人と思いきや、サバサバした気風のいい姉さんという感じだ。
かなり意外なことらしく、何度も珍しいを連発していたが、
思い出したように、、、
「ああごめんなさいね!ようこそ!いらっしゃいませ。」
「お部屋は一番いい部屋が空いているから、そこへどうぞ!」
「えっ?いえいえ、そんないい部屋でなくとも、持ち合わせもあまりないし、、、」
リバロからもらった路銀があるものの、贅沢するわけにはいかない、、、
「ナーニ言ってんのよ?料金は普通の部屋と同じでいいわよ、
あのトウヘンボクの紹介なら!?ああ、わたしは、セリィユよろしくね!」
二人の関係は分からないが、ずいぶんと馴染みのようだ、かたくなに断るのも失礼なので、言葉に甘えることにした。
「お食事は、6時には準備できているからそれ以降だったら
いつでもどうぞ!食堂は、この奥、お部屋は2階の階段から3番目のドアよ!、ごゆっくり!」
指定された部屋へ入る、少しベッドで休もうとも思ったが、フォンが相当お腹を、減らしていたらしく、
へたり込んでしまったので早々に食堂に下りた。
・・・無理もない、今日は大変なことの連続だったのだから・・・
少しフォンのことを心配しながら、階段を下りたグランだったが、
「やっほー、ごはん!ごはん!」
フォンが食堂の席に付いたとたん、元気な声で吠え始めるのを見て、、、
・・・もぉーッ、げんきんなんだから、、、ふふふ!・・・
でもフォンのおかげでどれだけ、心強くなり、癒されたか計り知れない、、、そう思うと、
フォンとの出会いを、感謝せざるにはいられないグランだった。
つづく