回想 其の一 グランとばあさま
”バニラの香る暗殺者”の噂が流れるようになったのは、二年ほど前に遡る。
彼女は、まだ立つことも出来ない赤子のときに村の入り口に捨てられていた。
彼女の指についている赤い指輪とともに,,,
身を焼くような太陽の光が弱まり、肌に当たる陽射が心地よく
感じられる季節。
村はずれを一人の老婆が歩いていた。 若いときに夫を亡くし変わり者ゆえ、ずっと独り身だった。
名前をガレンといった。身綺麗というには程遠い身なりだったが
かまうものも気を使うものも居ない生活だったので当然といえば当然だった。
「ガレンばあさん畑の帰りかい?達者だねぇ。」
畑の近くで出会った農夫が手を振る。
「ああ!、、自分の食い扶持は稼がねばのう、、」
返事をするのも、億劫そうに少し投げやりに答えた。
何時ものように畑の草取りから帰ってくると、村の入り口に、手を広げたぐらいの大きさだろうか
見慣れないかごが置いてあった。
「??? なんじゃろう?」
そうつぶやきながら、かごの中をのぞき込んだ、
中には、生後半年くらいだろうか、、と思われる赤子が居た。
特に書置きもなく、真っ赤な色の指輪が頭の上においてあった。
「あー、たぁー?」
覗き込んだガレンの顔を、見ると赤子は間邪気に笑って見せる。
「捨て子じゃろうか?不憫なことじゃ、、よし!わしが面倒を見よう!」
「お前は今日からわしの孫じゃ!」
赤子を抱きかかえると、不器用な笑顔を珍しく見せたガレンだった。
こうして 村のはずれに住む一人暮らしの偏屈な”ばあさま”に拾われ育てられた。
”グラン”と名づけらればあさまは自分の孫のように愛情を注ぎ込んでくれた。
「グラン今日は、お前の誕生日じゃ、物売りが来て可愛い服を見つけたで、着てみるがえェ」
服を買うことなど、何十年もなかった、グランの喜ぶかをが見たくて
必死の思いで小銭をためて手に入れたものだった。
グランは、其の服を体に合わせるとニッコリしながら、
「ばあさまありがとう、お肩トントンするね!」
と、ばあさまの後に回った。
「おお!ありがとうよ、お前は優しい子じゃ、、」
本当に血のつながった祖母と孫のように、中むつまじく暮らしていた。
だが、普通の子供とはどこか違う一面があったのも事実だった。
幼少の頃から不思議な能力を持ってい、て初めて其れに気づいたのは、
七歳の頃、大嫌いなムカデが自分の直ぐそばに居たのを見つけたときだった。
「ひゃっ!?ムカデいやダッ」
短い悲鳴とともに手のひらで振り払うしぐさをした、、、そのままムカデは、風に吹かれる
砂のように消えてしまった、、、
其の能力は成長するとともに、技も巧みとなり
14歳になる頃には思うが侭に操れるようになる。
しかしある日、育ての親である”ばあさま”に其の力を使っているところを観られてしまう。
もっとも、野犬に襲われ息も絶え絶えになっている猫を見るに見かねて静かに其の身を静かに消し去ったのだが、、
ばあさまは、驚きの声を上げた。
「いっ、今なにをしたのじゃ?」
まるで化け物を見たような表情で、持っていた杖をポロリと落とす。
「だっ、だって苦しそうだったから、、、」
辛うじてそう答えた彼女だったが、ばあ様の尋常でない様子からとんでもない事をしたのだと思った。
「よいか!二度と其の力を使ってはならんぞ!二度とじゃ!」
大好きなばあさまの”鬼のような顔”
その日を境に”其の力”は使われることは無かった。
だが、グランが15歳の春、ばあさまの体を病魔が蝕んだ。
「ばあさま、いい薬が手に入ったんだよ!サア呑んで、、、きっと良くなるから、、、」
ほとんど寝たきりになっていたばあさまを抱き起こして支えると、
無理をして手に入れたであろう薬を飲ませる。
「ありがとう、、、グラン、、、すまない事じゃ!」
気丈に振舞おうとするのだが辛そうな表情を隠し切れなかった。
寝る間も惜しんで看病を続けるグランではあったが、
日に日に、背中が腫れ上がり、病状は悪化するばかり、
年老いたばあさまの体力は最早ほとんど尽き欠かけようとしていた。
「グラン、外の空気を吸わせてくれんかのう?」
ほとんど寝たきりの毎日が続いたある日、珍しくばあさまは我儘を言った。
「ばあさま外の風に当たると体によくないよ?」
けれども、ばあさまが何度も繰り返すのでグランは心配をしながらも
我儘をきくことにした。
その日は日差しが暖かく、天使がほほを撫でるが如く気持ちのよい風が吹く午後だった。
入り口のそばにばあさまのイスを置くと、グランはもうほとんど歩くことの出来ない体を懸命に
支えながら、其処に座らせた。
「ああ、、、きもちいいかぜだねぇ、、、」
ばあさまは気持ちよさそうに、風を体に受けていた。、、が!?
「、、、?、、!、、はっ、」
「ぐぅっ、、いたた、ぎぃっ、、くぅ、、、」
一瞬の沈黙の後、苦痛に顔をゆがめる、
「ばあさましっかりして?、」
普段どんなに苦しかろうとも、呻き声ひとつあげた事のないばあさまだったが、
よほどの苦痛だったのだろう、、、ばあさまの命はまさに尽きようとしていた。
その時グランは、決心した。
・・・あの力を使おう、、、ばあさまの苦痛を一時的でも楽にしてあげたい、、・・・
その無垢なる思いを、誰が咎められるのだろう、、、彼女は、ばあさまの後ろに回ると、首に手を当てた、、、
・・・グランの髪が鈍い銀色に光る!・・・
細心の注意を払いながら、病巣の周りの細胞を薄皮一枚で包むように
能力で変化させた、、、
これで痛みは完全に消えるはず、、、果たして痛みはウソの如くに消え、、、
つかの間の静寂が訪れた、、、ばあさまは、深く深く呼吸をして、安堵したように息を吐き出す。
「はあーっ・・・」
そしてばあさまは、もう何日も見せたことのなかった優しい表情をグランに向けると、にっこりと微笑んだ。
・・・何日も見せたことのなかった優しい表情を・・・
「ありがとうよ、、、グラン、、」
そう言い残して、、、安らかに眼を閉じた。
「ば、ばあさま?ばあさま!?」
ばあさまはすでに事切れていた。
、、、その時だった!
「キャー人殺し!?」
となりの家の住人だった、いつもこの家のことを心配して声をかけてくれる、
グランの友達のお母さんだった。
だが今のグランは、能力を使った為銀色の髪をしている、その場面を眼にしたら
・・・見たことのない銀色の髪をした女がばあさまの首を絞め、、殺害した!・・・
そう捉えられてもおかしくない状況だ。
「あ、あの、、」
グランは事情を説明しようと、近づいた、、、だが
「いやぁぁーこないでぇだれかたすけてー」
そう叫びながら村の中心部のほうへ逃げていってしまった。
・・・もうここにはいられない!・・・
そして銀色の髪の少女は、ばあさまの体を静かに消し去ると村を逃げ出した、、、
・・・バニラの香りだけを残して・・・
つづく