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夜歩き  作者: やみあるい
9/35

第九夜【魔術師・剣士・無人屋台】

夜。それは、私の時間。

さあ、今日も出掛けよう。


餓えている。

何を食べても満たされない。

どれだけ食べても満たされない。

何に餓えているのかも分からず。

何を欲しているのかも分からず。

ただひたすらに、何かを探して。

夜を歩く。

ああ、今日は月の嗤い声が煩い。


人の気配が煩い。自然の音が煩い。

生き物のいない場所に行きたい。

独りになれる場所が良い。

気が付けば足は、工場地帯へ向かっていた。

この辺りは夜になれば、まったくの無人街と化す。

自然は追い出され、人はここでは無いどこかへ帰り、

機械は動くのをやめ、一時の眠りにつく。

何もないここは、墓場よりもずっと死に近い。

砂漠を連想する虚無の世界。

静かさを求めるなら、ここが一番良い。

そんな工場地帯の道路の真ん中に、誰かの影があった。

大型トラックが行き交う為の広い道路の真ん中で、

佇む小さな人影。

それは一人の男の子。

年齢にして、そう。ちょうどサヨリちゃんと同い年くらい。

小学生の男の子は、黒いマントのようなものを羽織っていた。

悪魔のようだ。何とはなしにそう感じた。

「こんにちわ。良い月夜ですね」

寒気のするような丁寧さで、男の子は話しかけてきた。

手をいっぱいに広げて、まるで空からやってくる月を、

受け止めるかのような仕草。

私は餓えた瞳で、じっと男の子を観察する。

足りない。足りない。何かが、足りない。

頭の中で響いてる。煩いくらいにガンガンと。

「こんな夜更けにこんな場所で会うなんて、

 貴方はいったいどちら様ですか?」

「ルイ」

ただ一言で端的に名乗る。

我ながら恐ろしい声だった。

まるで地獄の底から響くようなドスの利いた声音。

まさに餓えた私の心境そのもの。

「ボクは魔術師。

 由緒正しくない、新進気鋭の魔術師です」

ニコニコと笑う新進気鋭の魔術師。

とても、気持ちが悪い。

「マジュツシくんが、私に何か用?」

早く立ち去りたい。むしろ立ち去ってほしい。

ここを、私だけの場所にしたい。

「用はありません。むしろ、貴方にあるのでは?」

意味が分からない。用なんて無い。

いや、一つだけある。

「ここから消えて。それが私の用」

「くっくっく。ボクに死ねと?」

何が面白いのか、マジュツシくんは笑って言った。

曲解だ。私は比喩も暗喩も使っていない。

「そのままの意味でよ。この場所から別の場所へ移って。

 目障りで煩いから。耳触りで煩いから。

 私の静寂に邪魔だから」

ああとても、イライラする。

口から出た言葉は私の知らない私の希望。

静寂。それが私の欲しい物なの?

「困りましたね。ボクはこれからここで、待ち合わせなんです。

 それに最初にここへ来たのはボクですよ?

 これから起こる事も考えて、結界まで張ったのに。

 なんでルイさんは、ここに来れるんですか?」

結界。少し面白そうな言葉だ。

「精神的ななんやかんやは、私には効き辛いらしいよ。

 特に今日は耳障りな嗤い声が降ってきてるし、

 いつもの数倍、そういうものに疎くなってる」

「らしい、ですか。

 まあ、なんとなくは解りました。

 これからは、物理的な手段も併用します」

反省するのは良い事だけど、ここから動く気配は無い。

待ち合わせがどうとか言ってたし、

これは私が動いた方が簡単かな。

「ここ以外には来ないのね」

「ええ。極力」

広い工場地帯だ。

私が一ブロック隣へ行けば、問題は即解決する。

「じゃあ、私が消えるわ。さようなら」

「ええ。お手数をおかけします」

毛ほどにも感情の籠らない謝罪を聞き流して、

私はマジュツシくんの隣を通り過ぎる。

「面白い帽子をお持ちですね」

私と彼が交差する瞬間、彼が私の頭を見て言った。

「ずきんよ」

「そうでしたか。ずきん……」

とても興味深そうだ。

「またお会いできるといいですね」

背後からそんな声が聞こえたので、

私は返事代わりに軽く手を振った。


    ――――――――――――


「あんたが件のニセ魔術師か」

「違います」

静かなはずの工場地帯で、今日はなぜか人と良く合う。

いきなり敵意丸出しで声を掛けてきたのは、

高校生くらいの年齢の少年、いや青年だった。

ラフな服装に、なぜか腰へ刀を差している。

真剣か模造刀か見分ける程の眼は無いが、

青年の持つ雰囲気は刀を真剣だと語っていた。

「ちっ。じゃあ、あんたは何もんだ?

 こんな日にこんなところをうろつくなんて、

 一般人じゃありえねえ」

「ルイと言う名の散歩好きな一般人です」

「ホンキか?」

本気ですよ。完全に本気。

私のどこが一般人じゃ無いというのか。

「なんで一般人があいつとの決闘の場に現れやがる」

イライラと、彼は不満をぶちまけた。

そりゃこっちのセリフだ。

なんで一々変なのが、私の静寂をぶち壊す。

「貴方はいったい誰なんですか?」

青年は私をジロリと睨み付け、

その眼で私を上から下まで観察し、

「キザキのもんだよ」

それだけ、答えた。

さっぱり分からない。

分かる答えなど期待してないから、別にいいけど。

ああ、月の嗤い声がまた聞こえる。

煩い、なあ。

キザキくん、か。

言葉からしてキザキくんの言うあいつって言うのは、

あのマジュツシくんか。

「マジュツシくんなら、一ブロック先で見かけたけど?」

親切心と言うよりも、邪魔者を追い払う為、

私は情報を提供した。

「なんだと? あいつ、間違えやがったな」

間違えたのがどちらなのか、興味は尽きない。

嘘だ。どうでもいい。

ああ、全てが嫌になる。

「おい、あんた大丈夫か?」

名乗ったのに、あんたですか。

「まあいいや、助かったぜ。

 礼と言っちゃなんだけどよ……」

風を斬る音が耳元でした。

ゾワリと冷たい感覚が背筋を這う。

――死。

一閃。月の光を受けて輝く刃があった。

何かを斬られた感触がある。

「これで少しはマシなはずだぜ」

刀を鞘へしまうキンッと言う音が心地良い。

月の嗤い声が途絶えた。

餓えも少しだけ、収まっている。

不思議だ。私は何を斬られたんだろう。

呆けているとキザキくんは、

足取りを私のやってきた方向に向けて歩き出した。

「あ、ありがとね。キザキくん」

「こっちこそ、ありがとな。ルイさん」

振り返ったキザキくんは、

ニッと爽やかな笑顔をこちらに向けた。

それは少年を思わせる無邪気な笑顔だった。


あ、そうだ。

「ついでと言っちゃなんだけど、

 この時間帯においしいもの食べられるとこ知らないかな?」

「おいしいもの? そういや最近五夜丁に、

 うまいラーメン食わせる屋台があったな。

 だけど、あそこは……まあ、あんたなら気にしないだろ」

言動に少し疑問は感じたけれど。

屋台のラーメンか。面白そうで、おいしそう。

「ありがと」

「おう、またな」

キザキくんは今度こそ、私の来た道に歩き去り。

私は私で五夜丁を目指し歩き始めた。

静寂はもういらない。

今の私を満たすのは、おいしいラーメンだけ!


    ――――――――――――


五夜丁と言えば、

小中高を含んだ大きな学園と、小さな商店街がある場所だ。

学園側は夜間、通常立ち入り禁止のはずだから、

屋台のラーメン屋が出ているとすれば商店街の近くだろう。

にしても、こんなところに屋台が出ているなんて初めて知った。

胸はドキドキ、心はワクワク。

ついでに腹をグウグウ鳴らしながら、

私はついにそれと思しき明かりを見つけた。

思っていたよりもしっかりとした手押し屋台だ。

その外観はちょっとした小屋に、

車輪と引手を付けたような感じ。

一人ではとても引けそうにない。

二人か、三人くらいで営業してるのかもしれない。

そしてそして、屋台に掛かる暖簾には『ら~めん』の文字。

弥が上にも、期待に膨らむ。

暖簾の下に見える椅子に、人の気配はない。

他にお客がいないのはラッキーだ。

初めてのお店で、しかも屋台。

おひとり様である方が、私としては入りやすい。

ドキドキしながら暖簾をくぐると、

カウンターの先、簡易厨房となっている場所には、

……誰もいない。

えっと、しゃがんでる?

それとも、ちょっと外してる?

「ごめんくださ~い」

なんとなく小声で、辺りに対して呼びかけてみた。

されど、返事無し。

えっと、座っちゃってもいいんだよね?

自分に自分で確認しつつ、おずおずと着席。

気が付けば自分の前には新しいコップに注がれた水と、

ほかほかおしぼり。

辺りを見回してみたけれど、当然メニューなんて無さそう。

まあこちらとしても選ぼうなんて思ってない。

私は屋台のラーメンを食べに来たのだ。

とりあえず、ラーメンを一杯注文したいのだけど。

相変わらず店主の姿は見えない。

と、瞬きの内に、私の前にラーメンが一杯置いてあった。

もちろん、ついさっきまでラーメンなぞ影も形もなかった。

さらに出来立て。湯気なんて出して、すごくおいしそう。

隣には会計用紙にラーメン一杯分の値段が書き込まれていた。

店主の姿、未だ現れず。

まあ今は、細かいことは気にせずに、

熱々のラーメンを頂きましょう。


心が満たされていくような味だった。

思わず涙が零れそうになる。

私は夢中で食べ続け、スープの一滴まで飲み干して、

ようやく落ち着いた。

落ち着いて、気が付いた。

スープ残して、替え玉頼めばよかった。

でもまあ、すごくおいしかった。

そして、よくわからない餓えも気が付けば消えていた。

ラーメンを食べたから、というよりも、

ここのラーメンを食べたから、だろうか。

そして、キザキくんの一閃。

たぶんあれも、何か関係している。

お金を払って店を出た。

それにしてもホントにおいしかった。

また今度、来てみよう。


月の嗤い声はもうしない。

そして餓えは様々なもので満たされた。

そろそろ帰ることにしよう。

今日はこれで、お終い。


では、また次の夜に。

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