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夜歩き  作者: やみあるい
8/35

第八夜【幽霊・狼男・未フラグ】

夜。それは、私の時間。

さあ、今日も出掛けよう。


色々あってちょっぴり疲れちゃったから、

今日はのんびりしていたい。

そうだ。今日はあの墓地にでも行ってみよう。

会いに行くって言っておいて、すっかりご無沙汰だし。

フウカさん、怒ってるかな?

幽霊の時間間隔的にはどうなんだろう。

まあいいや、行ってみよう。


九夜山を半分ほど登ったところにある寂れた墓地。

それがフウカさんの住処だ。

「お久しぶりです、フウカさ――」

「おっそーい!」

相変わらずの風化した墓石とヒガンバナ。

そしてその上に揺れる白い靄姿のフウカさんは、

挨拶が終わるのも待たず、叫んだ。

「う~ら~め~し~や~、

 バンバン遊びに来てねって言ったのに……。

 なんで今日までほっといた~」

相当なご立腹具合。

それとうらめしやは、

フウカさんが言うとシャレにならない。

「気が向いたらって言ったじゃないですか」

つまり思い出したときにってことなんだけど。

さすがにそのまま伝えたら、

寂しさと怒りのままに呪い殺されそう。

死ぬだの生きるだのが曖昧な世界はお腹いっぱい。

今日はまったりお話気分なのだ。

「プンプンッ」

私の言い分にフウカさんは怒りの擬音を、

音として発するという器用な方法で反論した。

どうやって出してるんだろう、その音。

「機嫌直してくださいよ。お話しましょ、フウカさん」

「……これからもまた、来てくれるって約束するなら。

 お話してあげてもいいわよ?」

「何度だって来ますよ。話し相手になるっていったでしょ?」

「なら、いいけどー」

なんとか機嫌を直してくれたようだ。


「そういえば最近、この山で珍しい動物を見かけましたよ」

「ふーん。まあこの山って昔から動物が多いしね」

最近の事を話していたら、九夜山の話題が出たので、

振ってみたのだけれど、反応が薄い。

さすがは墓石が風化するほどに、年季の入った幽霊。

この山に関しては、かなり詳しいようだ。

「どこかから流れてきた狼なんですけどね」

「ふーん。最近では珍しいわね。

 昔は、群れで暮らしていたものだけど」

「怒ると人型になるんです」

「ふー……ん?」

「知り合いの猫又の話では、狼男じゃないかって」

「……すごい知り合いがいるのね。その、狼男? も含めて」

「そうですか? 幽霊とどっこいどっこいでは?」

「そ、そうなのかしら? 自分ではよくわからないわ」

どう反応していいのか分からないようだ。

一応、褒めたつもりなんだけど。

「でもホントに、ルイの話を聴いていると面白そう。

 神社で神さまに出会ったり、湖の大金魚と友達だったり。

 真っ赤な傘を差した怪しい子と知り合いだったり」

怪しい子って、チイちゃんの事?

「フウカさんの中でも、

 チイちゃんは怪しい子カテゴリなんだ?」

「いや、それはそうでしょう。

 初対面でいきなり、

 『ちぃちょうだい』なんて尋ねる子は、

 誰がどう考えても怪しいと思うわよ?

 むしろよく、その出逢いで知り合いになれたわね」

「最初の頃はいろいろあったけど、今はお友達だよ。

 楽しい子だと思うけど、

 なんでかあんまり好かれないんだよね」

「まあ。ルイがいいのなら、私は別に構わないけど。

 ――死んだらぜひ、ここにおいでね?」

「まだその予定は無いよー」

何やら物騒な内容だけど、

フウカさんに殺意は感じない。

幽霊流のブラックジョークというやつだろう。

たぶん、きっと。


フウカさんとの話は、思った以上に楽しくて、

その異変に私は直前まで気が付かなかった。

「ルイ。そろそろ、帰った方がいいかも」

フウカさんらしからぬ、そんな発言の数秒後。

訝しむ間もなく、闇が私を襲った。

一瞬セイアンさまの事が頭に浮かんだけれど、

ここは九夜山。繁華街ではない。

「フウカさん? いったい何が――」

言いかけた瞬間、頬に冷たい物が落ちた。

「ああ。遅かったわ」

フウカさんの声は間近で聞こえる。

場所は変わっていない。

ぽた、ぽた、と冷たい感覚が頬を流れ、

それは一瞬にして滝のような水流に変わった。

「雨よ。どこか、屋根のある場所に」

雨音に紛れて、フウカさんの声が聞こえた。

「お言葉に甘えます。また来ますから、それじゃ」

「きっと、またね」

フウカさんに別れを告げて、私は手探りで墓地を後にした。


    ――――――――――――


黒雲に覆われて、月が隠れている。

月の光が唯一の光源である山の中でそれは、

死活問題にすらなりうる。

さらに突然の大雨だ。

突然降りだした大雨は、

すぐに止むものだと聞いたことがあるけれど。

それは一日中降り続かないという意味で、

すぐというのが三十分後か、一時間後かは分からない。

後半は私の経験則だけど。

少なくとも一、二分で止みはしないだろう。

ともかくまず、見えないことにはどうにもならない。

クヤさまの樹まで辿り着ければ、雨宿りが出来るんだけど。

あ、そうだ。

「クヤさまー、助けてくださいー」

セイアンさまとジャコウさまの事を思い出した。

九夜山の全てはクヤさまの認識領域内だ。

クヤさまには、聞こえているハズ。

まあ、助けてくれるかどうかは、

運と日頃の行い次第なんだけど。

はたしてクヤさまは、聞き届けてくれたようだ。

周囲の木々が私を先導するように、

淡い緑の光を放っている。

その光は森の奥へと続く道を形作っていた。

多分、屋根のある場所に続いているハズだ。


木々の枝葉を雨除けにして、私は森を奥へと進んだ。

そして、淡い緑光で出来た道の先に見つけたのは、

蔦草の暖簾と苔の絨毯が敷かれた小さな洞窟だった。

小さな洞窟を前にして、私は一瞬立ち止まる。

これ以上体を雨で濡らさぬために、

一刻も早く洞窟に入るべきなのはわかっているけれど。

小さな洞窟には、先客がいるようなのだ。

それが誰かは分からない。

けれど、相手はただの森の獣ではなさそうだ。

小さな洞窟の入り口からは、

パチパチと火花の爆ぜる音と共に、

白い煙とオレンジの光が見えていた。

相手が誰なのかは分からないけれど、

ずっと雨に打たれてるわけにもいかない。

それにここにはクヤさまが案内してくれたのだ。

この山の中の事なら全てを知っているクヤさまが、

危険のある場所へ私を導くとは考えられない。

私は意を決すると、洞窟に踏み込んだ。

そして、意外な焚き火の主と対面した。

「驚いた。ホントに生きてたんだな、お前」

聞き覚えのある声と、見た目。

「あの時のワンちゃん?」

狼が焚き火の前で寝そべっていた。

「ワンちゃんはやめろ」

顔を上げて私に言うと、ワンちゃんはまた寝そべった。

一度殺したものが生きていたのに、

随分と警戒心の無い狼である。

「驚かないんですね。私を見ても」

「お前の事は、山の神に聞いていたからな。

 半信半疑ではあったが、一応考えてはいた」

山の神の言葉に山の動物が半信半疑って、

どうなんだろうそれ。

「それよりも、お前のほうが不思議だ。

 前回の時と比べて随分と落ち着いているな。

 雨のせいか?」

ワンちゃんの言葉に、断片的な思い出が脳内で流れた。

暴走している時の事はあまり思い出したくないんだけど。

毛並みの手触り以外で。

「あんまり良い毛並みに出会うと、

 初めてはちょっと、暴走しちゃうんです!

 一度撫でられたので、もう大丈夫ですよ。

 撫でさせてくれるっていうのなら、別ですが」

「他人に触られるのは嫌いなんでね。勘弁してくれ」

そうは言うけれど、先ほどからまったく動かない。

逃げる気配を見せないと、また触ってみたくなる。

嫌がるようなことをしようとは思わないけどさ。

よく見たら、ワンちゃんの体も酷く濡れていた。

だから動かずに、焚き火で乾かしていたのか。

でも、これ程の濡れ方だと、焚き火だけじゃ……。

そだ。

「おい、てめえ。突然なにしてやがる」

「何って。見ての通り、シャツを脱いでるんだよ」

なんでワンちゃん慌ててるんだろう?

「そ、そりゃ、分かってる。なんで脱ぐんだよってことだ!」

「乾かすには、脱いだ方がいいでしょ。

 着ててもべとべとして厄介だし、

 寒い季節ってわけでもないし。

 それに……」

私は脱いだシャツをギュッと絞って、

なぜか私から目をそらすワンちゃんの体に広げて掛けた。

「絞れば濡れたシャツでも、

 少しは水を吸収できるからね。

 ワンちゃんの毛皮、拭いた方がいいよ。

 そのままじゃ乾くまでだいぶかかっちゃう」

私は私で、焚き火の近くに座って、

雨に濡れて冷えた体を温める。

さすがに下までは脱げないから、

着たまま焚き火の炎で乾かす。

「ほらほら、さっさと拭きなよ。

 それとも、私がやってあげようか?

 なーんて、ダメだよね。

 さっきだって――」

「いいぜ」

「え?」

思わず聞き返してしまった。

「やりたいんなら、やればいいって言ったんだ。

 布の上からで、直に触るのは無しだけどよ」

そっぽを向いたワンちゃんは、

照れたような声で言った。

「えっと、いいの?」

「嫌なら、俺がやる」

「あ、やるやる。やります」

せっかくの機会だ。

布越しとはいえ、存分に撫でよう。

「俺、暫くここに住むことにしたから」

独りごとのようにワンちゃんは言った。

答えを期待していないように感じたので、

私は黙ってワンちゃんを拭くことに努めた。

「ワンちゃんは狼男なんですか?」

拭いている間に思い出して、私はそれとなく聞いてみた。

「ああ、そうだよ。

 って、ワンちゃんはやめろって言ってるだろ」

よっぽどワンちゃん呼びが嫌らしい。

うーん可愛いと思うんだけどなー。

「じゃあ、何て呼べばいいの?」

「なんでもいいけどよ。

 もうちっとカッコいい名前にしてくれや」

なんでもいいのに、注文付きなのね。

「じゃ、オオカミさん」

「ひねりがねえな。別にいいけどよ……」

歯切れが悪い。

「うーん。ならー、ウルフで」

あんまり変わっていないけど。

「おう。そいつはいいな!」

思いもかけず好評だった。

よくわからないけど、本人がいいのであればそれで。

「じゃあ、これからはウルフで。

 よろしくウルフ」

「おう!」

どさくさに紛れて、呼び捨てにしてみたけど、

気付いてないのか、そこはどうでもいいのか。


「お、雨が上がったようだぜ」

ウルフに言われて洞窟の外に出てみると、

確かにもう雨は降っていなかった。

黒雲の間から月が微かに顔を出している。

これなら、なんとか歩いて帰れそうだ。

「焚き火ありがとう。ウルフ」

少しだけ乾いたシャツを着ながら、

私は同じく少しだけ乾いた毛並みのウルフに感謝を告げた。

「そりゃ、いいけどよ。おまえ――」

「ルイ」

「あ?」

「私の名前。ルイって呼んで」

「あ、ああ、ルイ。

 あんま、人前で脱ぐんじゃねえぞ?」

「なにそれ。人を露出狂みたいに。

 濡れちゃったんだからしょうがないでしょ。

 脱いだのも上半身だけだし。

 そもそも相手は狼だし」

私がそういうとウルフは突然立ち上がり、

洞窟の外に駈けていった。

私も続いて外に出る。

月はもう、黒雲から完全に出ていた。

なぜだろう。妙に月の光が強い。

「じょ、上半身だけだろうと、ダメなもんはダメなんだ。

 ちっとは考えろ」

声につられて振り返ると、

そこには灰色の毛皮を纏った若い人間の男が立っていた。

「もしかして、ウルフ?」

首を傾げて聞いてみると、

「こんな辺鄙な場所、他に誰がいやがる」

顔を赤くしたウルフがそう答えた。

いったい何に恥ずかしがっているんだろう、この狼男は。

「ふーん。ウルフってそんな顔してるんだ。人型のほうは」

あの時は本当に一瞬だったから、改めてしっかり見る。

ちょっと怖い感じもするが、なかなかの男前である。

「なかなかカッコイイね」

「へっ」

そっぽを向かれてしまった。

褒めたつもりなんだけどなー。

「暫くここに住むんなら、また会えるよね。

 じゃ、また今度ね」

「ああ」

ウルフは私の言葉に、短くそれだけ返した。

「ばいばーい」


    ――――――――――――


月の位置からして、もうそろそろ朝が来る。

長話に雨宿りで随分と時間を食ってしまった。

まあでも、それなりに充実した夜だった。

のんびり、まったりできた。

当初の目的は完遂。

ただ、このままだと家に着く前に太陽が顔を出す。

もうちょっと雨が止むのが早ければ。

傘や懐中電灯の用意があれば。

色々と考えながら、どうせダメなのでゆっくり歩く。

そのうち、空が青みがかってきた。

頭に手を置くと、ケモミミずきんの感触がある。

雨に濡れてもこれだけは、

他の服のように濡れて重くなったりはしなかった。

むしろ生き生きとしているような。

それはまるで、木々が雨を吸収するような。

そんな感じだ。

まあ、出自を思えば、不思議は無いけど。

「そろそろ、会ってもいい頃なんだけどなー」

クヤさまの言った噂。

異界の魔物。

それっぽいものには、まだ会っていない。

ここで一つフラグを立ててみようと思ったけど。

しっくりこない。

これは暫く先になりそうだ。

当分はまた、いつものように私の時間を楽しむとしよう。

さて、太陽が顔を出す。

私の視界が白で塗りつぶされていく。

今日はこれでお終い。


では、また次の夜に。

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