表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜歩き  作者: やみあるい
6/35

第六夜【神主・番壁・夜会】

夜。それは、私の時間。

さあ、今日も出掛けよう。


そういえばこの間は、あの子に会えなかった。

今日辺り神社に行けば、会えるような気がする。

唐突にそう思った私は、住宅街へと足を向けた。


住宅街の中心にある林の中の神社。

祀られているのは、狐神のイナリさま。

そして、イナリさまを祀るこの神社の神主が……。

「あ、ルイさんです。こんばんわです」

私に声を掛けたのは狐の面を頭に載せて、

箒を手に神社内を掃除する巫女服少女。

彼女こそが、この神社を仕切る神主、サヨリちゃんだ。

まだ齢一桁だというのに、立派に神社を取り仕切る真面目っ子だ。

「こんばんわ、サヨリちゃん。

 今日こそはサヨリちゃんと会えるかなーって、

 思ってきてみたけど会えてよかった」

サヨリちゃんの体は、たまにイナリさまが操っているので、

サヨリちゃん本人と出会える確率は半々なのだ。

「先日訪ねてくださったですね。

 イナリさまから伺っていますです」

サヨリちゃんは律儀に石畳を掃く手を止めて、

私に向かい合った。

「いいよー、掃除してて。

 特に用があるわけでもないし。 

 ちょっとお話に来ただけだから」

「そんな訳には参りませんです。

 ここにいらっしゃった方はみな、

 イナリさまのお客様です。

 私はイナリさまに仕える者として、

 しっかりと、もてなさなければならないのです」

ささ、どうぞ。と、神社の隣に建つ家へ、案内してくれる。

「いいのいいの。ホントにちょっと寄っただけだから。

 ほかにも行くところとかあるし」

私の言葉にサヨリちゃんは少し残念そうな顔をして、

「そうですか。それなら仕方ないです」

と、言った。

別に後に用事があるわけでは無いけれど、

このままサヨリちゃんに家の中へ招待されたら、

お茶からお菓子までフルコースでもてなされてしまう。

さすがにそれは、申し訳ない。

それにそんな快適な場所に居れば、時間がすぐ過ぎてしまう。

目的地は無いけれど、もう少しあちこち行きたい。

それが散歩というものなのだ。

「サヨリちゃん、最近調子はどう? 元気してる?」

「はいです。元気いっぱいですよ」

神主として大人顔負けなサヨリちゃんでも、さすがは小学生。

元気は有り余っているようだ。

そうだ。特に用事があったわけでもないけれど、

せっかくだからあの事を聞いてみよう。

「サヨリちゃん最近さ、この辺りで怪しい奴見なかった?」

「怪しい奴……ですか? チイさんならたまに見ますけどです」

サヨリちゃんの中で、チイちゃんは怪しい奴カテゴリのようだ。

「うーん、そういうのじゃなくて。

 もっと、普通と違うッぽいので……」

あー、もう。自分で見たわけじゃないから伝えにくい。

「あ、そうだ。イナリさまに何か聞いてない?」

「特に何も聞いていませんですが。

 イナリさまに御用だったんですか?」

「いや、別に用は無かったんだけど、

 せっかく来たからついでにね。

 あ、そうだ。

 サヨリちゃん、イナリさまに伝言頼んでいいかな?」

「はいです。いいですよ」

「クヤさまからの頼み事の事なんだけど。

 イナリさまからも少し話を聴いてみたいなと。

 また来るから、その時にでもお願いしますって伝えて」

「了解ですです」

ビシッと敬礼して、サヨリちゃんは答えた。

軍人とか警察官みたい。

「なにそれ、流行ってるの?」

「はいです。最近学校で流行り中なのです」

よくわからないけど、サヨリちゃん楽しそうだ。

「じゃあね、ばいばい。

 伝言よろしくね」

「はいです。ばいばいです」

互いに手を振り合って、私は神社を後にした。


    ――――――――――――


神社を出た丁度その時、見覚えのある小さな影が、

私の前を通り過ぎた。

これ、不幸の前兆って聞くけどどうなんだろう。

という考えが、私の反応を一瞬遅らせて、

声を掛けるタイミングを逃してしまった。

でもせっかく見かけたのだから、声を掛けたい。

彼女は家の近くを縄張りとしているけれど、

気まぐれで会わないときは本当に会えないから。

私はクロさんが消えた先に足を向けた。

見失うといけないから、気持ち小走りだ。

にしてもクロさん、住宅街方面にも来るんだ。

いつもの縄張りからは、少し外れていると思うけど。

まあ猫の縄張りは意外と広いらしいし、

なんといってもクロさんは猫又だ。

行動範囲は十六夜市全域だとしても、私は驚かない。

いや。猫又がどういうものなのか、よくは知らないのだけど。

猫の通り道というのは本当に面白い。

道に見えない道を、当然のように歩いていく。

幸いなことに急いでいるわけでは無いのか、

ゆったりとした歩きなので見失うことは無いだろうけど、

初めての道に悪戦苦闘する私ではとても追いつけない。

家々の間に通る塀の上や、生垣のトンネル、

他人の土地だなんて気にしない傍若無人ぶりだ。

まあ猫に人間の取決めなんて、何の意味もないんだろうけど。

ユラさん辺りにでも見つかったら、長い説教が待ってそうだ。

幸いなことに住宅街はユラさんの縄張りから離れてる。

なんてことを考えながら、堀の上を歩いていく。

いつもと違う道は、いつもと違う景色が見れてそれだけで楽しい。

おまけに高さも違えば、いつもの場所であっても、

まったく違う光景が広がる。

空を見上げると、なんだかいつもより月が近く感じた。

地上との距離なんて、ほんの数メートルしか違わないのに。

抜け道、細道、獣道。

コンクリートの壁に空いた穴は、猫がギリギリ通れるくらい。

壁の向こうは、たぶんゴール。

先ほどから、幾匹もの猫の鳴き声が聞こえてくる。

クロさんの行き先は、噂に聞く猫の夜会だろう。

悪戦苦闘の道のりの先に、まさかの最終関門だ。

上を通ればいいんでない? という考えはまず却下。

猫たちの声は、壁に空いた穴の中からしか聞こえない。

どういう法則かは知らないけれど、

この先は壁の穴を通らなければ行けない場所なんだろう。

さて、どうしよう。

「お困りかね、お若いの」

悩む私に、どこからか声がした。

「どちらさま?」

「ここじゃよ。お若いの」

よく見れば、壁に空いた穴が揺らいで声を発している。

この穴は……口?

ということは、語りかけてきているのは。

「もしかして……カベさん?」

「正解じゃよ。お若いの」

よく見れば、壁には目のような沁みが二つ付いていて、

それが瞬きをしていた。

「ワシは猫たちに頼まれてね、ここで番をしとるものじゃよ」

やっぱりこの先は、普通じゃなさそうだ。

「ふむ。それにしてもお若いの、

 ワシの声が聞こえるとは珍しい耳を持っとる」

ああそういえば、

ケモミミずきんは無機物の声も聞こえるって、

クヤさま言ってたっけ。

「猫たち意外と話したのは久しぶりじゃ。

 それに免じて通してやりたいところじゃが……」

番壁だもんね。勝手はできないよね。

「無茶を承知で聞くが、内側に知り合いなんぞおらんかね?

 誰かの紹介であれば、問題なく通せるんじゃが――」

「居ます!」

通れると聞いて、食い気味で応えてしまった。

けれど、よく考えてみれば、

私はクロさんを尾行してたどり着いたんだったっけ。

さながらストーカー。

受け入れてくれるかな?

それでもきっと、あのクロさんなら!

「えっと、クロさんって言って。

 いや、クロさんは私がつけた呼び名か。

 えーと、そうそう。

 黒い毛並のメスの猫又さんなんですが。

 ちょっと急で、紹介とかは無いんですが。

 ……聞いてみることって、できます?

 あ、ルイが来たと言って下されば、

 たぶん分かるかと……その、思います」

「ほう。あのお方の知り合いじゃったか」

カベさんの言葉には、強い敬意が感じられる。

クロさんて、ホントにすごいんだ。

カベさんの目が閉じて、口も動かなくなった。

ドキドキ待つこと、一分弱。

カベさんの目が開き、口がゆらりと動き出す。

「確認させてもらったよ、お若いの。いやルイくん。

 あのお方からの許可が下りた。通るがよい」

そう言ってカベさんは口、つまりは壁に空いた穴を、

大きく開いた。

と言っても、ギリギリ匍匐前進で抜けられるくらいだけど。

「ほれはへんはいひゃ。

 はっはほ、ふぁいふふぁふぉい」

何を言っているのか聞き取れないが、

おそらく入れと言っているんだろう。

私は、地面に寝転ぶと、匍匐前進で穴を抜けた。

「ふぁはふぁは、ふぁのしかったぞ。ルイくん」

私の後ろで、そんな声がした。


    ――――――――――――


にゃーにゃーと遠くで猫の鳴き声が聞こえる。

なんでだろう。

ケモミミずきんを被っているハズなのに。

「なんで」

「集中の調節が出来ていないからよ」

「クロ姉さんっ!」

声の主に気が付いて、咄嗟に想いが呼び名に現れた。

「うふふっ。なーに、その呼び方」

「ダメですか?」

「私は別に構わないわよ?」

楽しそうにクロ姉さんは言った。

「あの……怒ってませんか?」

「何に対してかしら?」

クロ姉さんは目を細め、探るような目つきで、

私を見て逆に聞き返してきた。

直接的にはここに来たことだけれども、

それを話すには後をつけてきたことも、

話さなければならない。

気付いているのかいないのかは分からないけれど、

自分からは言いにくい。

私が黙っていると、

クロ姉さんは可笑しそうに笑って、

「何に対してかは知らないけれど、

 少なくとも今は怒ってないわね。

 丁度、ルイちゃんとお話もしたかったことだし」

と、言った。

うぅ。全てを見透かされているような気がする。

「ねえ、ルイちゃん。

 あなたの事をみんなに紹介したいのだけれど、

 いいかしら?」

「あ、はい」

所々に土がむき出しになったコンクリートの地面と、

幾本かの木々に申し訳程度の草原。

そこに数十匹を超える猫たちが、各々自由に寛いでいた。

空には月と星々が、誰にも邪魔されずに輝いている。

まだ住宅街から出る程に歩いた気はしないけれど、

ここは住宅街とは違う場所なのかもしれない。

「そういえばさっき、集中の調節が出来てないって。

 あれはどういう意味なんですか?」

私はクロ姉さんにそれとなく聞いてみた。

「そのまんまの意味よ。

 ルイちゃんのずきんはね、

 本来何かに集中していないと効果が出ないの」

「普通に使えてますけど」

ケモミミずきんを使うのに、何かを考えたことは無い。

むしろ、被っている間は、鳴き声が聞こえないくらいなのだ。

「だから、調節が出来てないのよ。

 聞きたい物、あるいは者を認識して聞こうとすれば、

 例え姿が見えなくても聞こえるはずよ。

 逆に意識の外にある単なる音は、

 例えそれが鳴き声でも単なる音として聞こえるの。

 その辺りの集中を意識的に操れるようになれば、

 どんな時でも聞き分けができるようになるはずよ」

むむむ、分かるような分からないような話だ。

「うふふ。すぐに出来るようにはならないわよ。

 これはもう、感覚的なものだから。

 今言った事を意識して、聞き分けようと思い続ければ、

 いつかはできるようになるわ。

 うまくすれば、両方同時に聞くなんてこともできるはずよ」

奥が深い。ただ被ってればいいわけじゃないみたいだ。

「ルイちゃんなら、極めればそれを使わなくても、

 聞こえるようになるかもね。

 ――さあ。そろそろみんなに紹介するわよ」

そうして私は、クロ姉さんに連れられて、

猫たちの輪の中心に入っていった。


クロ姉さんの縄張りに住む者として、紹介をされた。

たくさんの猫たちを紹介されたけれど、

あまり記憶力の良くない私には、

彼ら全ての名前を覚えることはできなかった。

けれど、猫たちは特に気にしていないようだ。

良い意味でも悪い意味でも、

自由気ままな性格が多いようだ。

さすがは猫。

夜会とは言っても、

ほとんどがゴロゴロと寝っ転がってる。

「そういえばクロ姉さん。

 クヤさまの頼み事の件ですけど。

 なにか情報はありました?」

「今のところ目ぼしい情報は無いわね」

手がかり無しか。

別に本気で探してるわけじゃないからいいけど。

「そうだわ。ここの子たちと今日話してたんだけど、

 ルイちゃんなら、アレの事なんとかなるかも」

「アレって?」

「最近猫たちの間で話題に上っている伝説の食べ物よ」

何やらすごそうな。

「人間の同居人を持つ猫しかありつけないという、

 その名も『ネコカン』!」

ん?

「食べた子たちの話だと、

 この世のものとは思えない美味しさらしいわ」

それって、猫缶のことだろうか。

猫用の缶詰の。

「もしネコカンが食べられるというのなら、

 きっと多くの猫がここに集まってくると思うわ。

 そうすれば、ルイちゃんの望んだ情報も見つかるかも」

大きなお店は、あんまり入りたくないなぁ。

近所のコンビニにも売ってるかな?

ここに入れて貰った件のお礼もあるし。

「今度来るときに、お土産として持ってきます」

「ホント!?」

想像以上に喜ばれた。

猫又といえど、クロ姉さんも猫なんだなぁ。

「みんな、朗報よ!

 ルイちゃんが今度、あのネコカンをもってきてくれるそうよ」

「うぉー、マジか!」「キャーホントに?」「やったやった」

「ひゃっほー」「お腹減らしてこなきゃ!」「楽しみー」

全猫スタンディングオベーションで、喜ばれた。

猫缶……高級なの探そう。

ついでに、マタタビもつけて。


「今日はルイちゃんのおかげで、

 すごく盛り上がったわ。ありがとう」

最後は確かに少し盛り上がってたみたいだけど。

基本、みんな寝転がってただけなような……。

やっぱり猫なんだなぁ。

「ぜひ、また来てね」

「はい。お土産持ってまた来ます」

気のせいか、クロ姉さんの瞳がいつもの倍は輝いてる気がする。

さてこれは、ネコカン手に入れないと、おいそれと来れないな。

あ、そういえば。一つ聞くのを忘れてた。

「そういえばクロ姉さん。

 昨日九夜山で変わった狼を見たんですけど」

あの時の記憶はあまり無い。

いや、死んだからとかではなく、

モフモフに興奮しすぎて、それ以外あまり覚えていないのだ。

「新参者みたいなんですが、何か聞いてませんか?」

「さあ? 九夜山は私の縄張りから少し外れているし、

 あの辺りに近づく猫はあまりいないから」

確かに、九夜山に一番近い縄張りを持つのが、クロ姉さんだ。

他の猫は大抵、もっと街の近くを縄張りとしている。

そっか、知らないのか。

「どんな狼だったの?」

「すっごく艶やかな灰色の毛並をしてて、

 怒ると毛が逆立って人間の形になったような」

「――怒らせたのね」

呆れ口調で、クロ姉さんは言った。

そういえば、クロ姉さんと初めて会った時も、

似たようなことになった。

あの時はなんで突然、意識が闇に呑まれたのか、

分からなかったけれど、今なら分かる。

猫又であるクロ姉さんなら、怒らせたらそりゃ一撃で絶命だ。

「……狼男、でしょうね」

聞いたことある。

割と有名な……そうかあれが。

気付いてみれば、なんで気づかなかったと思える。

ホント、なんで気づかない。

次に会った時、本人に聞いてみよう。

「気を付けて、なんてルイちゃんにはあまり意味のない言葉よね。

 でもまあ、気を付けてね」

「はい。クロ姉さんも」


猫の夜会から外れ、クロ姉さんと別れて、

私は壁の穴からはい出した。

その瞬間。

半分顔を出した太陽が目に映った。

日が、半分も昇っている。

意識が白で塗りつぶされていく。

ああ、そうか。

猫の夜会の会場。

あそこは、時間が――。

なんにせよ、今日はこれでお終い。


では、また次の夜に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ