表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜歩き  作者: やみあるい
5/35

第五夜【梟紳士・大金魚・狼?】

夜。それは、私の時間。

さあ、今日も出掛けよう。


せっかく昨日ケモミミずきんを手に入れたのだから、

今日は九夜山のホオさんを訪ねてみよう。

珍しいものが手に入れたら、使ってみたくなるのが人の性。

楽しいと体もどんどん軽くなる。

気が付けば私はスキップで鼻歌を歌いながら、

山道を登っていた。

さて、ホオさんの住処は一応知っているけれど、

この時間は大抵出かけている。

ホオさんにとって今は狩りの時間。

なんたってフクロウは夜のハンターだから。

まあでも山の中にいることは間違いない。

遠くから時折聞こえるホオさんの鳴き声を頼りに、

私は藪の中に分け入った。

「ホウさーん、どこですかー」

鳴き声の聞こえた方向に向けて、大声で叫ぶ。

狩り中のホウさんは、森の闇と同化する。

おまけに飛び立つときでさえ、

物音ひとつ立てないホウさんを、

こちらから見つけるのは至難の業だ。

狩りの邪魔ではあるけれど、

向こうにこちらを見つけてもらうのが一番。

まあ温厚な方だから、許してくれるでしょう。

きっと。たぶん。

いつも感じていたつもりのホウさんの意思の解釈を、

私が間違えていなければ……。

うーん。

すごい宝物を手に入れて、ちょっと調子に乗りすぎてたかも。

クロさんの件もあり、だんだん自信がなくなってくる。

狩りの邪魔って、結構まずいかな。

野生では生死に関わることだし……。

あーうー。

「えーと。ホウさーん?」

それでも呼んでしまったものは、もう仕方がない。

もう一度、今度は少し声のトーン落ち気味で呼んでみた。

「何か御用かな、ルイどの」

「うひゃぁっ」

真後ろから声がして、

私は思わず飛び上がってしまった。

恐る恐る振り返ると、目の前にホウさんの顔があった。

「―――ーっ」

今度は声も出ない。

ホウさんの全体像は結構ファンシーで好きですが、

顔だけアップはかなり怖いです。

闇の中に白い顔が突然現れるとか、心臓飛び出しますよ。

どうやらホウさん、

私の後ろに突き出した木の枝へ器用に止まっているらしい。

「お、お、お」

首を傾げるホウさんへ、私はなんとか先を続ける。

「驚かさないでくださいよっ。

 死ぬかと思いました」

「ほっほっほー。

 今夜の散歩が早速終わるところだったでござるか。

 それはすまないことをしたでござる」

笑い声には、あまり反省の色は見えない。

けれど、こっちから邪魔した手前これ以上は言えない。

「狩りの邪魔してしまってすいません」

「よいよ。ルイどのの珍しい顔が見れたのだから、十分でござるよ。

 それに、浮かれていたのは、そのずきんのせいであろう?」

お見通しのようだ。

「はい。ホウさんの言葉を正しく解釈できていたかが、

 少し不安でっていうのもあって」

「ああ、なるほど。

 だが、その不安は杞憂であろうよ。

 私の意思は正しくルイどのに伝わっておる。

 その証拠に、私に違和感は感じなかろう?」

確かに今のホウさんも、いつも通りの忍者みたいなホウさんだ。

「はい。その通りです」

私はほっと胸をなで下ろした。

目的も達成したし、そろそろ退散しよう。

「では、そろそろ行きます」

「もう、帰るのでござるか?」

「はい。目的も達成できましたし、

 不安も解消できました。

 それに、狩りのお邪魔でしょうし」

「残念だが、仕方がないでござるな。

 また、いつでもおいくだされ」

ホウさんはそういうと、音も立てずに飛び去った。

さて、せっかくこんなところまで来たのだし、

今日は九夜山の先まで行ってみようかな。


    ――――――――――――


九夜山を越えてさらに進むと、大きな湖に出る。

その名も、十夜湖というその湖には、昔から主がいる。

せっかくなので、挨拶でもしていこう。

湖畔に植わる一本松の下が、主との謁見の場所だ。

ここで、幾度か柏手を打つ。

パンパンパンパン。

すると、十夜湖の水面に波紋が生まれ、

それはどんどん大きくなって、辺りの水が持ち上がると、

巨大な主のお目見えだ。

「こんばんわ、コイさん」

「やあ、ルイ。こんばんわ……コイ」

あからさまに怪しい語尾を付けて話すこの魚こそ、

この湖の主であるコイさんだ。

齢百数十年という年齢を表すその全長は十メートルを超す。

小型のクジラほどもあるその姿は、

まさに主に相応しいというもの。

さて、このコイさん。

呼び名はコイさんだけれども、

実際のところ種族的には鯉ではなく金魚なのだ。

うん、金魚。

初めて会ったとき、私はその姿から鯉と思い、

コイさんと呼び始めたんだ。

途中でコイさんが金魚だと気が付いたのだけれど、

私はもうその呼び名で覚えてしまったし、

当のコイさんが気に入っているようなので、

そのままコイさんと呼ぶ事になったのだ。

えらく紛らわしいけれど、本人の希望なのだから仕方がない。

コイさん曰く、金魚より鯉のほうが好きなのだそうだ。

そんなコイさんの夢は、鯉として滝を上り龍となることらしい。

色々と思う所はあるけれど、頑張ってほしい。

「あの夢は叶いそうですか?」

応援するものとして、私は会えばまずそれを聞くことにしている。

まあ、結果は思うようにいかないらしく、

毎回結局未来に期待するというような答えしか、

返ってこないのだけれど。

「コイッコイッコイッ」

けれど、聞かれて笑っている? ところを見ると、

今回は何か進展があったらしい。

「それがな、面白い噂を聞いたのだよ。

 ……あ、聞いたコイ」

「うわさ?」

「十三夜川で、最近龍が目撃されたという噂だ……コイ」

もう、その語尾やめたほうがいいと思う。

鯉を主張したいのは分かるけど、

まったく定着する気配がない。

まあ、言わないけど。

「て、龍? それどこ出自の噂なの?」

「最近この辺りを通った旅魚たちが話しておったコイ」

旅魚って初めて聞く単語だ。

いや、意味は分かるけど。

……サケとか?

時期が違う気がするけど。

「でも、十三夜川っていうと縄張りから離れすぎてない?」

十夜湖の主であるコイさんは、

この湖からあんまり遠くまで出歩けないはずだ。

「そこでルイに相談なんだが」

あ、なんか、その先は分かる。

「見に行ってこい、って?」

「むしろ連れてきてほしいのだ」

龍を? 私に?

「どうだろう。話し合いでなんとかなる相手なら……」

「うむ、頼んだぞ。……できるだけ早めにな」

早めにか。

百数十年生きて、人間の言葉すら発するコイさんだけれども、

決して神さまではない。時間の感覚に関しては、人並みなのだ。

金魚並みであるよりは、まだ良いか。

「分かりました。近いうちに行ってみます」

「うむ。頼んだぞ」

さて、そろそろ。

「じゃあ、失礼しますね」

「さらばだ」

立ち去ろうとして、言い忘れたことを思い出し振り返る。

「そうそう、さっきから語尾忘れてますよ。コイさん」

「あ、……コイ」

コイコイコイと叫びつつ、

水を跳ね上げ暴れるコイさんを背後に残し、

私は十夜湖を後にした。


    ――――――――――――


ベロを出して、息荒く。

へっへっへっへっへっ――――。

灰色の毛並と、金色をした獣の瞳。

帰りがけの森の中で出会ったのは、

この辺りでは見たことのない大型の犬だった。

「こんばんわ、ワンちゃん」

笑顔での挨拶は、初対面においての定石だ。

可愛らしいこのワンちゃんとはぜひ友達になりたい。

できるなら、あの毛皮に思い切り抱き着きたい。

もふもふしたい!

「犬じゃねえ。狼だ」

私の言葉に反論するワンちゃんの声は、

外見の印象からは想像できない男前なものだった。

確かに、犬と狼じゃかなり違う。

カッコよさが違う。

じゃあ、ワンちゃんじゃまずいか。

犬はワン鳴くからワンちゃんで、

狼は……なんて鳴くんだろう。

「ねえちょっと、君。狼ってなんて鳴くの?」

「さっきから話してるだろ。俺の声が聞こえねえのか?」

ん? え??

ああ、ケモミミずきん被ってるから人の声になってるのか。

私は試しに、ケモミミずきんを脱いでみた。

「ウゥー。ワンッ、ワンワンッ。ワワンッ」

……ワンじゃん。

もう一度、ケモミミずきんを被りなおす。

「それで、ワンちゃんはどこから来たの?」

「てめえ。俺の話聞いてなかったのかよ」

「ワーンちゃん。えへへ」

可愛い。可愛い。可愛い。

「う。まあ、いいけどよ」

私の目を見たワンちゃんはなぜか少し身を引いて、

何かを諦めたような声でそう言った。

そんな、貴方もすごく可愛い。

この可愛さは、クロさんと出会ったとき以来かも。

「俺の声を解するには、その被り物の力か」

「そうだよ」

私がケモミミずきんを外した所から考えに至ったのかな。

可愛いだけじゃなく、頭も賢い。

「くぅー。もう可愛いなあ」

ついに想いが口から洩れてしまった。

飛びつくのも、時間の問題だ。

「だが、それだけじゃねえ。

 お前、何者だ?」

ざわざわと、ワンちゃんの毛が逆立つ。

瞳に宿る金色の光が、輝きを強めていく。

空から落ちてくる月の光が、やけに強く感じる。

でも、そんな姿も可愛いよ。

ああダメ。もう我慢できない。

「人間の形をしてるが、

 俺の鼻は誤魔化せねえぞ。

 お前は。


 お前は、なんなんだぁ――――っ!!」


叫び声と同時にワンちゃんの体が倍に膨れ上がる。

それと共に、私の待ても限界を超えた。


「モフモフさせてぇ――――っ!」


叫び声とともに、

私はワンちゃんの体に向けて、思い切り飛びかかった。

私の体がワンちゃんに向けて飛ぶその刹那、

私の瞳は、確かに捉えていた。

ワンちゃんの膨れ上がった体が、

内側へ向けて収縮していくのを。

それは人間の形へと、その姿を収束させていき。

ワンちゃんがいた場所には、

半裸に灰色の毛皮を纏った、一人の若い男が立っていた。

「あれ、れ?」

空中を滑る私の体は、けれどもう止まらない。

「終わっとけ」

若い男は、殺気を混ぜてそう呟くと、

その腕を私に向けて一振りした。

男の腕の先には、鋭い爪を帯びた獣の手が。

痛みが私の体を走る。

と、同時に私の手が、彼の纏う灰色の毛皮に触れた。

ああ、柔らかくて、艶やかで、蕩ける様な肌触り。

「相打ち――かぁ――――」

意識が黒に塗りつぶされていく。

この感覚は、終わりの感覚だ。

何度も体験した、一夜の終わりの感覚だ。

「どこが相打ちだよ」

最後に、若い男のそんな声が遠くで聞こえた。

今日はこれでお終いかぁ。


――では、また次の夜に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ