表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜歩き  作者: やみあるい
4/35

第四夜【山神・猫又】

夜。それは、私の時間。

さあ、今日も出掛けよう。


綺麗な月が、穏やかに輝いている。

こんな夜には、

のんびりと散歩を楽しみたいところだけれど……。

今日は一気に九夜山の山頂まで行くとしましょう。

また、あっけなく終わっても困るしね。


山を登り始めると、やがて深い森に踏み入る。

そこをさらに進むと、木々が拓け、芝で覆われた場所に出る。

そこまで来れば、九夜山の山頂はもう目と鼻の先だ。

ちなみに拓けた空間は、山の頂上を中心にして広がっている。

そしてその頂上には、巨大な樹が植わっているのだ。

その巨大な樹こそが、この九夜山を守る神であるクヤさまである。

「こんばんわ、クヤさま」

「ようこそ。麓の子よ」

私が挨拶をすると、クヤさまは枝葉を震わせて返事をした。

山全体から湧き上がるような深く厳かな声音だ。

「ホオさんに聞きました。用事があるそうですが」

私はクヤさまの根に座ると、クヤさまを見上げて尋ねた。

クヤさまはその辺りの木とは比べ物にならないほど、

古い時代から生きている。

そのため、大きさもとんでもなく大きい。

どのくらい大きいかというと、

小さな山小屋くらいならすっぽり入ってしまうほど。

クヤさまの幹を掘って家を作ったら、

それはもうファンシーな、

絵本に出てくるような家ができることだろう。

まあ、さすがにそんな罰当たりなことはやらないけれど。

「また、恐ろしいことを考えているね。

 麓の子よ」

ばっちり伝わっていた。

「ついつい考えちゃうんです。

 やりませんから、気にしないでください。

 それより用事を」

「ふぉっふぉっふぉ。まあ良い良い。

 さて、用事じゃったな。

 今日はお主に、贈り物をしようと思ってな」

「贈り物?」

山の神さまからの贈り物なんて、なにやらすごそうだ。

袋いっぱいのどんぐりかな?

それとも、猫型のバスの乗車券かな?

そういえば、あれのお腹でちょっと寝てみたい。

「なにやら、面白そうなことを考えとるところ申し訳ないが、

 そういったものとは違うのう。

 そもそもワシは樹で、太ったムクムクではない」

読まれてる~。

恥ずかしい。

そして、あのムクムクの事を知ってらっしゃる~。

どこで知ったの?

「お主に贈るのは、これじゃよ」

声と共に、ボフンッと頭に何かがぶつかった。

丸くて柔らかい何か。

それは風呂敷?

「その中身じゃて」

風呂敷を開けると、そこには緑色の帽子が入っていた。

帽子……というより頭巾だろうか。

広げてみると、猫耳がついている。

なんだろう、これ。

頭巾の緑色が、クヤさまの葉っぱの色と同じなのは、

クヤさまらしいけど。

なんで頭巾? しかも猫耳付き?

「なんじゃお主、ききみみずきんを知らんのか」

ききみみずきん? どこかで聞いたような……。

「昔話じゃよ。

 それを被るとな、

 生き物の声が聞こえるという不思議なずきんの話じゃ」

で、これがそのききみみずきん?

「それは少し違うものよ。

 それを被るとな、生き物のみならず無機物の声まで、

 人間の言葉に翻訳して聞かせてくれるという一品じゃよ」

なにやら、すごいものらしい。

とりあえず、ききみみずきんの上位版であるらしいこれは、

ケモミミずきんと呼ぶことにしよう。

あれ。でもそう考えると、これタダってわけではないような。

「あの、これ……」

「わかっとるようじゃな。

 お主にやってもらいたいことがある。

 いつでも良いので聞き届けてくれぬか?」

そう言われると、断りづらい。

贈り物までもらってしまったし。

「ありがとう、麓の子よ。

 お主にやってもらいたいのはな、

 実はこの九夜山も含む十六夜市全体に関わるこのなのじゃ」

十六夜市。

それは一夜から十五夜、そして幻の零夜を合わせた、

十六の地域をまとめた呼び名だ。

つまり十六夜市には私の住む八夜丁に、ここ九夜山、

住宅街のある六夜丁と、繁華街のある四夜丁も含まれている。

それ以外にもまだ、十二の地域が残っている。

まあ全て、私の行動範囲ではあるのだけれど。

「最近、十六夜市に住む神々の間である噂が流れとる。

 いわく。魔物を見た、と」

へ、まもの?

「うむ。

 本来、異界に生きる魔物がこちらに出てくることは無い。

 呼び出されたというのなら、ありえないことではないが。

 異界から魔物を呼び出すなぞ、並の存在では不可能じゃ。

 えらく手間もかかるしのう」

魔物。でも、私は割と見てるような……。

「お主の考えとるのはワシの言う魔物では無いよ。

 ワシの言う異界産の魔物はとても危険な存在じゃ。

 それがかなりの数、目撃されておる。

 しかもその姿から、複数おるようじゃ」

なにやら、面倒くさい方向に話がいってる気がする。

「お主に頼みたいのはな、その魔物に関することなのじゃ」

「それは……私に倒せ、と?」

「倒せるのなら、それが一番良いが難しいじゃろうのう。

 今のお主ではな。

 まあ、お主なら死ぬことはないじゃろうが。

 いや。消えることは、かな?」

……じゃあ、私に何を期待しているんだろうか。

「魔物が現れるようになった理由の調査じゃよ。

 ついでにその元凶を止めてくれるとありがたいのう」

そうなってくるとむしろ、

魔物に対抗する武器みたいなものを貰った方が嬉しいような。

「頼んだぞ、麓の子よ」

うわ。考え読んでるはずなのに、無視しなさった。

この神さま。

「ではな」

一陣の風が吹いた後、樹は静かになった。

喋るのを止めたのか、それともどこかに意識を移動したか。

もう巨大な樹は、何も語らない。

ケモミミずきん貰ってしまったし、

噂が本当なら夜歩きしていれば、

いずれは魔物とも出会うだろう。

異界の魔物の事は、心に留めておくとしよう。


    ――――――――――――


さて、クヤさまの話で随分時間を使った。

もうそのまま帰ることにしようと、山の麓まで降りてきたら。

「にゃー」

家の近くでクロさんと出会った。

「はい。こんばんわ」

クロさんの挨拶に、挨拶で返しつつ私は思いついた。

せっかくだから、ケモミミずきん使ってみよう。

まあ、クロさんとは無くても普通に話せるけど。

ということで、ずっぽり被ってみました。

「今日はどちらに行ってたんですか?」

「猫の夜会に行ってきたのよ。ルイちゃん」

ホントに聞こえる。

「今日は随分と面白そうなものを持ってるわね、ルイちゃん」

私が被ったケモミミずきんを見て、クロさんが言った。

「クヤさまに貰いました。

 これを被ってると色々なものの声が聞こえるんだとか」

「そうなの、よかったわ。

 これで私の言葉が正しく伝わりそうね」

あれ、正しく伝わってなかった?

「私の解釈、間違ってましたか?」

恐る恐る聞くと、クロさんはちょっと困ったように、

「間違いではないけれど、概ね正しくも無かったわね」

と、答えた。

ちょっと悲しい。そして悔しい。

けれどまあ、これからはケモミミずきんがあるし、大丈夫だよね。

「それで山の神さまに何をお願いされたのかしら?」

「あれ、分かっちゃいます?」

「昔から、そういう方なのよ。

 何か頼みごとをするときは、まず贈り物をくれるの」

うーむ。私はいろいろと考えが甘かったようだ。

贈り物というだけで、無条件に喜んでいた。

でも、贈り物は嬉しいものだし、

例え後に頼みごとが控えていようとも、

贈り物が悪いわけじゃない。

うん。喜ぶのは間違ってないよね。

「それで、頼み事はなんだったのかしら?

 手伝えるようなことなら、手伝ってあげるわよ」

猫の手も借りたいということわざを思い出した。

「うーん。借りたいは山々ですが、

 猫の手では少し足りないかも……。

 あ、嬉しいのはすごく嬉しいですよ」

ああでも、情報だけなら猫は詳しいのかも。

「失礼ね。

 私はこれでもあなたの何十倍も生きているのよ?」

クロさんは言い終わると、フリフリと尻尾を振った。

尻尾? あれ、よく見るとクロさんの尻尾、二つに分かれてる。

「人の世では猫又と言うらしいわね。

 力比べなら貴方にも負けない自身があるわよ?

 それに私は猫の夜会の顔役でもあるの。

 情報に関してはかなり協力できると思うわ」

魔物? と一瞬思ったけれど、

クヤさまの言葉を思い出した。

異界の魔物はそんなものではないと言われた。

ということは、クロさんは探している魔物とは違うのかも。

まあともかくとして。

強くて情報にも強いなんて、すごく頼れそう。

そうそう、猫の夜会の顔役に関しては、

ケモミミずきん貰う前だったから不安だったけど、

どうやら間違っていなかったみたい。よかった。

「じゃあ、ちょっと聞いてもらってもいいですか――」


そうして私は、

クヤさまに聞いた異界の魔物の噂をクロさんに伝えた。


「うーん。私は見たことないけれど……。

 最近猫たちの間でも似たような噂が流れてるわね。

 今度の夜会に出たときにでも詳しく聞いてみるわ」

「ありがとうございます。

 それではよろしくお願いしますね」

私はクロさんにお礼を言って別れた。

色々話して、予想以上に時間を使った。

もう日が昇るまであと少し、家の玄関までもあと少し。

玄関の戸を開けるのと、

背中で太陽が顔を出すのはほぼ同時だった。

なんとかなって、よかった~。

さて、今日はこれでお終い。


では、また次の夜に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ