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夜歩き  作者: やみあるい
3/35

第三夜【死神・刑事・殺人鬼】

*注 少々グロテスクな表現がございます。ご注意ください。

夜。それは、私の時間。

さあ、今日も出掛けよう。


耳鳴りがする。

空では月が嗤っている。

こんな日には決まって、悪いことが起きる。

残酷な心が、私を侵食する。

ああ、楽しみだ。

月の嗤い声に混じって、空から声がした。

「楽しそうだナ」

見上げると私より少し高い位置に、

黒いぼろ布をまとった男が浮かんでいた。

手には人の背丈ほどもある黒い大鎌を携えている。

「ああ、クロカマさんでしたか」

こういう日にはよく見かける人だ。

整った顔立ちに冷たい仮面のような無表情が映える。

「このような日にも出歩くとハ、命知らずメ」

先ほどから本能が警告を発している。

目に映るソレは、命持つ全てに対して有害だ、と。

「命知らずですか。

 そうですね、私は命の意味を知りません。

 それはとても難しい問題ですから」

「下らぬ揚げ足を取って楽しいカ?」

「まあまあです」

楽しいというより、話を変えたかったのだけど。

「山の神には会わなかったようだナ」

そうだけど。

それを知ってるのはともかく、

なんでその話題がここで出てくるんだろう。

「会わないと不味いんですか?」

「命知らずにハ、関係のない事ダ」

「つまりは命とり、と」

「つまらン」

一言を残すと、クロカマさんは黒いぼろ布を翻して、

夜の闇に溶け消えた。

「ふふふ」

残念。

クロカマさんとの出会いは割とレアなので、

もう少し話していたかったんだけど。

仕方がない、先を行こう。


    ――――――――――――


繁華街の方へ行ってみようと思う。

そこは人の街の中心部で、夜でも煌びやかな世界だ。

普段はあまり得意では無いけれど、

今日はそんな不得手にわざと飛び込んでみたい気分なの。


人工の明かりが様々な色で光り輝く。

深夜だというのに、まだ人の往来がまばらにあった。

がやがやと煩いここも、夜の世界に変わりはない。

不得手で嫌いな私の世界。

「よう、ルイくん」

呼ばれて振り向くと、ビルとビルとの間にできた路地裏に、

灰色のコートを羽織ったおじさんが立っていた。

「ユラさん、……お久しぶりです」

煙草の臭いを多分に含んだコートを、

常に着ているこの人はユラさんという。

職業は刑事……らしい。

ホントかどうかは分からない。

分からなくても困らない上、

興味も無いから知ろうともしない。

ユラさんはいつもこの辺りを縄張りとしている。

犯罪在るところにユラさん在り。

まあ要するにユラさんが縄張りとする繁華街には、

犯罪が絶えないということだ。

「相変わらずの夜歩きかい。

 あんまりいい趣味じゃないねえ、ルイくん」

「他人に迷惑は掛けてませんよ?」

「夜に彷徨かれるだけで迷惑なんだよ、俺にな。

 お前さんが何もしなくとも、

 巻き込まれりゃ、俺が動かざるおえねえだろが。

 クソ面倒くせえ」

今日は随分とイライラしていらっしゃるようだ。

また何か、事件でも起こったのかな?

「何かありましたか?」

「コロシだよ、コロシ」

殺しか。

でも、犯人と被害者次第ではよくあることだと思うけど。

少なくとも、刑事をやっているらしいユラさんの近くでは。

「無差別なんだよ。殺人鬼とかって騒がれててな。

 相変わらず世情に疎いな、お前は」

ユラさんがイライラしてるってことは、まだ捕まってないのか。

そりゃちょっと、不味いかも。

「早めに帰ることを進めるぜ、ルイくん」

怒りと焦燥に隠れ、心配と優しさを宿すユラさんの瞳。

こういう所を見ると、刑事だと思える。

「気を付けます」

「ああ、気をつけな」

そう言って、ユラさんから離れた。

もちろん、反転して家路を辿ることは無い。

せっかくフラグが立ったのだ。

どうせなら、回収していきたい。


    ――――――――――――


繁華街でも一歩、路地裏に足を踏み入れれば、

闇が支配する世界がある。

喧騒は壁の向こうに押しやられ、

周囲の人工光にかき消され、星の光も届かない。

人が作り出した腐敗した闇、それが繁華街のもう一つの顔。

それが分かっている人は、決して近づかない闇の領域に、

しかし私は自ら踏み込んだ。

いや、逃げ込んだというべきか。

自分から飛び込んだというのに、

私には繁華街の喧騒はきつ過ぎたのだ。

喧騒はまだ消えないけれど、先ほどよりは大分マシだ。

壁に手をついて、自分の足を見つめる。

少し、安定してきた。

安定してきたら、路地裏の奥からある臭いを感じた。

生ゴミや、煙草、酒の匂いに混じって感じたそれは、

確かに血の匂いだった。

路地裏の奥へ目を向ける。

その瞬間、月の嗤い声が数十倍の大きさで耳をつんざいた。

繁華街の喧騒が酷過ぎて、気づかなかった。

私がすでに、死地に足を踏み入れていたことを。

ゆらりと、腐敗した闇の奥から誰かが現れた。

ぽたぽたと血の滴る出刃包丁を握りしめて、

遠い別世界を見つめるような瞳をして。

「ギ、ギ、ギギ――」

ソレは鉄の軋むような音を口から漏らしている。

よく見ると、ソレの足元は血の海だった。

ギィさん? それともデバさん?

チダマリさんはちょっと違うか。

あまりのことに、頭があらぬ方向へ回っていた。

視線が合う。

壊れすぎていて、考えが読めない。

「ギガガガガ」

逃げようとしたけれど、

後ろを向いた瞬間終わる気がした。

声を上げても終わる。

体を動かしても終わる。

ああ、不味い。

こんなことなら、視線を合わせなければよかった。

視線を外しても……。

「―――ーぁ」

その時、ギィさんの後ろから微かな声が聞こえた。

ギィさん以外の声。

恐らく、血だまりの主。

チダマリさんはそちらにこそふさわしい。

私はそれに反応して、

つい視線を一瞬そちらに――向けてしまった。

「あ」

ドスンと、顔に出刃包丁が命中した。

意識が血の赤で塗りつぶされていく。

なんだっけ。

クロカマさんの言葉。

クヤさまに、会いに行け――だった――っけ。

そうだ。明日は――クヤさまに――。

一番に――会いに……。


――では、また次の夜に。

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