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齋藤一明 小噺集

港での思い出

作者: 齋藤 一明

 一、沖仲士


 私が小学生だった頃のお話です。

 私が通った学校は港に隣接していました。校庭の端が堤防で港と仕切られていたのです。

 授業中でも活き活きとした港の息吹が伝わってきて、窓の外に広がる光景に見入った私は、しょっちゅう先生に叱られていました。


 通学路は荷揚げ岸壁のすぐ横です。

 岸壁では、艀から砂や石を大勢の人が運び揚げていました。沖仲士とか仲瀬と呼ばれる人々が、三十センチほどの渡り板を伝って、モッコを担いで行き来していたものです。

 ちょうど終戦からの復興期、現在のような道路網が完備されておらず輸送の主役は船と鉄道が担っていました。

 大きな船が接岸できないことから、沖で艀に荷を積み替えるという手間をかけていたのですが、荷揚げ設備は高嶺の花。人海戦術に頼るしかなく、それだけに慢性的な人出不足でもありました。しかし、社会全体が復興機運にあったのですから、いくら募集をかけてもおいそれとは人手が集まらなかったそうです。


 一方で、工業の発展していない地域では生活苦が深刻だったそうです。

 農閑期の出稼ぎを余儀なくされた農家が多かったとか。

 そこへ目をつけたのが土地持ちでした。

 闇米でさんざん儲けて、すでに農家ではなくなっていてます。もう闇米で儲けることはできないので次の事業を考えていましたが、沖仲士の不足を知って人を派遣することを目論みました。しかし、どこまでいっても農民です、言葉の意味を勘違いしていました。


 高齢の男ばかりを集めたその人、一気に打って出ようと新聞広告を出しました。


「翁貸します」


 おき なかし を おきな かし と間違えたのですが、その人の信用がどうなったのか、一切の記録が残っていません。



 二、筏士


 小学校の窓から見える港の風景は、いまだにくっきり思い出すほど鮮やかでした。

 沖合いのブイには荷役待ちの船が繋がれ、外国からの船は大きな材木を海に落としていました。それをまとめて筏に組み、貯木場へ運ぶのが筏士の仕事です。

 小さな船がドーナッツのような煙をポンポンあげて、這うように長い筏を引いていたものです。


 海の記念日には筏士の晴れ舞台があります。

 丸や四角の材木を使った一本乗り。なかなかバランスをとれずに水中へ転落してしまうのですが、あまり上手すぎる人の一本乗りは見ていて面白いものではありません。やはり落ちてこそ面白いのですね。


 いつだったか、その練習を見学したことがあります。


 若者に指導していたのは、年季の入った筏士でした。不安定な丸太の端に立ち、離れた丸太を鳶口で引き寄せては乗り移ります。その間、クルブシくらいまで水に浸かるだけでした。その筏士が若者に転落の仕方を教えていたのです。


 昼の休憩で若者が不平をもらしました。

「面白おかしく落ちればお客が笑う。そうすりゃ組合の顔が立つ」


 いかに笑われるように落ちるかを熱っぽく語る筏士に若者が言い返しました。

「落ちるはいいけど、いつもこの時期は飯がまずくて。なんでこんなおかずなんだ?イカの酢味噌あえにイカフライ。毎食イカ刺とイカそうめん。汁だってイカ出しだし……」


 イカを食べるたびに、筏士見習いの苦悩に満ちた顔を思い出してしまいます。


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― 新着の感想 ―
[一言] あまり、長編が苦手なもので 短編を漁ってまして! この短編で、豆知識が増えましたねっ! 昔と言うか、歴史が苦手なんですが、こんな風に 書かれていたら、好きになっちゃいますw!
2014/10/02 20:27 退会済み
管理
[良い点] 駄洒落と言うかオヤジギャグと言うかを文学……文楽にしていますね。 [一言] 実話じゃなくてネタですよね。
[一言] ボクは東京の江東区に住んでいるのですが、近くに木場という昔の貯木場があった場所があります。 今でも筏師による角乗りという伝統行事が行われています。 子供のころ住んでいた町は林業が盛んな町でし…
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