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夜空の三重奏  作者: 星河翼
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7/20

#7隆の生い立ち

「ご両親と連絡が取れましたよ。葵ちゃん。あなたの思うようにするように。との事でしたよ。だからこの一ヶ月間、思うとおりになさい」

 朝起きて、あたしは、二階の奥の部屋にいるはずのおばさんに会いに行った。そして、まるで書斎のようなその部屋であたしはその言葉を聴いた。

 どうやって、あの両親を納得させたのか?まるで、魔法をかけたかのよう……かなり疑問だけど、きっと、このおばさんの持ち味が、あたしの両親を納得させたんだと思う。

「怒ってましたか?馬鹿な娘だと……」

「親が、子供を心からそんな風に思う事は無いと思うわ。葵ちゃんが子供を産んで育てたら判ることでしょうけど。確かにこの世の中に馬鹿な大人は沢山居るわ。でも、わたくしは、信じてるの。そんな大人ばかりで成り立っていることは無いって。ね?」

 おばさんは少し辛そうに微笑んでそう言った。

「そう、ですね。あ、その……あたし、岡山駅に荷物を取りに行きたいんです。昨日……

 あたしは、昨日岡山駅で自分が仕出かした事を包み隠さず洗いざらい話した。

「まあ、それは大変ね。わたくしが、駅の方に連絡を入れておきますね……そうね。お昼はわたくしが行く事はできないから延光か、隆と一緒にお行きなさい。あの子達は岡山のこの地に詳しいから」

 そう言って、微笑んだ。あたしは、この土地には不案内だから、誰かに来て貰うのは確かに心強い。だから、おばさんとの話を終えると、一階の、皆が集まっている談話室兼居間に足を伸ばした。

「よう!おばようざん!」

 延光は歯ブラシを口に含んだままあたしを見てそう声を掛けてきた。そして、洗面所に駆けて行った。遠くでグルグルガラガラ音を立ててるのが聴こえる。暫くすると帰ってきた。

「葵っちの歯ブラシ、昨日渡されんかった?」

「あ、うん。貰ったよ。亜希子さんに……」

 なんのこっちゃ?

「歯磨きせえへんの?」

「え?ご飯が終わってからするよ?」

 ふ〜ん。という風にあたしの目を見てきた。

「歯磨きって、起きたらするものやと思っとったんやけど、ご飯食べたらするものやろか?」

 全く訳が判らない……

「どっちでも良いんじゃないかしら?」

「あ、そうやな?人それぞれっちゅうもんやしな〜」

 でも納得がいってないみたいな表情に、納得出来てない気がするのはあたしだけか?

「顔は洗ったん?」

「うん。洗ったよ?」

 全く何考えてるのやら?延光の思考回路があたしには理解不可能である。でも、こいつって憎めないんだよね?意志がハッキリしてるから、嘘つくタイプに見えないし、此処に連れて来たのもこいつだし。ある意味有り難い存在なのかも知れない。

「あ、今日、岡山駅に行きたいんだけど、延光君か、隆君のどちらか自由利く?」

「岡山駅?オレは大丈夫だけど?暇もてあましてるしさ〜」

 夏休みの宿題はどうしたんだね?と言いたかったけど、あたしも同じだし言える訳なし。

「お〜い!隆?お前は今日空いてる?葵っち岡山駅に用事なんだとさ?」

 すると居間の中心に居る隆に向かって延光は問いかけていた。

「う〜ん……大丈夫だけど?」

 隆は、余り関心がないような返事をした。

ちょっとあたしはそれが気に入らなかったけど、まあ、そんなものかもね?と思った。まだあたしはまともに隆とお話したことあるわけでも無いんだし?

「んじゃさ、ご飯食べて、勉強終わったらお昼から行こうや?あ、そう言えば、葵っちって何年生?」

 勉強?こいつからその言葉が出てくるとは思えなかったから、少しだけ見直した。

「え?中二だけど?」

 ま、隠すことも無いからそう応えた。

「ラッキー!オレ、一年生なの。勉強教えて?」

 前言撤回。小首を捻りながら可愛く頼もうとするな!あたしは苦笑いしながら『良いよ』と言った。


「ばか者〜!何でこのくらい解からないの?

あたしが答えてばかりじゃないか〜!」

 数学の勉強を見ると言う事で、あたしは勉強室に通されて、座椅子用の机に向かっている延光の頭を今にも殴りそうな勢いで怒鳴っていた。一年下なら、何も怖い物がなくなったのも手伝って、言葉もさばけてしまった。

 考えてみれば、男の子とこういう会話をしたこと無かったな〜とは思うけど、何だか延光の場合、出逢いが出逢いなだけに、男の子という印象が無い。何だか気が知れた友人のような感じ?

「数学苦手なんだよ!素数とか、方程式とか……チンプンカンプンなの!将来こんな物必要なのか?足し算や引き算、掛け算、割り算が出来たら十分じゃん!」

 ってそんな事言ってても、数学勉強してるんだから仕方ないだろう!文句なら文部省に言ってくれ!とも思ったが、あたしだって数学は苦手なのよね。実際……

「延光君?勉強はちゃんとやらないと、後で痛い目見るよ〜と言う事で、このXを、ここで移動させて……」

 あたしは、ま、判る範囲の事を教えるしかなかった訳で?一番苦労した数学の勉強は終わった。

丁度その頃には、お昼ご飯の時間になり、あたしは、延光と共にキッチンに向かった。


 食事を終えたあたしは、部屋に戻ろうとする延光を捕まえて、

「時間大丈夫?」

 と、問いかけた。

「あ、そうや、岡山駅だったよな?んじゃ、隆呼んでくるわ!」

 延光は、ニッと笑ってバタバタ隆を呼びに言った。

隆は、一分後に延光と一緒にやって来た。余り浮かない顔をしていたので、嫌なら来なくても良いのにと思ったけど、延光が背中を押してるからあたしは何もいう気がしなくなった。延光の強引さって一体何処から来るのかしら?と思うよ。ホント。

 あたし達は、自転車で岡山駅まで行く事になった。というか、結構距離があることを知った。あたしは、駅員さんから逃れる為に無我夢中だったからそんなに遠いと思わなかった。が、改めて地図を見てゲッソリしてしまった。もうこの距離を走るのは勘弁……

「自転車、亜希子さんの借りたから……」

 延光が自転車置き場で自転車のチェックをしていると、隆があたしにボソッとこぼした。

「あ……ありがとう」

 前籠のあるママチャリという物だった。でも、綺麗に磨かれててあたしはありがたかった。

 隆は、青い自転車で、ギア付きのを用意していた。どうやら私物のようだった。

 延光は、黄色の昨日あたしと出逢った時に乗ってたのと同じ物を用意して、一番先頭を切って走り出す。

「んじゃ、行きますか?」

 こうして、のんびりとあたし達は目的の地、岡山駅へと向かった。

 景色は流れてゆく。東京のあたしの家の周りと変わらない家々。でも、一戸建ての家が多いな〜なんて思った。それに緑も多い。住みやすい環境がここにあるなと思った。

 少し行くと公園が有った。あたしの大好きな公園より広い気がする。遊具も沢山有るし。でも、あたしの好きなあの公園みたいな富士山は無かった。滑り台はごく普通。

 何て事を考えて、あたしは周りを意識しながら走った。

 あの時は、一気に走って来たから、周りを見るなんて事が出来なかった。こうして落ち着いてみると、色んな発見が出来るのに……そう思って今を楽しんでいる自分に気が付き、不思議な気持ちになる。

 そこから十分ほどしたところに、商店街があった。

「なあ、何か買って行かんか?おやつの時間に食べたいしな〜」

 自転車を急停止して、延光があたしの前で止まった。

「あ、うん。でも、あたしお金持ってないよ?」

「う〜ん。そうなんや……」

「じゃあ……ボクが買ってあげるよ。のぶちゃんはお小遣い決まっているだろうし?」

 と、隆が初めて気が利いた言葉を発した。

 あたしは、驚いて、

「え?いいよ……あたしは、食べなくても平気だし……」

 と躊躇った。

「良いわけは無いでしょ?二人だけで食べる訳には行かないもの……」

 隆は、ちょっと不機嫌に言った。あたしにはこの隆の事は本当に判らない。何故、不機嫌な顔したんだろう?

「んじゃ、決まり!そこの駄菓子屋さん美味しいの沢山有るから、買って行こうやないの!」

と言って、お店の前に自転車を止めると一目散で延光は中に入っていった。あたしは、少し躊躇ってたけど、隆が延光の後に従って自転車を止めたので、あたしもそうせざるおえなかった。

 駄菓子屋さんの中は、テレビで見る浅草みたいな下町のお店屋さんみたいな雰囲気だった。あたしは初めてこういう店に入った。

表に並んでいるのは、延光が言うにはガチャガチャと言うカプセルの中に玩具が入った物だそうだ。中は中で、金平糖や、烏賊の薄っぺらいお菓子や、丸いガム。色んな大きさの飴や、チョコレートなどが並んでいた。あたしは、暑い夏に備えて、ナイロンに入ったジュースのようなアイスを買った。延光は、レモンシロップのカップに入ったカキ氷のアイス。隆は、色つきの大きな丸いガムを五個ほど買った。

 後で気がつくことになるが、この暑さで、カップ入りのカキ氷アイスを買った延光は泣きを見る羽目に合うのだけどね。


 そこから、また岡山駅に向かった。二十分ほどで、あの商店街に着いた。あと少ししたら、岡山駅。昨日の駅員さんに会うのが少し怖いけど、ここは腹を括るしかない。と言う事に今更気がつくあたしも、ちょっと鈍感だったかも知れない。なんて反省してみる。

 そして無事到着。あたしの大事な鞄を返してもらうべく、岡山駅構内、あの、駅員さんのいる部屋へと足を向けた。

「あ、隆?お前、葵っちに着いて行ってやってくれへん?オレ、ちと野暮用〜」

「え、良いよ。あたし一人で行くからさ〜」

 って言ってるそばから、延光は一人で勝手に行動してしまった。残されたのは、勿論あたしと、隆。

「あ、隆君?あのさ、あたし一人で大丈夫だから〜」

 ちょっとさっきの不機嫌顔が頭に焼き付いて忘れられないあたしは、隆にここで待ててもらおうと思って、話し始めたんだけど、

「……ん。じゃあ行こうか?」

 と、あたしの前に一度はだかってから、ズンズンと、駅構内と入って行った。

「あの、ちょっと!」

 あ〜ん。よく判らない!この隆が……と思いつつ、あたしも負けじと後を付いていったのである。何だか、立場無いじゃない。あたし……とも考えながら。


 駅構内は、人で混み合っていた。あたしは、隆がその波をスルリとすり抜けて行くのを後ろから眺めた。何だか慣れてるとでも言う感じだった。あたしはモタモタと人にぶつかりながら、その波を超えようとして、隆の後を追った。そして、終にあの場所に辿り着いた。

「此処からは、あたしが行くから!」

 でも、隆は、勝手知ったる。と言う感じで、その部屋の中に入ってしまった。

「……」

 変な子だ。全く……

 先に入った隆は、その部屋で、結構年を取ったご年配の駅員さんと仲良く話していた。

「よう、隆君やないか!久しぶりやな〜大きくなって!」

 一体どういう繋がりなんだろうとも思ったが、あたしは、今は隆の事より自分の事に集中しようと思い、昨日の侘びも込めて、

「済みません。昨日、此処に来た者ですが!荷物を取りに来ました!」

 裏返りそうな声を抑えつつ、頑張って大きな声で言った。

「ああ、昨日のお譲ちゃん〜」

 と対応してくれたのは、あたしの切符が無いと公言したその駅員さんだった。

「須藤さんから電話で聞きましたよ。切符の件は、もう良いですからね。そうそう、荷物

は此処にちゃんと保管してますから、一応署名だけ下さいね?」

 と言って、あたしにその紙を渡した。

「名前……書かないと駄目ですか?」

「う〜ん。ごめんね。書かないと、この荷物の受け取りがちゃんとなされました。と言う証明にならないからね?」

 訳ありなのだと聴かされてるんだろう。だから、あたしは、迷ったけど、実名の『美空葵』という名前を書いた。

「それじゃ、この荷物、ちゃんと返したよ?良い鞄だね。これ?」

 駅員さんは、自分も欲しいといった感じでそう言ったみたいだった。あたしは、

「そうでしょ?あたしの宝物なの!」

 と、笑顔でそう言っておいた。そして、その駅員さんを捕まえて、あたしはコソっと問うた。今、この部屋の者達が、隆君に目が行っていたから。

「あ、……あの。隆君って此処の人達と仲が良いんですか?」

 すると、駅員さんが、

「え?あ、うん。彼は此処の申し子だから」

「?」

 あたしには意味が判らなかった。申し子ってなんでしょうか?よく利用してるとか?でも、JRでしょ?この駅は……ますます隆の事がわからなくなった。駅員さん達と、隆が話を終えると、隆はあたしの存在を思い出したかのように、

「葵ちゃん?行こうか?」

 と言った。

「あ、うん……」

 あたしは、先に出て行く隆の後に続いた。

「驚いたよ。隆君って、駅員さん達と仲が良いんだね?」

 あたしは、隆の気持ちを察することなく、そう言った。

「……葵ちゃん。隠す事は別に無いんだけどね。ボクは此処に捨てられてたんだよ……」

 あたしは、その言葉を聴いて、二の句をつげれなかった。今、何て言った?の?

「産まれて、三ヶ月くらい経った朝、此処の駅員室の前に捨てられてたんだって……名前だけ書かれてた紙がダンボールに一緒に入ってたそうだよ。ま、今では関係ないことだけどね」

 捨てられてた?それをまるで何事も無かったかのような冷静な表情で言うこの隆は、一体どう言う人間なんだろう?と思った。

「別に、不思議じゃ無いだろう?この世の中、そう言った事件って多いんだしね?それに、コインロッカーに捨てられてた。と言うよりかはまだ、マシだよね?」

 そして、す〜っと先を急ぐように隆は歩き出した。

 コインロッカーってのも酷い話だけど、此処に捨ててゆく親も親だ。その事をどう思ってるんだろう?もう人間なんか信じられないだろうに……

「ねえ、隆君?人間不信にならなかった?」

 あたしは必死で後を追い掛けて、問いただした。何でこんな気持ちになったのか判らない。こんな風に人のことを詮索するようなことをするなんて……でもあたしにはそう言う状況が判らないから。

「ボクは、恨むより、情けないと思ったから……それに、物心ついた時には、もう、『子羊園』の住人だったしね。寂しい思いはしなかった。お母さんや、亜希子さんが居てくれたし……それに、一つだけボクはツイていた事がある。このボクにちゃんと、お金を支払ってくれてる人物が居るってこと。多分親じゃないかなって思うんだけど。顔を出さないから、もう、会うつもりも無いんだろうし、このまま利用させていただくことがボクにとって、一番良いかなって感じかな?」

 凄くサバけた返事だった。

 こんなに長い事言葉を紡いだ隆を見たのも初めてだ。

「隆君はそれで良いの?会いたくないの?」

 その答えに、冗談だろう?って表情をした。あたしはそれを、どう受け止めて良いか判らなかった。

「そうだよね……育てる資格の無い親だもんね?逢いたくないか……」

 お金だけ仕送り。それ以外は、音沙汰なし。お金が全てだとあたしは今の今まで思っていた。だけど今は心の問題だと気付かされた。そして動揺する自分がいる。

 お金が全てだと思っている自分が、否定しなければならない状況を今、この話の中で作り上げてしまった。それが尾を引いたから、だんだんこの世の中が虚しく感じられて、そして、愛が欲しいなんて事も考えて、訳が判らなくなった。だから次のように考えた。

 もしかして、世間体が悪いとかそう言った内容で捨てられたのかも知れない。そこまで考えて、あたしは、隆に話すのを止めた。

 あたし達はそんな雰囲気のまま駅構内を出て、そしてお日様がサンサンと照りつける駅前に辿り着いた。

「お〜い!隆に葵っち!どう?荷物はちゃんと返して貰えた?」

 元気の良い声が周りに響く。今の今迄真面目な話をしていたのに、ガラッと世界が反転した気分だった。延光が、自転車に跨って、手を振っている。それを見て、一瞬あたしは、野暮用だと言って去っていった延光が、実は、そんな物はなくて、ただ、隆に機会を与えてあげたのかなと思ってしまった。

 頭、悪いけど、こう言う事に敏感なのかも知れない?

 そう言えば、岡山駅に行くって言った時、迷わず隆を誘ったし。あたしは、延光を見直してしまった。もしかして、こいつはあたしよりもずっと大人なのかも知れない。人のことを考えられるなんてとても凄いことだよ!

 同じ『子羊園』で育ったなら、知ってるはずだよね?隆の過去の事も。だったら、そんな捨てられてた場所に誘うだろうか?普通可哀相だからとか、思い出したくも無い場所だろうとか。そう思って避けるはず。でも、分かり合えてるから、こうやって誘うんだ。凄すぎるよ。延光!そして、こうしてやって来て、駅員さんと会話をする隆も強い!

 あたしは、今日一日で、この二人に好意を抱けると思ってしまった。


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