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夜空の三重奏  作者: 星河翼
5/20

#5養護施設

 洗い物も終わり、あたしはホッとして、後ろを振り返ると、延光がテーブルの椅子に後ろ向きに座って後方の部屋に当たる居間のような部屋を覗き込むようして笑っていた。

「何してるの?」

 あたしは、その延光がいる椅子の所まで足を運んで問いかけた。

「ん?あ、洗い物終わったん?」

 延光が眺めている物を見た。それは、テレビだった。

「あ、もうこんな時間なんだ?」

 延光が見ている番組が、自分もよく観ているアニメだと判り、今が何時なのかに気がついた。

「この、悪役って、馬鹿だよな〜いつもやられて引き下がってやんの!」

 クククと延光が笑った。あたしは、正義の味方より、この悪役の方が好きだったから、

「そうかな〜こういうところが可愛いんじゃん?判んないかな〜?」

 なんてイラついて返答した。

「葵っちは、悪役の味方なんや?普通子供って、悪役より正義の味方に惹かれるもんやで?」

『葵っち』?その愛称でこの先呼ぶつもりなんだろうか?と苦笑いしたかったが、それより会話を優先させる。とにかくその言葉は、どうだろう?だった。

「でも、実際悪役の方が、人の心に反映してると思うけど?」

「じゃあ何か?人間に良い奴はおらんっちゅう考えか?そりゃ変や」

「何処が変なのよ?それが人間でしょ?」

「う〜ん。でも、皆が皆そう言う考えしとるっちゅうのは、被害妄想やとオレは思うよ。確かに、中には嫌な奴とか、酷い奴おるけど、それが全てって考えは……そっか、葵っちは周りにそう言う奴が()らんのや?だから、人間不信になるんやな〜納得」

 と言って、あたしの目をジッと見詰めてきた。何かを探るような目だったので、あたしは目を背けた。あたしの心を読もうとした。そんな気がしたから……

「慣れてないんやな。人と接すると言う事に。人って、思ったより単純に出来てるもんやで

?」

 その言葉に、あたしはそうじゃ無いと思った。複雑怪奇だよ。人間!だから、正直者のお人よしは損をするんだ。

「天然記念物の様な人には、あたしのような人間は判らないわよ!」

 思わずやけっぱちに喚いてしまった。でも、延光は、それを気にも留めてないといった感じで、

「判ろうとは思わんけど、これから判ろうと思うで?そうそう、行く所が無いんやろ?そしたら、ずっと此処に居れば良いわ。此処は、そう言う人間が集まる場所やから」

 そう言って、また、にっこり笑った。

 あたしには、この延光が判らない。普通、激怒するだろう?こんな言葉投げかけられたら……もっと疑問に思ったのは、人間ってこんなにお気楽で良いのか?だった。そして、そんな事を考えている間に、気付いた時にはそのアニメは終わって、無味無臭なCМが流れていた。


「ただいま〜」

 あたしが、キッチンの椅子に座って、これからどうしようか?なんて事を考えている時、一人の少年の声が聞こえた。

 どうやら、ここに住む延光の家族の一人なのではなかろうか?そう思うとあたしは此処を立ち去らないといけないと言う衝動に駆られた。が、延光が、

「お、帰ってきよったな〜」

 バタバタとその声を聴きつけると、すぐさまこのキッチンから飛び出して行った。

 何か、こう、仲の良い家族劇でも見ている気がして、またあたしは不愉快な気分になった。 今頃、お父さんと、お母さんは何をしてるんだろう?そんな事が頭を過ぎった。

「今、珍客が来てるんや、おまえも挨拶しとき!」

 玄関の方からそんな声が聴こえて来る。珍客にはちょっとムッとした。が、逃げるわけにも行かなくて、あたしは黙って椅子に座っていた。

「葵っち。オレの弟分の(りゅう)や。仲良してやってや〜」

 延光とは違って、引っ込み思案っぽい少し陰のある、色白の少年だった。あたしと同じくらいの歳に思える。と言うか、少年なんだけど、少女にも見えなくも無い?第一印象はそんな感じだった。

「こちら、葵っち。隆、挨拶しいや?」

 その隆と呼ばれた子は、一瞬ためらった感じで、一瞬だけあたしの目を見て直ぐ目を逸らした。

「こんにちは。初めまして、須藤隆と言います」

 それだけ言うと、黙り込んでしまった。

「こいつ、人見知りするんや、でも、慣れたら人懐っこくて可愛い奴なんやで?」

 言わなくても、少なくとも延光に比べたら人間らしいわよ!なんて思った。が、敢えて言わないでおいた。

「母さん、いつ帰ってくるんやろうな〜?今夜から、葵っち此処に住むことになるちゅうのに?」

「え?」

 あたしは、呆然と立ち尽くしてしまった。

 誰が何処に住むだって?てか、延光あんた何を言ってるのか判ってるの?泊めるっていうだけの話なら尚且つ、住む?家出少女を引き取るなんて有り得ないだろうに!

「え?って、そうしないと何処で寝たり起きたりするのさ?葵っち、ここの土地のもんや無いやろ?オレの勘だと少なくとも、東の人間や。間違っとるか?」

 その質問には答えられない。あたしは、素性をバラす訳には行かない。ま、その内捜索の手が広がるだろうけど……

「のぶちゃん?葵さんって、もしかして家出してきたの?」

 ほら〜……普通そう言う風に反応するのが当たり前なのよ!と言ってしまうところで、

「ふ〜ん。なら、お母さんに相談すれば良いよ」

 って、隆さんあなたも何を言ってるんだね?あたしが呆然としてしまったのは言うまでも無い。


 それからが大変だった。引っ込み思案の人見知りをすると言う隆が、あたしの目の前に座ってあたしをジッと見ていた。挨拶した時目を逸らした人間とは思えないほど、あたしをじっくり観察でもしている感じであった。 

でも、話そうとはしないのよね?一体何を考えているのか、あたしには理解できない。だから、なるべく気に掛けないように努力して、延光と話していた。

「だから、あたしは、ここに住むなんて事は出来ないって!」

「じゃあ、帰るんや?家に?」

「帰れないのよ!無理なの!」

 と言う口論を延々とした。で、切り込み隊一番長って感じで延光はこう言った。

「んじゃ、帰れない理由はなんや?親と喧嘩した?嫌な目にあった?オレは、葵っちの事は何も知らないわけやし。そっちから話さん限り判らんわけや。それが嫌なら、住めば良いって言ったんや!おかしいか?」

 結局そこに行き着いて、あたしはグウの音も出なかった。

 話してしまえば、きっと、家に連絡が行って、あたしは家に帰らざるおえなくなる。だって、あたしは家に問題を抱えて家出した訳じゃ無い。只のあたしの我侭に過ぎない訳で……勝手すぎる良い所の家のお嬢様同様の家出である。

 なら、お金を借りて、此処を出て、また、旅を続けると言う手はある。が、そんなお金を貸して貰える訳が無い。道理が通らない話だ。

 こんな口論をして得られる物は、何も有りはしない。でも、此処を出てしまえば、あたしは路頭に迷うしかない。そう思って、

「判ったわ。取り敢えず今日(・・)は、此処に泊まらせて貰うことにする……」

 我が身可愛さ。の決断。でも、明日はどうする?全く先が見えないのよね?

「全く……強情やな〜葵っちは。泊まるじゃなくて、住む。でええねん。なんも困るもんは此処の家にはおらんのやしな〜な、隆?」

 そう言って、隆に話しを振った。

「……」

 何も言わずに、ジッとあたしを見て隆は、頭を縦に振った。

 ああ、よく判んない家だ。そしてこの連中は!

 そんな事を思っていると、勢い良く玄関の引き戸が開く音が聴こえた。

「ただいま〜」

 凄く賑やかな声が聴こえてきた。何人いるんだろう?ってくらいザワザワとして、また声も幼く感じた。

「ただいま!」

 その後に、少し歳を取った感じの女性の声が聴こえた。もしかして、延光や、隆のお母さん?とあたしは思い、身構えた。そんな状態のあたしを二人は無視して、

「おお〜帰ってきたで〜我らの主が〜!」

 延光は、隆を連れ立ってテーブルの椅子から立ち上がり、玄関の方へと歩いていった。

 あたしは、この後に起こる事を考えて、そして身体を硬直させた。きっと、非難の目で見られるんだと思っていたからだ。

 でも、全く違った。

「あら〜珍しい。お客さん?」

 老婆までは行かない、初老のおばさんは、微笑ましい珍客とでも見るように、あたしを見てそう言った。

 どう考えても、この人が延光や隆のお母さんだとは思えなかった。一体どういう家庭なんだろう?とあたしの頭の中は想像を働かせた。そして、その前に並ぶ五人の五歳くらいの子供達。

「あのな、母さん。この子葵っちって言うんやけど。今日から(うち)の子になるんやて!構わんやろ?」

 あたしの隣にやってきた延光がいきなり説明し始めて、あたしは今のあたしの立場というものが意識として戻ってきた。

「そうね〜でも、葵ちゃん?お家はどうしたの?ご両親は?」

 その言葉に、あたしは何も言葉が紡げなかった。この延光のお母さんと言う人のかもし出す雰囲気は、穏やかで、あたしを尋問しようと言うような素振りを全く見せなくて……かえってこういう大人は、苦手だ。

「そうね。何も言いたくないのなら良いわ。自分で決めることですものね?わたくしは何も言えないけど、葵ちゃんがそうしたいと言うのであれば、家においでなさい。歓迎するわ?」

 そう言って、目尻に皺を寄せながら微笑む。 

 何も言えない自分が腹立たしくなる。けど、それは延光のお母さんのせいではまったくない。自分自身に腹を立てている事に薄々気がつき始めていた。そして、きっとこの人には何もかも話さなければならない日が来るのではないだろうか?と言う気がしてくるから不思議だった。

「済みません。何も申し上げれません。それでも、あたしは此処に居ても良いのでしょう

か?」

 あたしは、ただ一言最後にそう言った。

「勿論よ。歓迎するわ」

 そう言って、延光のお母さんは、優しくあたしを包み込むように微笑んでくれた。

「おっしゃ〜〜!んじゃ、ご飯ご飯!隆?優香と浩二と凛と鈴音と涼に手を洗うように言って洗面所にゴー!オレは、亜希子姉ちゃん呼んで来て、ご飯の準備するように言っとくわ〜!」

 そう言って、延光と隆達は各々自分の持ち場へと散って行った。

「どうぞ、お座りくださいな?」

 後に残ったあたしに、延光のお母さんは隣の部屋の、さっき見たテレビが有る居間の座布団に座る様に促した。そしてこう言った。

「安心なさい。此処はね、家を失った子達で一杯なの。だから、葵ちゃんがどういった経緯で此処に来たのかは判らないけれど、追い出すようなことだけはしないと約束するわ?でもね、葵ちゃん。あなたは家出をして来たのでしょう?それも、お家に何か問題が有るとかではなく。今まで此処に来た子達と、あなたは似てるようだけど、全く違うとわたくしはちゃんと判るわ……」

 あたしは、その言葉でハッと気がついた。この家は、養護施設なのだと。そして、それを見守ってるこの人が、お母さん役を買って出ているのであるのだと。この人の洞察力は鋭い。伊達に延光達の母親役をやってるだけはある。全てお見通しなのであるのだろう。

「あのね、一つだけ確認させていただける?お家は、この辺りでは無いわね?」

 あたしは、その言葉に素直に頷いた。

「そう。きっとお家の方は心配しているわ。もし宜しかったら、連絡先を教えていただけるかしら?わたくしがちゃんと、了解を得るから。どうかしら?」

 そう言ったこのおばさんは、不思議な力を持っているとあたしは思った。(かたく)なだったあたしが、この人には連絡先を教える気が起こったのである。

 おばさんは手帳に連絡先の電話番号と名前を控えた。

「そう。ここね。ねえ、葵ちゃん?どのくらい此処に滞在したい?今は丁度夏休みであることだろうし、一ヶ月位ならわたくしも面倒見ることが出来るわ?どうしたい?それを決めるのは葵ちゃん、あなたの意志よ?あなたの本当の気持ちを聞かせてくれたので良いのよ?」

 おばさんは、あたしがどうしたいのか?それを考慮に入れると言う事を言いたいのだろう。

 あたしは、どうしたいのであろうか?連絡を入れたら、あたしは家に帰らないといけないという気持ちに追い詰められるかも知れない。それに、カードも失った事を伝えないといけない。そうなると、家からお父さんとお母さんが此処にやってくるだろう。そして、この人に頭を下げるに決まってる。そう言うことには敏感な両親だ。

「あ、あのう……あたしは、今帰るわけにはいかないんです。まだ自分の旅を終えてないから。それに、お父さんと、お母さんがきっと連絡を入れると、此処に押しかけると思うんです。ご迷惑をおかけするわけには……」

 まだ纏まってない頭で、言葉を紡ぎ出すのに苦労して、言いたい事がチンプンカンプンだっただろうに、

「そう。葵ちゃんの考えてる事は大体判ったわ。葵ちゃんは、今自分に必要なことをその手で掴みたいのね?そう言う時期が来るのが早すぎたの。それを悔いることは無いわ。大丈夫よ。きっとわたくしが上手くお話をして差し上げるわ。安心なさい。ここにご両親が来ることを心配してるのなら、大丈夫。おばさんが、上手くお話できるから。今日から、一ヶ月間は、美空の姓から須藤の姓を名乗りなさい。葵ちゃんが探してる物をその中でちゃんと見つけるの。それが今のあなたのやるべきことだとわたくしは思う。大丈夫。延光達にこの事は何も言わないから。私の胸に仕舞い込んでおくわ?それで良いわね?」

 目の前の霧がス〜っと晴れていくような気がした。この人は、学校の先生なんかより人を安心させることが上手い。お任せしても大丈夫のような気がした。

「はい」

 あたしは、躊躇することなく返事をした。そして、一つ言い忘れている事を言った。今自分が無くしてしまった、手持ち金とカードの事を。

「それは、何処の口座?わたくしが、指し止めするように連絡を入れるわ」

「え……と」

 あたしはショルダーバックに手を伸ばした。そして一つのポケットに収まった、唯一残った通帳を見せた。

「判ったわ。安心なさい。カードだけ持って行ったのなら、暗証番号が無いと引き出しは

困難よ。今ならまだ間に合うと思うわ」

 おばさんは、そう言ってあたしの背中に腕を回して抱きしめてくれた。少しお香がかった匂い。それが染み込んでいる衣服と、肌のぬくもりが、よりあたしを安心させた。

「明日の朝、こっそりわたくしの部屋にいらっしゃい。連絡の事後報告をしてあげますから。部屋は、二階の奥の間よ」

 そう言った時、延光が亜希子さんを連れてやって来た。

「ご飯の支度、まだ出来てないんやってさ〜亜希子姉さん何やっとったんや?ご飯だけしか炊けてないやないの?」

 さっきのご飯はあたし頂いたんだけど、大丈夫なんだろうか?そう思って、心配になった。 只でさえ人数の多いこの家だ。炊いているご飯も限りがあるだろう。

「あの……あたしはさっき食べたから、もう良いよ?」

 と、延光に言った。此処に滞在することになるのなら、それなりに自分の立場も考えないといけない。

「葵っち〜昼ご飯やったんやろ。さっきのは?ちゃうの?」

 延光はそんなの有り得ないとでも言うように目を細めた。

 そりゃそうなんだけど、足りなくなるのは問題だ。

「葵ちゃん?ご飯は余るくらい炊いてるから心配しないでね?ただ、おかずがね〜ちょっと人数分無いかも……あ、延光君のおかず減らしちゃおうか!」

 亜希子さんはそう言って笑った。

「おいおい!オレは食べ盛りの男なんやで〜?そんなん有りかいな!亜希子姉さんこそ少しダイエットしたいって言っとったやん!そう、少しくらい減らしましょ?」

 冗談言ってケタケタと笑ってる延光はキッチン内を怒って追い掛けてくる亜希子さんから逃げ回っている。その様子を見てると、此処に居ても良いのかも知れないと思える。

 何だろう?こういう感じの他人の寄り集まった家庭。皆自分と他人を分け隔てなく見ているし、尊重もしている。ここには自由という物があるように思えた。

 延光が、あの時、

『昔の自分と同じ目をしてる』

といった意味が判った。延光の真の素性は判らない。でも、家を失った=親が居ないと取れる。両親を何故失ったのか?そして、此処に来た経緯さえも判らないけど、少しだけ、延光の事、ここに住む隆やその弟、妹達の事を知りたいと思った。

 これは興味というより、あたしが望んでいる事なのだと感じた。そんな時、隆と、その兄妹達も手を洗い終わって帰ってきた。ワイワイと楽しげに、キッチンへと入ってきた。  

その中にあの無関心でいた隆のあどけない笑顔を初めて見た。こんな風に笑うことが出来る子なのだと判り、それが意外で、今のあたしをとても嬉しいという気分にさせた。


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