#12心の傷
船は、程なくして高松港に辿り着き、下船の時間が来る。あたし達は、手荷物を持って自転車の有るところまで降りていく。
船の旅もここまで。これからは、また過酷な自転車の旅が始まる。全く見知らぬ土地に終に来てしまった。
本土を離れたことの無いあたしにとっては、凄く不思議な空間。別に、ここ高松が、田舎だなぁ何なんて事を思った訳ではない。けれど、また本土とは違う雰囲気がある。これが四国と言う所なのだと知った。
同じ空の下。ここは日本なのに、何故こんなに違う雰囲気があるのであろうか?不思議に思うけれど、それは、不安ではない。あたし一人での旅なのでは無いのだから。
それにしても、のんびりしている。岡山の人もそう、慌てる事をしてなかったけど、ここ高松もそんな感じである。
あたし達は、これからの旅行の為に、下船後一度地図を見た。
地図を広げた瞬間、延光は予讃線が通っている道を行くと言っていた。まず、香川県の地図を広げた時判りやすい道がそれであった。
「高速道路で自転車が乗れたら良いんやけどな〜何で駄目なん?」
それに関しては、全くだと思うけど、無理でしょ……という気持ちもある。だって、車は百キロ近くで走る。そんな所を自転車が通れば大事だ。事故が起こること請け合い。そんな危険を冒せる事は国土交通省だって首を縦に振る訳が無い。だから、あたしは、
「下から行っても良いんじゃない?危険な事は嫌だわ。地道に行こうよ!」
と言った。それが始めの旅行プラン。
「葵ちゃんの言うとおり。確実に地図を見ながら行こうよ。のぶちゃん!」
「……うん。せやな。目的は、四国回り。そして、お寺回りやもんな……?まずは、八十番所の国分寺かな?通りがけに行けそうやし?」
って、本気でお寺回りをするつもりだったのか!とあの時冗談で流しておいた事を、穿り返したい気分にかられ、
「冗談じゃなかったの?何故お寺回りなのさ!」
と突っ込んだ。が、
「お寺が好きだから!それに、弘法太子の縁の地やん?変か?」
と、延光は何を言っとるんや?みたいな目で見た。言ったやろ?と言いたいみたいだった。それをまさか、本当だと思えるわけ無いでしょ?お遍路さんなんて、こんな年齢の子がするなんて思えないし……
あたしが余りに有り得ないと言った表情をしたものだから、延光は不服なのか?と、ちょっと不機嫌な顔に早代わりした。
だけど隆はその会話を挟んで、と言うか、延光に賛同するかのように、
「んじゃ、国分寺に走ろうよ?まだ昼間だし、何処まで行けるかなんて判らないけど、ボクは、ここで迷ってるより良いと思う」
そう言って、自転車に跨った。
「ちょっと!隆君!」
あたしは釈然としない。このまま走る気になれなかったので、隆に駆け寄った。
「ごめんね。のぶちゃんは、四国にそのために来てるんだ。葵ちゃんは旅行気分かも知れないけれど、これだけは譲れないことなんだよ、のぶちゃんにとって。ボク、初めに言ったよね?四国を悪く言わないでって……」
「別に悪口は言ってないよ?納得できないだけだよ!一体何が有るって言うの?何も言ってくれないと、あたしだって困る!」
余りにも突っかかったから、隆もちょっと怒ってるようだった。
「詮索されて、嬉しい人っていないよね?葵ちゃんだって、自分の事話さないでしょ?それと同じことだよ。他人を知りたくば、自分の事をちゃんと話さないとね?」
それって、駆け引きって事?あたしは、確かに自分が何者で、何故家を出たのか?なんて事は話してない。確かに平等ではない。
「でも隆君は話してくれたじゃない!それはどうして?」
そうなのだ。隆は自分の事をあっさりと言ってのけた。それなのに、延光の事に関しては一切言わない。まるで、守秘義務があるような感じだ。
「それは、ボクは自分で話しただけだから。それに隠す事なんてボクには無い。人それぞれ事情や、考え方は違うでしょ?その違いが判らないと、人と係わる事は出来ないとボクは思うよ?」
もう話す事は無いと、あたしから目を背けて、
「それじゃ、行こうよ。のぶちゃん?」
話をもう切り替えて、隆は延光の方に向けた。
何よ!あたしが心を開かない限り、延光の事は理解出来ないって事?そんなの……って思った時、自分だって話せない事情と言う物が有った。それを振り返った。
詮索しない。
って延光と出逢った時言った言葉を思い出した。そして、あたしは今まで何も話さなかった。もしかしたら、延光にも詮索されたくは無いのかも知れない?それが延光とあたしの見えない壁なのだとやっと判った。
自分から壁を作り、それを叩き壊すと言う事は、それだけ自分を知ってもらいたいと言う事の表れ。そして、相手を知るための手段。
話さないと判らない領域。
一人で居たいけど、誰かと心を交わしたい。なんて事を今更ながらに考えていた自分が、愚かしく思える。
だって、あたしは今、延光と言う人間を知りたいと願ってる。そう。願っているのだ。
まだ時間は有る。もしあたしが洗いざらい、話をしたら、延光はその話を聴き、そして、自分のことを話すのだろうか?否、それは判らない……隆とはまた違う。でも、隆は知っている。そう。知っているのだ。それは家族だから?それとも、ちゃんと向き合って話をしたから?
頭の中はそれで一杯になった。
だから、決心した。
あたしはこの旅行で、自分の事をちゃんと話そうって。そうしたら、今の自分が変えられるのかも知れない。
そう、あたしの旅の目的を果たせるかも知れないんだ!
そこまで考え、急いで自転車に跨り、二人が走っていく道を走り始めたのである。
自転車で走る事五時間。もう街中を走っている。陽も傾きかけた夕方間近い時間帯。
これってどの辺りなのだろうか?何て事を考えてみるが、はてさて?
とにかく標識を見て、ここがどこだかの見当だけつけてみる。高松市内だけは間違いなさそうだった。
そんな時、走らせている自転車を止め、延光が、後方を着いて走っているあたしに言った。
「汗かいたやん。一っプロ浴びたい気分とちゃう?」
あの一時沈んだ表情はそこには無かった。いつもの笑顔がそこに有った。あたしは少しだけホッと胸を撫で下ろした気がする。
「ねえ。国分寺って、今日中に着く?あたし、無理そうだと思うからさ、この街の中でホテルなり探した方が良いと思うんだけど?」
と一考を投じた。このまま夜まで走り続ける気分にはなれない。だって、夜まで走り続けて、着きませんでした!なんて……馬鹿げている。それに実際この汗は気持ちが悪かった。
「のぶちゃん?おなかも減るし、今日は市内のどこかに泊まろう。その方が良いのかも知れないよ?ちょっと、ハードスケジュール過ぎると後半が持たないと思うしね?」
隆も、いつもの隆と変わりがなくて、あたしはホッとした。険悪なままで居るのは勘弁だった。
「うん。近くの安い旅館みたいな所に泊まることにするのも一考やな?民宿みたいな所とかないやろか?」
と言う事で、あたし達は、カプセルホテルみたいな簡易的なところを捜し始めた。
が、せっかく見つけた処は中学生お断り!みたいな事で、追い出されてしまった。
「う〜ん。この際、普通の旅館探そうか?在るんかいな?オレ等が泊まれるような所って……」
てことで、やっと見つけた所は、古びた年代物のホテル。宿泊料も高くなくて、それなりにしっかりしたところを選んだ。
「やはり、中学生だけで、アポ無しに泊まるのって、世間では通用しないもんやな〜」
つくづく、世の中って子供に優しくは無いものだ。
「でも、何とか安く泊まれるんだから文句言わない!明日からはこんなに上手くは行かないと思うよ?これからドンドン泊まる所なんてなくなるって僕は思う」
その言葉で、あたしは余計心配になってくる。見知らぬ土地で、自転車旅行。この年で出来る事なんて限られてくる。しかも、お金は余り使うことは出来ない。無駄遣いは禁物!なのだから。
「それもそうやな?何のためにテントなんか運んでるんか判らんもんな〜?食べ損なったらまずいから、これからは非常食として何か買い足していくか?でも、コンビ二くらいは在るやろか?」
何て会話に繋がった。きっと延光も現実世界って物を理解し始めたらしい。って遅いわよ!そんな風に愚痴りたくなる気分だ。
何にせよ、今日は高松市内の、そのホテルに泊まることとなった。
夕飯込みで、三千円は丁度良い気がする。五千円も使ったらそれこそ問題である。でも、三千円もきついところだったり?何て事を考えながら、三人一緒の部屋を取った。始めは、あたし一人別部屋にしようかと思ったけど、兄弟と言う事で、家族旅行〜何て事を打ち立てたものだから、別部屋を取るわけには行かなかった。
ああ、無情……
男の子と相部屋だなんてマジ寝れそうにない。って、思ってしまう。が、延光はそう思ってはいないらしい。隆も平然としている。
あたしって、女の子と思われてないのかしら?ってまた愚痴りそうになった。
「先に、風呂行けよ〜葵っち?オレ等、番しておいてやるから!」
って、ここ、ユニットバスなのですが?番も何も無いじゃん!あたしはまた突っ込みを入れたくなった。しかし、
「女の子優先しなきゃね?」
隆がまるで補足するように言った。それで、そう言うことかと渋々ながらも、先に風呂を頂いた。
シャワーだと、お風呂に入った気がしない。それに狭いものだから、着替えも、持ち込むスペースを作るのがかなり難しい。
ここに泊まる人達ってどうしてるのだろう?何て事を考える。
でも、シャワーを浴びて、少しだけだけどスッキリした気がした。あの汗を洗い落とせる事がこれほどとは思わなかったさ。
シャンプーもリンスも備え付けだし、石鹸も有る。至れり尽くせり。
終わったところで、新しい寝巻き用のTシャツと半ズボンをはいて出ることになる。
結局次に入ったのは、隆。あたしは、テレビも何も無い所で、肩にタオルを引っ掛けて、延光と話をする体勢を取ろうかどうしようか迷って、そして、結局何も話せ無いままで、隆が出てきた。
「早かったんやな〜どれ。オレも入ろうか!」
と言う事で、ユニットバスは延光の番をむかえる。あたしは、鼻歌交じりに入っていく延光の背中を見送って、今度は隆と向き合った。
「あたし、ちゃんと、延光くんに話するから!それだったら、応えてくれる?」
率直に言った。だって、風呂の時間ってそんなに長くは無いのだから。
「良いんじゃない?そう言う事なら、のぶちゃんもきっと話してくれると思う。のぶちゃんの傷は深いけど、それを全部話すのって嫌な訳ではないみたいだしね?」
余り、関心は無さそうだったけど、隆の場合、嘘はつかないし、こういう話を真剣にする事を望んでいるみたいだった。
傷……
それはあたしにも有る。今迄誰にも話せなかった傷。延光にも、隆にもそれぞれ違った傷。人にはそれぞれ持ち合わせている傷が有るけど、そう見せない演技が必要なのだ。
判ってる。そうして生きていかなきゃいけない事も。
「出たよ〜ん!さて、飯食いに行こうや!」
ジーパン姿にTシャツの延光は、もう、腹ペコみたいな表情で、カラスの行水並みの速さで出てきた。
「何だろうね〜ご飯って!」
「さてな〜うどんやったら勘弁。昼食べたもんな?」
「葵っちも支度していくで〜乗り遅れたら損や!」
そんな感じで、まず風呂に入ったあたし達は、バイキング形式の軽めの洋食風の夕食に有りつけたのであった。




