フラれ皇子
「ギネヴィアーー! わが愛……ギネヴィアー!」
広々とした部屋の中に男の叫びが響き渡る。いや、この部屋だけでなく、廊下にも聞こえているに違いないとクレチアンは思った。
今悲痛な叫びをあげている青年こそがクレチアンの主である皇子ランスロットだ。
クレチアンはランスロットに仕えて長い。もう十年近い年月が経っている。クレチアンは二十五歳になり、子どもだったランスロットは十六歳になった。
まさにお年頃の皇子ランスロット。彼が失恋したことが、全ての始まりであった。
***
この世界は一万年前に女神によって創られた。東西南北四つの大陸にそれぞれ国があり、人が住んでいる。クレチアンが暮らすここは西大陸。この大陸原初の人の末えいが支配する神聖ティファレト帝国だ。
クレチアンの主ランスロットは帝国の皇子である。皇帝の異母弟を父親に、その正室を母に持つ。高貴な血筋に美しい外見、文武両道、傍からみれば非の打ち所がない皇子だ。
そんな皇子は今、広々とした己のベッドの上で輝く金髪を振り乱し、ゴロゴロと転げ回り叫んでいる。まさにご乱心中。そんなランスロットの乱心の原因は失恋だ。
数ヶ月前に開かれた夜会で知り合い、いずれ側室にと考え心から愛した女ギネヴィア。彼女との破局が発覚してからというもの、彼はこの調子である。クレチアンは無表情で部屋の片隅に佇みながらも、密かにため息をついた。
ランスロットには幼少の時定められた婚約者がいる。正室となる予定のその婚約者は年下であり、まだ十歳だ。そのためランスロットが正室を迎えるのはあと四、五年は先の話である。
だが彼が十六歳になったこともあり、そろそろ側室でも迎えたらどうかという話が持ち上がった。皇族は血が濃くなりすぎたこともあり、短命と不妊に悩まされている。そのため皇族男子はなるべく多くの妃を迎え出来る限り多く子を残さねばならない。
そういう訳で側室を選ぶべく開かれた夜会。そこには側室となるに相応しい自薦他薦の貴族の娘たちが集った。ランスロットはその中の一人だったギネヴィアと恋に落ちた。蜜月は続き、このまま順調に進めば彼女はランスロットの側室となると誰もが思っていた。だがその恋はつい先日、ギネヴィアがランスロットの従兄である皇太子の側室となったことで終わったのだ。その事実もランスロットはギネヴィア本人から聞いたのではない。最近連絡がとれないと悩んでいたところに、ギネヴィアの輿入れの発表があったのだ。別れ話も何もなく突如終わった関係。それもまたランスロットの傷を深くしている。
「殿下め! 殿下め! もうすでに十何人も側室がいるくせに! 俺のギネヴィアに目を付けるなど! お前もおかしいと思うだろう、クレチアン!」
「ランスロット殿下。その皇太子殿下がピア皇女殿下とともにこちらにいらっしゃるそうです」
ゴロゴロとベッドの上で転げ回り、『返せぇ、返せぇ!』と叫んでいたランスロットの動きがぴたりと止まる。そしてのろのろと起き上がった。その顔は僅かに青い。
「く、クレチアン?」
「いかがなさいましたか?」
「ぴ、ピアも?」
「御意」
クレチアンは深く一礼する。その耳にランスロットの絶望の叫びが飛び込んだ。
「最悪だ! なんであいつまで来るんだ!」
「わたくしに仰られましても……」
ランスロットは突っ伏し、何かまた叫んでいる。
ピア皇女、とはランスロットの従妹で、皇兄の娘である。三つ年下の彼女は十三歳。目下ランスロットの仇敵である皇太子の正室となることが生まれながらに決まっている。
ランスロットは気が強い武闘派のこの従妹が苦手だった。七つ年上の皇太子などよりも遥かに苦手な相手、それこそが皇女でもあり、西教会の教皇でもあるピアなのだ。
「もう間も無く、お二人はお越しになります。どうぞご準備を」
「準備? それならばとっくに出来ている! 泥棒猫と叫んでやる! もしや、ピアの奴……次から次に側室を増やす皇太子に嫌気がさして、俺にも一緒に説教させようという腹づもりか……?」
「まさかあの皇女殿下に限ってそのような事はありますまい。殿下、お支度を」
クレチアンの言葉に渋々と言った様子でランスロットは立ち上がった。彼の支度をするため控えていた従僕たちはほっとした表情で皇子へと近づき、客人を迎える支度を始める。それを見ながらクレチアンは厄介なことにならなければ良いが、と神に祈った。
手早く準備を済ませ、ランスロットが椅子に腰掛けたところで扉が叩かれた。皇太子とその婚約者ピア皇女の到着だ。扉が開き、二人が入ってくる。
クレチアンは客人である二人に一礼する。そうしながら己の主の様子をこっそり伺った。ランスロットには皇太子を罵ったりしないようにと散々言い含めたが不安が残る。
ランスロットは聡明だ。私生活では従兄弟同士ということもあり気安い態度をとることも稀にあるが、公的な場では必ず皇太子にも教皇である皇女にも礼を尽くしている。だが失恋という出来事はそんな彼からいつもの判断力を奪っていた。
「ランスロット、体調が悪いと聞いたが?」
中性的にも見える美しい皇太子は椅子に腰掛けるなり、ランスロットに切り出した。ランスロットの顔が強張る。皇太子はいつもの笑顔でランスロットを見つめ、ピアはそんな二人の顔を交互に眺めていた。
そんな何ともいえない雰囲気の三人の元へ茶と茶菓子が運ばれてくる。
茶器が並べられる間、ランスロットは口を開かない。彼を笑顔で見守っていた皇太子はふと隣に座るピアの耳元に顔を寄せ、何か囁いた。その瞬間ピアの顔が思い切りしかめっ面になる。またこの皇太子は自分よりも十歳年下の婚約者をからかって遊んでいるのだろうとクレチアンは思った。この皇太子はしょっちゅう己の婚約者に足を踏まれ、気色悪いと罵られている。きっと今もテーブルの下では思い切り足を踏まれていることだろう。
茶と茶菓子を卓に並べると従僕は部屋を出て行った。今この部屋にいるのは皇族三人と壁際に控えるクレチアンのみだ。
意を決したようにランスロットは顔を上げる。クレチアンは固唾を飲んで主がどう出るか見守った。ここはさすがに口を挟めない。
「ぎ、ギネヴィアが……皇太子殿下の側室になったとお聞きしました」
「ぎ……それは誰だったか?」
皇太子はくるりと隣のピアを見て尋ねた。あまりの展開にクレチアンは頭を抱えたくなる。見ればランスロットは愕然としているし、ピアも呆れ顔だ。しかし彼女は呆れ顔をしながらも、ちゃんとギネヴィアが誰かを皇太子へと教えてやっていた。
「皇太子殿下が最近側室にされた娘です。十五人目の側室」
「あ、ああ……。多分私の元に来たその日に部屋に行ったと思うが、どんな娘だったかな」
皇太子は蜂蜜のような色の金髪を揺らし、首を傾げている。ギネヴィアの存在は皇太子の中では本気で忘却の彼方のようだ。クレチアンはその姿に危機感を覚え、己の主ランスロットの様子を伺った。彼は俯いて小刻みに震えている。
これはまずいとクレチアンが一歩踏み出したその瞬間、ランスロットは立ち上がり、皇太子へと指をつけつけ叫んだ。
「何がどんな娘だ、だ! ふざけるなレナトゥス! 美しいギネヴィア! 俺と将来を誓い合ったギネヴィアだ! 返せ!」
「美しい?」
従兄弟同士の気安い態度に戻りわめき散らしたランスロットに皇太子が問い返す。名前まで呼び捨てにされたのに皇太子の笑みは崩れることがない。
「悪いがランスロット。側室はみな美しい者ばかりだ。はっきりいって見分けがつかない」
「み、見分け……?」
「ランスロット。皇太子殿下にその手のことを期待するのは無駄だ。七年も前からの側室であり、最近殿下のお子を産んだ女ですら名前を覚えてもらっていないのだから」
助け舟をだすようにピアが横から口を挟んだ。彼女の語る内容にランスロットは乾いた笑いを漏らし言った。
「それはそれは……。生まれたのは皇女であったとはいえ、念願の皇太子殿下の第一子。それを産んで、偉そうにしていたあの女も名前すら覚えてもらえてないとは……。本人が知ったら衝撃で寝込んでしまいますね。いや最近増長気味だったから、それでちょうど良いかもしれませんが」
「ああ、それならもう解決した」
「それ?」
「その側室が増長してきた件だよ。ピアが釘を刺したからね。釘というよりナイフを刺してグリグリした挙句傷口に塩を塗り込む、と言ったほうが良いかも知れないが」
一体その側室に何をピアはした、いや言ったのだろうか。武闘派で知られるこの皇女の容赦のなさは有名である。
クレチアンは顔が引きつりそうになるのを耐え、必死に無表情を装った。ランスロットは若干顔色が青い。だが声を僅かに震わせながらも皇太子へと叫ぶ。
「あ、あなたの他の側室のことなど今はどうでもいい! ギネヴィアだ! ギネヴィア!」
「ちなみに、十五人目の側室はピアの勧めで側室としたのだが……」
「なっ……」
物凄い勢いでランスロットはピアの方へ向き直る。だが彼女はランスロットの怒りの表情など気にもとめずあっさりと言う。
「ちなみに彼女を殿下の側室にと勧めたのは、本人の希望あってのこと。彼女は私の茶会に来た時に言っていたのだから。皇太子殿下の側室になりたい、と」
「はい?」
最悪のパターンだ、とクレチアンは頭を抱えたくなった。ランスロットは思いも掛けないピアの言葉に目玉が落ちそうなほど目を見開いている。
しばらく彼はそうやってピアの顔を穴があきそうな位眺めていた。さすがに居心地が悪いのか彼女はランスロットから目をそらし、出された茶に手を付ける。ひたすら茶を飲むピア、彼女の銀髪を弄って遊んでいる素知らぬ顔の皇太子、衝撃的な真実に立ち尽くすランスロット。なんともいたたまれない空間だ。思わず逃げ出したくなる。
長い沈黙の後、恐る恐るクレチアンはランスロットに声をかけた。皇族が三人もいる中で、許しも得ずに話に入るのは無礼だろうが仕方ない。主がまた乱心するのに比べれば遥かにマシだ。それに皇太子もピアも下々の者に対して寛容である。
「恐れながら、ランスロット殿下……」
そっと声をかけたが、彼は項垂れてしまい答えない。再度、クレチアンはランスロットに声をかける。
「殿下」
「……遊びだったと言うのか。最初から? 惨めすぎるぞ!」
ランスロットはそう叫ぶなり、床へと崩れ落ちる。クレチアンは彼に近寄ろうとした。だがそれよりも先にランスロットが床をゴロゴロと転げ回る。高速回転だ。彼は転げ回りながら更に叫んだ。
「何だ、それは! 遊びだと? ふざけるな! 人の心に火をつけた責任を取れぇぇぇ! そのまましれっと逃げるな! 放火魔め!」
「あれ? ランスロットも転げ回る癖あるのか。ピア知ってた?」
「ええ知ってますよ、皇太子殿下。殿下は知らなかったとか?」
「知らなかった。では今いる皇族だと父上とピアとランスロットか……」
クレチアンはランスロットの邪魔にならぬよう部屋の隅に下がる。こうなってはもう止められない。ピアと皇太子は転げ回るランスロットに構わず二人で話し込んでいた。
「くそ! くそ! 性悪女め! 人の純情を何だと思っている! 責任取れぇぇぇ! 何が貴方と一緒にいることができて涙が出るくらい幸せ、だ! それも嘘だと言うのか!」
「ランスロット、多分嘘だと思うよ」
「放火魔め! 放火魔め!」
皇太子の余計な一言が更にランスロットの怒りを煽ったようだ。回転速度が上がる。ピアが余計なことを言うなとばかりに皇太子の脇腹を肘打ちした。
彼女はため息をつくと、叫びながら転げ回るランスロットの名を呼んだ。ランスロットはびくりとし、その動きが止まる。それを見届けてからおもむろに彼女は口を開いた。
「ランスロット。落ち着け。屈辱を受けたのは理解する。我々には彼女の本心は分からないでしょう。しかし彼女のとった行動は貴族の娘として正しいと思う。お前とのことをちゃんと清算しなかったのは褒められたことではないが……。より良い相手の元に嫁ぐことで、実家の繁栄に貢献することこそが彼女たちの役目」
「大体、ランスロット。さっきから責任とれって言ってるが……あの娘にどうして欲しいんだ。お前が望むならば私はあの娘を譲ろう。彼女の実家とうまく交渉する必要はあるが、まだ側室になったばかりだ。さほど問題はないだろう。それにここには教皇猊下がおられる。婚姻の無効の申し出もあっさり通ることだろう」
「まあ……今ごろ彼女も皇太子殿下の側室になったことを後悔してるかも知れませんしね」
「ピア、酷いことを言うなよ」
「そうですか? 事実をそのまま申し上げただけ。自分に何の興味も持たない男、それがただ順番にまわってくるのを待つ日々。月に一度か、二度。今でさえそんな頻度なのに、正室が来ればそれが更に減るわけです。下手をすれば二、三ヶ月に一度の訪れを待つしかない」
クレチアンはそれを聞きながら、運よく懐妊すれば立場も変わり、本人にとっても慰めになるだろうがそれは難しいだろうと考えた。
皇太子は七年前から側室を持ち始め、今やその人数は十五人になったが、懐妊したのはたった一人だけだ。皇族が抱える不妊の問題は深刻である。特別扱いをされ頻繁に訪れがあれば別だが、皇太子の性格上、今後も女たちを平等に扱うのを変えないだろう。しかも正室との間に必ず皇子が必要なのを考えれば、ピアが嫁ぐ一、二年後には益々皇太子は側室たちと疎遠になることだろう。
クレチアンにはギネヴィアはそこまで覚悟して皇太子の元へ行ったのか分からない。だがもし覚悟なくそうしたのであれば、今ごろ後悔しているのは確実だ。
確かにランスロットは皇帝となる可能性は低い。だが皇子である。そしてギネヴィアを愛していた。彼女としても同じ側室ならば、難攻不落の皇太子よりも自分に盲目的な年下のランスロットの方が遥かに扱いやすいに違いない。クレチアンはさすがに主が女の言いなりになる事はないと信じている。だが、さっさと子どもを生み、自分の立場を確立できるという意味においては、ギネヴィアはランスロットを選ぶほうが正解であったと思う。もちろん皇太子を選ぶというのが彼女の実家の意向だったとすれば仕方ないのだろうが。
クレチアンがそんな事を思っていると、皇太子がランスロットにどうしたいかもう一度尋ねた。ランスロットは床に座り込み、項垂れている。その表情は分からない。
「俺は……彼女が戻ってくるのをいつまでも待っている……」
ぽつりと呟かれた言葉にクレチアンは胸が痛んだ。必要ならばいくらでも情を切り捨てることが出来る皇太子とピアでさえ気の毒そうな表情を浮かべていた。皇太子が椅子から立ち上がり、ランスロットのそばに寄る。床に膝をつき、そっとその肩に手を置いて皇太子は彼に声をかけた。
「ランスロット、お前……」
「——っていう台詞が今帝都で話題の芝居にあってだな! だが俺はそんなことは言わん! バーカ! バーカ!」
「は……?」
珍しくポカンとする皇太子の背後からピアが怒鳴った。
「紛らわしいこと言うな! 我々の心の痛み、返せ!」
「そんなもの、俺の受けた屈辱に比べれば! 大体今更ギネヴィアの本心を聞いてどうなる? どうにもならん! それを俺が信じられるかどうかの問題だ!」
「ピア落ち着け……。まあ、彼女は悪くない。貴族の娘たちの義務だ」
「もう嫌だ。貴族の女、こわい……」
がくりと俯くランスロットの背を皇太子が慰めるように撫でてやっている。そして彼の耳元で皇太子は優しく言った。
「ランスロット。我々はそんな恐ろしい女相手に夜毎頑張らねばならない義務がある。昼は公務に追われ、夜は種馬。どうだ、人生を絶望するには十分だろう?」
「もう嫌だ……嫌だ……」
「こ、皇太子殿下! もうそれ以上は……」
さすがに見るに見兼ねクレチアンはランスロットに駆け寄った。その姿に皇太子は『冗談だ』と微笑むと立ち上がり再び椅子へと戻った。
冗談にしてはたちが悪い。ただでさえ打ちひしがれているランスロットを再起不能にするつもりか。
クレチアンは皇太子と入れ替わりでランスロットのそばに膝をつく。どうやって己の主を宥めようかと考えたその時、扉が叩かれる音が聞こえクレチアンは顔をあげた。供として来て、別室に控えていたピアの侍女が何か用事があるらしい。扉が開き、侍女が入ってくる。
その音につられてランスロットも顔を上げた。ランスロットとクレチアンが見守る中、彼女はピアに近寄り一言、二言なにか伝えて一礼し、部屋から出て行こうとする。クレチアンの隣でランスロットが立ち上がる気配がした。慌ててクレチアンも立ち上がる。
ランスロットはすたすたと部屋を出ようとしている侍女に近づいていった。そして突然彼が近づいて来たことに面食らいながらも慌てて一礼した侍女の手を彼は握りしめ言った。
「運命の君。俺の心は君によって火をつけられた。その名をおしえ……ぎゃっ!」
何かがランスロットの頭を直撃し、すこーんと良い音がした。それが床に落ちる。見れば女物の靴であった。
クレチアンは恐る恐る持ち主と思われるピアを見た。彼女は何かを投げつけるポーズで止まっている。やはりあれはピアが投げつけたものらしい。その隣で皇太子も立ち上がっていた。
「何が運命の君だ! 火をつけられた、だ!」
「ピア、落ち着け。しかしランスロット……お前の心は随分火がつきやすいようだ。油がなにかで出来てるのか? さっきまで貴族の女は怖いとか言ってなかったか?」
「私の靴、返せ!」
「投げたのはお前だ!」
ぎゃあぎゃあと言い合う皇子皇女を見守りながらクレチアンはため息をつく。
どうやら自分の主の心は着火しやすいらしい。だがその火は消えやすいようだ。それが良いのか悪いのかクレチアンには分からない。
「ランスロット、お前も側室などより、正室となる婚約者との仲を深めたらどうだ? 私とピアを見習え」
「気色悪い!」
「レナトゥス、足踏まれてるぞ! あなたとピアのどこが仲が深いんだ!」
「私とピアは昔から仲が良いのだが? それもこれも私の努力あってこそ」
「そんなことより、我が愛しの君よ! 名前を教えてほしい」
——良いのか、悪いのか分からないが確実に言えることがある。主が間違った方向に進まぬように自分はしっかり彼を見張らねばならない。
婚約者に足を踏み躙られてもいつもの笑顔を崩さない皇太子。この方を見習われても違う方向へ行ってしまいそうだ、とクレチアンは危惧する。
主を守るのは自分だ。決意を胸にクレチアンはランスロットに言った。
「ランスロット殿下! まずは火の用心です。相手が放火魔でないか確認してから、燃え上がってください!」