因縁の筋肉①
いつも通りの代わり映えしない学校生活を終えて、僕達は放課後のグラウンドに集まっていた。今日は健児と関根さんの決戦日だからだ。
グラウンドでは関根さん率いるソフト部が待ち受けていた。
「来たね。今日は後輩の手前、負けるわけにはいかないから覚悟してよ?」
不敵に笑いかける関根さん。対する健児は実に燃えていた。
「ゴタクはいい…さっさと始めようぜ。」
言い分を無視された関根さんにしてみたら、健児の態度はカチンと来たらしく、不敵な笑みは消えていた。
バッターボックスにスタンバイするべく健児はバットを振って肩を慣らしているようだ。ただ慣らしているだけなのに健児の振るバットは風を切りものすごい音を発していた。
関根さんも後輩と肩を慣らしている。ソフト部にとって健児は先輩の無念を晴らす相手であり、それは関根さんだけじゃなく後輩も同じ心境なのだろう。
お互いにウォームアップを終えた2人は各々定位置に付きスタンバイが完了した。
ソフト部一年生が開戦をつげる。
「今からソフト部主将対佐藤健児の試合を始めます。ルールは3球勝負で佐藤さんが3審、もしくは1アウトすれば主将の勝ち。また3球中1球でもヒットを打てば佐藤さんの勝ちとします。」
ピーッ、という笛の音で勝負が始まる。
上体を落とし構える関根さん。
次の瞬間にはズバンッと言う気持ちの良い音を立てボールはキャッチャーミットに収まっていた。
ソフト部から歓声が上がった。
内角ギリギリをソフトボールでは珍しいフォークボールで撃ち抜かれたのだ。しかも関根さんが放ったフォークボールは落ちてからも速度が変わらず、それでいてとんでもなく速かった。客観的にみたら早いだけのフォークボールだろう。しかし、健児は反応すら出来なかったのだ。
あの健児がスポーツで遅れを取る様をみたのは初めてかもしれない。
「あれは内角ギリギリを狙う事で健児の視界からボールを外したんだ。ただでさえ体のデカイ健児は内角のほとんどが視野に入らない…関根は、その死角を狙い、変化球で責める事により予測も出来ないコースを作ったんだ。」
何時の間にか隣にいた恭介は既に事の深刻さに気づいていた。
そうだ。いくら死角の球を反射神経で捉えようとしても、死角の球の軌道が変化するなら捉えようが無い。
まさに万事休すだ。
関根さんを見据える健児。関根さんは得意気な笑みを浮かべている。
「あと2球。正直私はね、主将云々で君に勝負を挑んだ訳じゃないんだよ。個人的に試したくてね。君の事をさ。」
「何を試そうってんだ?」
「秘密だよ。…勝ったら教えてあげる。」
言い捨てたあと、2球目の勝負に戻る。
ソフト部陣とは裏腹にこちらは窮地だ。死角のコースに変化球まで使われたらなす術がない。ズバンッ、2球目も簡単に取られてしまった。
「恭介、本当にヤバイよ。もしかして勝てるかもって思ってたけど、あの健児が反応すら出来ないなんて…」
焦りを隠せない僕に恭介は満面の笑みで言った。
「あいつは諦めてない。それに2球目は反応出来なかったんじゃなく、見送ったんだ。
あいつは俺らが思ってる以上にすごいのかもな。」
「…??」
そうこうしている間に3球目の勝負が始まった。
「これで最後だね。そういえば君が勝った報酬は決めてるけど、あたしが勝ったらどうしてくれるか決めてなかったね。」
もう勝ったような面持ちだ。
しかし健児は満面の笑顔だ。
「こんなに強えヤツがまだいたなんてな。
だが、勝つのは俺だ。負けたらなんだってやってやるよ。」
緊迫した雰囲気、遂に放たれたボールは相変わらずの業速で健児の内角へ。
ここで打席に立って始めてバットを降り下げる健児。
しかし絶妙なフォークによりバットは空を切った…
かに思えた瞬間バゴッ!!
明らかな奇怪音を立てて、ボールは場外へ。
周りの誰も何が起きたのかと言う表情をしていた。
しかし僕は確かに見た。
内角ギリギリのフォークに対し健児が降り下げたバットが空を切ったかに思った瞬間、腰を落とした健児はすくい上げる様にその逞しい二の腕にボールを捉えたのだ。
健児の打球はバックネットを超え場外ホームランになった。
場の誰もが呆気に取られていた。
まさかの腕だけホームランだったのだ。
「ハ…ハハハ…あいつマジでやりやがった…やったな!健児!!お前本当に人間かよ?!」
興奮気味に駆け寄る恭介と真。正直僕だって興奮を隠しきれない。
ソフト部の連中だってまさか腕に当てただけでホームランを喰らうとは夢にも思わなかったろう。
一番驚いているのは関根さんだった。
自分の万全を機したボールをまさか二の腕にホームランにされるとは。
しかし飽きれた様に関根さんは笑った。
「…完敗だよ。まさかあたしのとっておきを打っちゃうなんてね。
君は本当に人間かい?」
「関根、お前も良い球だったぜ。まだこんなに強えヤツがいたなんてな。また、勝負しようぜ。」
「あぁ、また挑ませてもらうよ。」
そういうと、関根さんは恭介に向き直り。
「約束だからな。入ってやるよ、メンバーにさ。」
「おぅ!宜しくな。関根にはピッチャーを任せたい。お前の球は凄まじかったからな。正直相手が健児じゃなけりゃ勝っていただろうしな。」
そんなこんなで健児の勝負は幕を閉じた。