プロローグ
記憶喪失。一言で言ってしまえばただそれだけの事実だけど、本人にとっては足元が真っ暗になったようなそんな不安定な道を歩いている事になる。
少なくとも主人公こと僕、丹羽譲はそう感じていた。
まぁそれも2年も続けばマンネリ化せざるを得ないというか、もう慣れてしまっているのである。
いつもと変わらない朝からいつもと変わらない通学路を通り3年前から通っているであろう私立春坂高等学校の校門をくぐる。
通っているであろうという点は自身の記憶がないので本当の所分からないのである。
「譲、おっはよー」元気に駆け寄って来るのは七宮真。
僕がこの学校で最も仲のよい幼馴染みだ。
と言っても友達はというと真とウチのクラスの胸板こと佐藤健児に真の兄の恭介ぐらいしかいないのだが。
2年前、僕は家族と行った砂浜で行方不明になった。行方不明になって3ヶ月後に発見されてから以前の記憶は一切残っていなかったし、僕の知らない内に両親と呼べる人たちは蒸発して所在すらも分からなくなっていた。
そんな時、引きこもってた僕を再び外へ連れ出してくれたのが真と健児、そして恭介だった。その時恭介は就職活動を放り出し、留年してまで僕を連れ出してくれた。そんな恭介に対して恩返しをしたいとも思っている。
“親友を放り出してまで叶えたい夢なんて無いんだぜ”
恭介のそんな言葉を聞いてから恩返しになるかは分からないけど、真たちの頼みは大概聞くようにしている。
現国の教師の作者に対する退屈な推論や、科学の宇宙の神秘などをダラダラと聞き過ごし昼休み、僕はいつもの4人で購買に向かう。ここ私立春坂高等学校の購買は生徒数よりもパンが少なく、争奪戦になるのが日常だ。
なので、普通の生徒は弁当を持参するのだが、クラスの胸板こと健児はなぜかそんな争奪戦に情熱を燃やしツワモノを求め、昼になるとブラブラと僕の席に来るや否や戦がどうのとかこつけて購買に足を運ぶのである。
購買に来ると、健児同様に何かに取り憑かれたようにパンの入ったケースを見つめ、これまた筋骨粒々な体育系男子が一触即発と言わんばかりの殺気を放っている。
以前「何故パン如きにそこまで執着するのか?」と聞いたら「別にパンが欲しい訳じゃねぇ…ただ、闘い奪い頂点に憧れるだけよ」
などと、清々しい表情で無意味な心中を語っていた。
まさに一触即発のフィールド。パンには購買のおばちゃんことせっちゃんが販売開始のベルを鳴らすまで触れてはいけないらしい。
またフライングなんてしようものならその場の全員で肉片に変えられてしまうと言う。
緊張感こそ伝わって来ないが、等の本人はかなりの高揚と緊張を隠しきれていない。
「いくぜ!」…ちりりーん。
ベル同時にその場に居た全員がヤマ◯キパンと書かれたケースに飛びかかる。
たかがパン程度に怪我人続出の大乱闘になっている。今では昼になると保険医が購買にスタンバイする始末だ。
筋骨粒々な男子の中でも健児は更に大きい体つきをしている。その圧倒的な筋力もとい戦力は今やパン争奪数暫定1位をキープしている。そんなランキングがいつできたのかは知らないが、全校男子400人の中での暫定1位ならくだらないランキングでも正直にすごいんじゃないかと思う。
隣でいちごオレを飲みながら恭介は、「あの熱意を違うことに活かせれば良さそうだよな。あいつの筋力を以ってすれば野球にサッカー、何でもいい所までいけそうだな」などと怪しい笑顔で何かを企んでいた。
昼休みを終え、午後の労働を終えた僕たちの放課後は週に2回のペースで秘密基地なる、ここ第二体育館の地下倉庫に集まることになっているが、今日がその集会日だ。
僕は真と健児と共に一足早く秘密基地に集まっていたのだが、リーダー兼言い出しっぺの恭介がきていない。
「恭介の野郎、招集かけといて最後ってどう言うことだよ。」
そんなことを健児とボヤいていると、秘密基地の扉を勢い良く開け放ち恭介が入ってきた。そして…「お前ら、こんなジメジメした地下倉庫でダベってないでグラウンド集合だ。野球をするぞ。」
一昨日の放課後、野球をすると言い出した恭介をスルーし帰った僕たちは一昨日の時点で全てを理解していた。
要するに恭介は野球ものの漫画かドラマにハマったのだと。
恭介のハマり症は真いわく小学生の時からで、始まりは七宮兄妹が通う小学校にあった蜂の巣だったらしい。あまりに大きくなりすぎたそれを用務員も手が付けられず困っていた所、当時恭介がハマっていた御当地戦隊の農業戦隊サイバイジャーなるを真似て蜂の巣を見事駆除したのである。先生にはこっぴどく叱られたらしいが、用務員さんがほんの少し誉めたのを機に味を占めたらしく、以来恭介はハマっているものを真似る様になったらしい。