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聖女と神官  作者: 綾瀬 律


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8.仕事

 ファルと私は薬草を育てている。その薬草に治癒の魔力を注いだ薬を作り、神殿に卸して収入を得ている。

 私の発案だ。


 ファルは私が薬を作るのに反対した。

「慈愛の女神様の贈り物だ。自分の力は使わない」

 そう言って2日かけて説得してやっと納得した。

 神官の力と同じ使い方であるし、実際に見ても私の体は光らなかったから。


 聖女では無くなったので、神聖力は女神様から贈られているみたいだ。

 神官は人数に限りがある。ましてや花の祭典の時みたいな多くのケガ人が出た時に、人ではその体力に限界がある。


 なので、中程度のケガなら治せるように薬作りを考えたのだ。

 元より薬湯はあった。しかし、その場で作らないといけないので使える時間が限られる。故に使い勝手が悪かった。それを丸薬としたのだ。これは薬湯から水分を抜いたものだ。

 そうすれば長持ちする。蓄えになるから。


 神官は治癒の魔力がある。それは生まれながらなので、神官を辞してもその力は使える。女神様のお力は正しく使える者に等しく分け与えられるのだ。

 元聖女である私にも治癒の力は与えられた。


 なので、薬を作り販売する。

 元より神官を辞めた時のファル給与と聖女を引退した時の私の給与もそれなりの額だった。

 少なくとも一生、働かなくてもいいくらいには。

 そもそもが残り少ない人生で使いきれはしない。


 それでも何かしたいと言う私が考え付いたのが薬作り。そしてもう一つは写本だ。

 私の文字は流れるように大変美しいと評される。自分では分からないが、評判がいい。

 なので、主に傷みの激しい古語の写本をしている。

 それと並行して現代語への翻訳もしている。


 写本の時は静かに、そして翻訳の時は言い回しを話しながら2人で作業をしている時間は幸せだ。

 本来は私だけでする予定だったが

「ファルの字は整っていて読みやすい」

 と神官長が言っていたことを思い出した。それに、一緒に作業したい。2人でする作業はきっと楽しいし私がいなくなってもファルが思い出してくれるだろうから。


「ファルスの字は読みやすくていい。セレスティア様の文字は大変美しい。どちらも大切な写本だ」

 にこやかに神官長に言われた。

「特に古語の翻訳はなかなか進んでいなかった。頼むぞ」

 ファルもここまで言われたら断れなかった。


 しかも、この写本。かなりの金額が出る。いわば神殿の宝も同然だから、当然と言えば当然なのかもしれない。お金には困っていないが、命を差し出すのではない正当な対価は私に取って嬉しかった。

 聖女じゃなくとも、生きていていいと言われているようで。


 こうして日々を慈しみながら、そして愛するファルに寄り添いながら…静かに時間は過ぎて行った。




 私は還俗しても、やはり細いままだった。

 それでもファルが隣にいて、ごく普通の生活をできている。鳥のさえずりで目覚め、ファルの作ったご飯を食べて。だから私はいつでも幸せで笑っていた。

 例え体調が思わしくなくても、息苦しくても…そんな言葉は口にすることもなく、静かにファルのそばで笑って過ごした。


 体力が無いので、外に出るのは家から5分ほどにあるひらけた場所。そこは木がまばらで地面にはふかふかとした苔が生えていた。

 その端にファル作ったベンチで、陽の光を浴びながら寄り添っている時間が私は好きだった。


 その時だけは残された時間を考えなくて済む、私も、そしてきっとファルもそう考えていたのだと思う。




 しかし、穏やかで優しい時間は長く続かなかった。

 2人で暮らし始めてから8ヶ月後、私はついに吐血したのだ。ファルは私よりも動揺した。

 少し前から怠さが取れず、体が重かった。だから遂に来たかと私は思った。


 ベッドに横たわった私は

「少し前から…だんだんと力が入りにくかった。早かったな…」

 全てを受け入れて覚悟した…そう聞こえるように。

 ファルは悔しそうな顔をする。


 本当は声に出して逝きたくないと、そう叫んで暴れたかった。もっと貪欲にファルと生きたいと言いたかった。

 でもそれはとても残酷なこと。望んでも叶えられない望みほど残酷なものはない。それをファルに伝えたところで何も変わらないのだから。

 私は安心させる為に、静かに微笑む。


「ファル、私は幸せだった。なぁ、幸せとは年数ではないと思うのだ。濃さとでも言うのか…短くとも、私はファルがそばにいてくれた時間を宝物だと思っている」

 聖女にならなければもっと生きられた。しかしそれではファルに会えなかった。

 ならば、この愛の形は正しい、そう伝えた。


 ファルは泣きながら私を抱きしめた。

「私は罪深い。こうなると分かっていても尚、ファルの手を取ってしまった。許してくれ…」

「違う、私が離れたくなかったのだ。セレスのそばにいたかったのは私だ。手を掴んだのは私の方だ。こんな最愛に出会えて、私こそ望外の幸せだ」


 ファル、悲しませてごめん。でも後悔はしていない。2人で過ごした時間は、お互いにとって宝物だと断言できるから。



 それからの私は起きたり寝たりを繰り返した。それでも毎日、あのベンチで寄り添った。

 ふかふかした苔の陽だまりの中で、ファルの体温を感じながら。



 徐々に起きている時間が減り、私は寝込むようになった。

 それでもファルは私を抱えて散歩をする。

「重いだろう?」

 背は伸びて、ファルと同じくらいある。

「いや、とても軽い」


 いつもの通りの会話、いつもの通りの笑顔。

 あと何日、こんな日を続けられるのだろう。それでも私は笑顔でファルの隣にいる。ファルの中に残る私は、笑顔でいて欲しいから。



 その日は朝からファルがバタバタしていた。

 私を抱えて階下に降りると、ソファにそっと降ろす。

「少し待っていて」

 軽く頷くと体をソファの背に預けた。なんだろう?

 ファルは出掛けて行った。


 部屋に入って来た人を見て私は驚いた。

「お久しぶりです。セレスティア様」

 穏やかな声で言ったのは神官長だ。

「えっ…」

 神官長の隣にはマリウスもいる。ファルの顔がしてやったりと言っている。




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