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聖女と神官  作者: 綾瀬 律


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5.新しい神官

 ファルスの後任の神官はマリウスと言う。18才の私より1つ上の19才。

 見た目も中身も真面目な青年だった。


 彼はファルスよりもさらに無口だった。私が話をしなくても、ファルスは話しかけて来た。マリウスは挨拶以外、私に意思を確認しなければならない時以外は話しかけて来ない。

 その代わり表情はとても分かりやすかった。


 いつも私に怒っているような、そんな顔をしていた。


 午後のお勤め後、私は気を失う時間が長くなった。女神様の呼ぶ声が鮮明になって、思った以上に残り時間は少ないのだと実感した。


 それでも、もう構わない。

 私にはこれ以外の生き方は出来ないから。守りたい人を守れるのなら、それでいい。


 ファルスは今、笑えているだろうか?青空の下で、健やかに暮らせているだろうか?

 私のそばにいれば空の下に出ることは叶わない。


 自分から手を離したのに、その行先が気になるなんて傲慢だ。それでもやはり、幸せであって欲しいから。

 だから今日も極限まで女神様に神聖力を譲渡する。そんな喪失感とも満足感とも分からない気持ちを押し込めて、日々は過ぎて行った。


 ファルスが去ってしばらくしてから、午後のお勤めの後は朝まで目が覚めなくなった。

 そんなある日、マリウスがポツリと話をした。独り言のようで語りかけているようで。

 でも応えは求めていない、そんな話し方だった。


「私には歳の離れた姉がいます。姉は…第一聖女でした。そして勤めを終えた後、家に戻ることなく3年で亡くなりました。実家の近くにある教会に身を寄せていたそうです。私たち家族は知りませんでした。姉の死後、手紙が届きました。私たちは怒ればいいのか嘆けばいいのか分からず戸惑いました。でもやはり悲しかった。姉が何も話せなかった事が、1人で抱えて逝ったことが。だから、私は決めました…」

 決心した顔で私を見た。何をどう決めてのかは言わずに。戸惑う私に頷いた。



 その後のお勤めを終えて朝、目を覚ますと…えっ?この感覚は。何故だ…?



 聖水に付けた聖布でファルスが私の体を拭き清める。そっと目を開ければ目を瞑っていて、一年経っても体が覚えているのか?


 毛布を掛けられて、やや色が薄くなった私の髪の毛を撫でた。元は肩より少し長かった私の髪は、今では腰まである。

 聖女の髪には神聖力が宿るから、切らないままに伸びたのだ。

 丁寧に毛先からとかしていく。その手つきは限りなく優しかった。


「何故戻った…?」

 せっかくファルスを自由にするために、心を鬼にしてその手を離したのに。

 目を瞑ったまま話しかけてから目を開け、真っ直ぐにファルスを見る。相変わらず透明で吸い込まれそうな紫の目だ。


「呼ばれたからです」

 怪訝な顔をした私は

「誰に?」

 重ねて聞いた。

「貴方に、ですよ」

 一瞬、間があった。

「はっ…?」

 なんでそうなる?


 ファルスは声を出して笑った。

 何故笑われたのか分からないが不快では無かった。

「わ、私は…呼んでいない」

 抗議をする。自分から手を離したのに呼ぶなんてしていない。呼べるくらいならば、そもそも手を離さない。そんなに器用ではないのだ。

「そうですね、貴方は声に出して私を呼んではおりませんね」


 ドクンと心臓が音を立てた。

 私がのみこんだ想いが伝わっているのか…?気が付かれたくないと思い、隠した私のここ想いが。


 ファルスは私の髪に唇を寄せた。軽く口付けて私を見る。その目は僅かに潤んでいた。

「声に出さずとも、ずっと呼んで下さったのですね…」


 苦しいと、辛いと、寂しいと…

 ずっと訴えていた私の声が、聞こえたのか?いや、違うか。感じてくれたんだな、私の声を。


 私はファルスに想われている?ファルスの目には間違いなく自信が見え隠れする。


 私は目を伏せた。反論しないのが、私なりの答えなのだ。


 口に出さなければ分からないこともある。

 しかし、

 口に出さないことで伝わる想いもある。


 言葉は心を越えられないのだから。



 口に出さずに私は想いを伝え、口に出しても分かりにくく伝えていた。それにファルスは気が付いたのか?


「もう遠慮はしません。貴方のお心は貴方のものです。でも、貴方を大切に想う私の心も…貴方のものです。もう離れません。貴方が写して下さったあの書き付け。全部読みました。あれも貴方の想いですね」


 想いが深ければ深いだけ、失うのが辛くなる。それはお互いに、だ。

 失わせない為には離れるしかない、そう結論を出した私。

 親しくならないよう細心の注意を払って、ファルスの心に私を置かないよう早くお役目を終えることを願って。


 それでも、どこかで気が付いて欲しくて…あの書き付けを渡したのかもしれない。無意識に。

 どこかで気がついて欲しいと、そう訴えた心がそうさせたのだろうか?


 毛布の下の手にファルスの手が直接触れた。

 初めて触れたその手は大きくて、そして暖かかった。

 無骨な、でも優しく私の手を包むその手を、離したくないとそう思った。




 神官は聖女に直接触れることを禁違としている。厳罰がある訳ではない。触れれば気持ちが抑えられなくなるから、温もりを分け合いたくなるから。

 多分、それが理由だ。


 なので、神官は聖女のそばにいる時は手袋をしている。その日、ファルスは用意されたそれを、あえてしなかったようだ。


 私はぴくりとしたが、指先だけそっと握り返した。その温もりを手の中に留めたくて。



 それからの生活は前と同じようで少し違った。変わったのは私だけじゃない。ファルスも、だ。

「大聖女様と呼ばれるのは好きじゃない」

 思っていたが言ってなかったことを伝える。

 なので部屋の中でも聖女様と呼ばれるようになった。


「ファルス、1人で食べられる」

 これも変わったことの一つだ。心の中ではずっと呼んでいた彼を、名前で呼ぶ。そして

「はい、お口を開けてください」

 何故か食事のお世話をさてる。

「こうでもしないとあまり召し上がらないので」

 しれっと言われた。


 今度こそ、予定とは違って心を通わせて…しかし傍目には何も変わらずに、厳しくも優しい時間が過ぎて行った。




 私が神殿に来てから5度目の冬を迎える頃、私の煌めくような髪色が急に薄くなった。


 思ったより早かったな…

 前の大聖女様は7年お勤めした。私はまだ5年だ。代替わりまで1年としても最速記録になりそうだ。




「次代の選定に入る」

 神官長様が宣言した。すぐに全国へと公布され、聖女の選定が国を挙げて始まった。



 その中にあって、私たちの生活は穏やかだった。

「次代の第一聖女様の選定に入りました」

「そうか…」

 私は興味が無さそうに答える。聖女の代替わり、それは私の命の、残された時間が更に減ったことを意味する。


 ファルスはいつもと変わらず穏やかに、いや、いつもより穏やかに過ごせるよう甲斐甲斐しく私の身の回りの世話をした。




 その日もベッドに横たわる私に毛布を掛けて

「おやすみなさい」

 自室に入って行った。


 最近、眠りが浅い。分かっていた筈なのに、やはりその時になると身がすくむ。命の残りを考えて…私はまだ19才なのにと思ってしまった。

 涙が溢れる。泣いてはいけないと思うのに、涙は止まらない。私は声を殺して泣いた。



 私の部屋にファルスが入って来てベッドのそばに寄り添った。

「聖女様、聖女様。私はここにおります。おそばに私がおります」


 私は震える手を毛布から伸ばした。ファルスは私の手を握った。温かくて大きな手だった。私の手をすっぽりと包み込む、大きな手。私はたまらず

「ファルス、ファルス…ファルス…」

 泣いた。今だけはどうか、許して。ファルスはただ、私の手をしっかりと握ってくれていた。




「神官長、マリウス。しばらく大聖女様をよろしくお願い申し上げます」

 私の代替わりが公布されてから2ヶ月後、ファルスが3日の休暇を貰いますと私に告げて、そばを離れた。

 私はただ見送る。

 珍しいことだが、ごく稀にこのようにそばを離れることが許される。


 そうだ、ファルスのいない間に刺繍をしよう。少しずつしか進んでいないが、まだあの煌めく金色の髪がある。私の想いが伝わるように…少しでも多く。私の亡き後でも形として残るように。


 そして3日ぶりにファルスが神殿に戻り、私の部屋に入って来た時、私は珍しく刺繍をしていた。いつもはファルスが帰ってくる前にしまっていたから。


「ただ今戻りました」

 声を掛けると

「あぁ…」


 離れていたから分かる。ファルスが今そこにいることが、私はなんだか嬉しかった。



 その後もファルスは私に勤めを終えた後のことを聞かなかった。

 私も敢えて伝えなかった。実家に戻らないことを。



 こうして季節は巡り、次代の第一聖女が決まった。公布から8ヶ月後の事だ。

 最近は午後の神聖力譲渡の後、朝まで目覚めないことが普通になった。そして…遂に私が勤めを終えて還俗する日が来た。


 中央神殿を出た後、王都の教会に身を寄せることになっている。そこでしばらく静かに暮らし、先のことを考えるのだ。もっとも後せいぜい2年ないくらいだ。そのまま教会で静かに過ごすのもいいかもしれない。


 6年暮らしたその部屋は、それでも私物など殆ど無かった。何一つ持ち込めないのだから当然か。神殿から与えられるのは生活に必要最低限なものばかり。


 唯一神殿から寄贈されたのは刺繍箱とハンカチ。私の私物は刺繍をさしたハンカチ数枚と、ファルスがくれた髪留めだけだ。


 部屋を出ると第二聖女と第三聖女、そしてお付きの神官が待っていた。

 第二聖女は静かに頷くとハンカチを取り出す。見事な青い糸で刺繍された天使だ。

「ご健勝をお祈りしております」


 私は

「あちらで待っている」

 そう答えた。


 第二聖女は肩を震わせて俯いた。私の言葉を正しく理解した証拠だ。私ほどではなくとも、遠くない未来、短い生涯を終えるのだ。


 第三者聖女はやはりハンカチを取り出した。紫と青で刺繍された花。薬草の花だ。私とファルスの目の色。

「健やかにお過ごしください」


 私は

「ご健勝を…」

 第三聖女の目が潤んでいた。どのみち、時間の差はあれど同じ運命なのだ。



 こうして私たちは神殿を出た。

 最後に神官長は

「好きに生きなさい」

 そして枢機卿猊下からは生活に必要なお金が何故かファルスに手渡された。私の分も。

「頼む」

 短い言葉は枢機卿猊下のファルスへの言葉だった。何を頼むんだ?



 私たちは教会に向かい、そこの客間に落ち着いた。

 私はキョロキョロと部屋を見て

「何故部屋が一つなのだ?」

 ファルスに聞いた。ファルスは何故か上を見上げると

「教会や宿は1人部屋の方が少ないのですよ」


 それはまぁ、そうか。でもなんでファルスと同じ部屋なんだ。まさか!

「同じ部屋で眠るのか?」

 慌てて聞くと

「はい、だからベッドが2つ有ります」

 うっ、確かに。いや、しかし…困ったな。




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