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聖女と神官  作者: 綾瀬 律


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4/4

4.激震の後と別れ

 私はしばらくファルスの部屋で過ごした。ぼんやりとしながらも、女神様への神聖力の譲渡は続けた。それが私の役目だから。その為に私は生きているから。

 その為だけに生かされているから。


 ファルスは心配そうに私を見るが、私が彼に言える事など無い。しばらくすると自室に戻った。模様替えをしたのか、壁紙の色もベッドの位置も変わっていた。


 そんなことをしても、私の傷は癒えないのに。あの時の絶望感は変わらないのに。

 だって私を害そうとしたのは神官であり、聖騎士だったから。

 本来なら、聖女を守る立場の人間がこの任務を放棄したら…?それが怖い。


 内殿に入れるのはごく少数だ。そして今回はそのごく少数による犯行。

 そもそも女神の加護があるのに、大事故が起こる事がおかしかったのだ。あれは女神様の警告。

 なのに、その警告を無視したのか、気が付かなかったのか…彼らは女神様の選んだ私を害そうとした。


 きっかけは王族だった。

 第一聖女は奉仕の後、年齢が合えば王族と結婚する。聖女から辞退することは可能だが、王族は辞退出来ない。

 先代の第一聖女とは年齢が合わず、たまたま今回、私の2つ上に第三王子がいた。

 なので、第三王子は私の推定婚約者だった。

 私はもちろん、相手が男だと嫌だろうと考えて、辞退するつもりだった。

 そもそもが王族以外とも結婚する気はない。短い命だと分かっているから。


 今回、この件に関して王族から婚約の打診が来なかった。来ていないものを辞退も出来ず、神官長には打診があれば即辞退の意向を伝えて欲しいと言っていた。


 なのに、彼らは申し込みもしていないのに私が辞退しない。ならば結婚する気だと考えて、私を排除しようとした、らしい。

 それを聞いて私は何と言っていいのか分からなかった。そんなくだらない理由で私はあんな目にあったのかと愕然とした。


 でもそれ以上に聖女というものの理不尽さをまざまざと思い知らされて、心が凍った。心なんて存在しない、そう思わないと続けられないほどに、私は傷ついた。

 守ってくれるべき人に害される。これほど辛いことはない。


 そんな私の気持ちが伝わったのか、ファルスは部屋を出ると今までのように後ろに付き従うのではなく、私の隣で私の手を引いて歩くようになった。


 今でも聖騎士は怖い。そんなにも嫌われていたのかと思うと心が抉られるようだ。でもそんな感情も生きているからこそ。ならば少しでも早く女神様の元に辿り着くべく、全力を尽くそう。


 私は尚いっそう女神様への信仰をあつくしていった。


 温室にいると外の声が聞こえる。女神様の力の一端なのか、感覚が鋭くなっているから。


 ―可哀想に、ファルス様はハズレだったなぁ―

 ―ファルス様は優秀な方なのに、聖女が男だなんて―

 ―全然話をされないそうだ―

 ―貧乏くじだったなあ―


 ―聖女様の御心が分からないと嘆いていたとか―

 ―キツイよな、あんな事があってさ―



 そんな声はいつでも聞こえて来た。

 ならば私はどうしたら良かったのだ?


 それからはごく静かに月日は流れて行った。




 私が聖女になって3年と少し。早かったのか遅かったのか。髪の毛の色は徐々に薄くなっている。

 体感としては半分くらいか?

 そろそろ頃合いかもしれない。


 ファルスを可哀想だと言う声は日に日に高まっている。

 それは誰かが私とファルスの冷えた関係を漏らしているから。それにファルスは優秀でかつ美貌の神官だ。

 今なら多分、大丈夫だろう。


 私を見るファルスの顔が悲しそうに歪む。抑えているのだろうが、毎日同じ空間にいるのだ。分からない訳がない。

 私が声を掛けるのを、私が笑いかけるのをきっと待っているのだろう。そんな日は来ないのに。来てはいけないのに。


 朝のお勤めの後、部屋を清めたファルスが席を立った。内宮での打ち合わせだ。ならばと私は部屋を出た。

 居住区の扉を軽く叩くと、外から少し開いた。私の姿を認めて聖騎士は頭を垂れる。

「大聖女様、何かございましたでしょうか?」


 緊張で声が震えている。

 私がこうして1人で部屋を出るのは初めてだからな。何かあったのかと思ったんだろう。

「神官長と話がしたい」

「はっ!予定を確認してまいります」

 一端、扉が閉まる。


 私は扉の前で待っていた。さほど待たずに扉がノックされ開いた。

「今からお会いできるそうです」

 言い終わった時には聖騎士の奥に神官長の姿が見えた。


「大聖女様、お迎えに参りました」

 私は扉から廊下に出る。聖騎士のそばを通る時はいまだに緊張する。

 神官長の後ろをついて行こうとしたら、手を出された。後ろにいる聖騎士が怖い。気になってしまう。


「一緒に参りましょう」

 多分、私の緊張が伝わったらしい神官長が手を差し伸べてくれた。有り難くその手を借りて廊下を歩く。


 神官長は内宮と内殿に部屋がある。内殿の部屋は執務室で、部屋の奥に机が、手前にソファがある。勧められてソファに座る。


 神官長には神官が2人付いている。内宮では誰かがそばにいるが、内殿には彼らは入れないのでこの部屋は神官長1人だ。

 柔和な顔立ちの40代と思われる神官長は

「なにか御用でしたか?」

 静かに私に問いかけた。




 あっさりしたものだった。

 まぁ当たり前なのかもしれない。この神殿において、聖職者の位は聖女が一番高い。

 その聖女が規範の範疇で訴えたのだから、通らない訳がない。3年も考えていたのに、肩透かしだ。


 私は刺繍箱を開けた。そこには眩い金色の糸、ではなく髪の毛が収めてある。もちろん、普通の糸も。

 手習として始めた刺繍は私の騒つく気持ちを鎮めてくれる。何かを作る行為は心を落ち着けてくれる。


 白いハンカチに自分の髪の毛で刺繍をする。髪の毛には神聖力が籠っているから。願いを込めて刺繍をすれば、それは即ち加護となる。


 笑いかける事が出来ない自分の代わりに、この気持ちが伝わるといいと思う。仕上がったハンカチは花の刺繍が刺してある。植物の本に書いてあった花言葉。

 それから選んだ花を。


 自分の胸の内に収めるつもりだった。でもそれは単なる自己満足で、3年も殆ど話す事も反応する事もない私に尽くしてくれたせめてものお礼に。

 ファルスのしてくれたことに感謝を込めて。


 もう一つは写本だ。

 古語で書かれた書き付けの写本。集中して何かをしている時は、自分の運命を忘れられるから。

 難しくて読み進まないと言っていたから、手元に置けるように書き写した。


 自分の痕跡は残さないように、そう思ったけれど…尽くしてくれたファルスへ報いたいから。彼の為と言いつつ、結局は私の為だったのかもしれないと思うから。


 彼が私付きの神官を辞める前の日、私はファルスのベッドの上にハンカチと写本を置いた。



 *****



「私付きの神官の、交代をお願いしたい」

 私の言葉に神官長は驚かなかった。

「訳をお聞きしても?」

「私の、わがままだ。ファルスは良く尽くしてくれた。そろそろ解放してやろうと思う」


 女神様のおわす内殿で、嘘はつけない。

 神官長は頷くと

「承知しました。引き継ぎもありますので1ヶ月後に…担当の神官を変更しましょう」


 部屋に戻ったファルスは

「ただ今戻りました」

 声を掛ける。ソファで本を読んでいた私は顔を上げることなく静かに頁を捲る。

 まるでファルスなど存在していないみたいに、なんの興味も無いように。


 静かに私は本を読む。



 ファルスが神官長に呼ばれて戻ったその日の夜、担当神官を変えてもらうようお願いしたと伝えた。


 普通、聖女様付きの担当神官が変わることはない。ただ例外はもちろんある。

 神官が勤めを果たせなくなった時と、聖女から交代を打診された時だ。


 ファルスは私の言葉を呆然として聞いていた。そのまま何も言わないので

「決まったことだ」

 会話を打ち切った。



 最後の夜、ファルスは私を寝かしつけると何かに耐えるような顔をして

「おやすみなさい、大聖女様」

 自室に入って行った。

 ベッドの上のハンカチと書き付けに気が付いただろうか?


 私の耳に嗚咽が聞こえた。結局、泣かせてしまったか。それでも、何もないよりはきっとファルスにとっては良かったと思いたい。例え独りよがりでも、報われたと思えたならばファルスは救われるだろう。

 私は目を瞑ったが、眠れなかった。ファルスの声が、笑顔が、腕の温もりが思い出されて、2人で静かに過ごす時間が愛おしくて。


 眠る事が出来なかった。もう会うことはないかもしれない、そのことがとても悲しかった。自分で選んだのことなのに。



 翌朝、いつも通りに私を起こして髪の毛を整える。朝食を運んで片付けて、部屋を清める。


 いよいよファルスが部屋を出る時、私はファルスを見なかった。

「お世話になりました…」

「息災に、な」

 声が震えてしまった。大丈夫、私は大丈夫。

「またいつかお会いしましょう。必ずお迎えに参ります」


 ファルスはそう告げると振り返らずに私の部屋を出た。迎えにとは?どう言うことだ…?


 私はその言葉に混乱しながら、その言葉に縋りたいと願ってしまった。




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