第98話 影の違和感
320階層。
階段を下りると、そこは薄暗い通路だった。壁は黒い石でできていて、天井からは青白い光を放つ結晶が吊るされている。その光が、不気味な影を作り出していた。
「……気味が悪いな」
ケインが呟いた。
「……ああ」
リオンも頷いた。
「警戒しよう」
私たちは剣を抜いて、ゆっくりと通路を進んだ。足音が、静寂の中に響く。六人分の足音。規則正しいリズムで、石床を叩いている。
通路は、長く続いていた。曲がり角もなく、ただまっすぐに延びている。まるで、何かに誘われているような感覚がした。
「……セリア」
ゼノが私の隣に並んだ。
「気づいてるか?」
「……何を」
「……この階層、モンスターがいない」
「……ああ」
私も頷いた。
確かに——301階層から、ずっとモンスターが少ない。時々現れるが、以前ほど頻繁ではない。まるで、意図的に避けられているような。
「何かが、おかしい」
ゼノが呟いた。
「……同感だ」
私も答えた。
その時——。
通路の先から、何かが現れた。
「……!」
私たちは立ち止まった。
それは——人影だった。
黒いローブを纏い、フードで顔を隠している。両手には、二本の剣を持っている。
「モンスターか?」
エレナが尋ねた。
「……いや」
リオンが首を横に振った。
「……人間だ」
人影が——こちらを見た。
フードの下から、赤い目が光っている。
そして——動いた。
速い。
一瞬で、距離を詰める。
「散れ!」
リオンが叫んだ。
私たちは——それぞれ別方向へ跳んだ。
人影の剣が、空を斬る。風圧が、肌を切り裂く。
「……!」
私は体勢を立て直した。
剣を構える。
人影が、私を見た。
赤い目が、私を捉える。
そして——二本の剣を交差させた。
攻撃が来る。
私は——剣を横に振った。
人影の剣を受け止める。
金属同士が激突する。火花が散る。
だが——力が強い。
私は押し負けそうになる。
「セリア!」
リオンが叫んだ。
彼が人影の背後に回り込む。剣を振るう。人影の背中を狙う。
だが——。
人影は振り返ることなく、片方の剣を後ろへ振った。
リオンの剣と、人影の剣が激突する。
リオンが、押し負けた。
「……くそ!」
リオンが後ろへ跳ぶ。
その隙に——。
人影が、私へ向き直った。
二本の剣を振り下ろす。
私は——横へ転がった。
剣が、床を斬る。
石が飛び散る。
「……っ」
私は立ち上がった。
人影が——また迫る。
速い。
剣を連続で振るう。
私は——それを受け流す。
一撃、二撃、三撃。
金属の悲鳴が、通路に響く。
だが——四撃目。
私の剣が弾かれた。
「……!」
人影の剣が、私の肩を切り裂いた。
血が飛び散る。
「セリア!」
エレナが叫んだ。
彼女が駆けてくる。
人影が、エレナへ向かった。
剣を振るう。
エレナが——剣で受け止める。
だが——力負けする。
吹き飛ばされる。
「エレナ!」
ケインが叫んだ。
彼が飛び込む。
人影の脇腹に、剣を叩き込もうとする。
だが——。
人影は、ケインの剣を片手で掴んだ。
素手で。
「……!」
ケインが驚愕の表情を浮かべた。
人影が——ケインを投げ飛ばした。
ケインが壁に激突する。
「ケイン!」
ルナが駆けた。
彼女が剣を振るう。
人影の首を狙う。
だが——。
人影は、ルナの剣を二本の剣で挟んだ。
そして——折ろうとする。
「……っ」
ルナが剣を引き抜こうとする。
だが、外れない。
人影が——ルナを蹴り飛ばした。
ルナが床を転がる。
「……くそ!」
ゼノが叫んだ。
彼が人影へ突進する。
大剣を振り下ろす。
全力の一撃。
人影が——二本の剣を交差させて受け止めた。
ゼノの大剣と、人影の剣が激突する。
衝撃波が、通路を揺らす。
だが——。
人影が、ゼノの剣を押し返した。
ゼノが後ろへ跳ぶ。
「……強い」
ゼノが呟いた。
「……化け物か」
人影が——立ち止まった。
そして——フードを取った。
その顔は——。
人間だった。
だが、目が赤く光っている。表情がない。まるで、操り人形のような。
「……あれは」
リオンが呟いた。
「……冒険者か?」
「……いや」
ルナが首を横に振った。
「……もう、人間じゃない」
「……剣に、支配されている」
「……」
私は——人影を見つめた。
剣に支配されている。
260階層で見た映像。
人が死に、剣になる。
そして——剣が、次の持ち主を支配する。
この人影も——剣に支配されているのか。
「……どうする」
ゼノが尋ねた。
「……倒すしかない」
リオンが答えた。
「……話し合いは、無理だ」
「……分かった」
私は剣を構えた。
肩の傷が痛む。だが——動ける。
「……みんな、一斉に攻撃する」
リオンが指示を出した。
「……私が正面から。ケインとゼノが左右から。エレナとルナが後方支援」
「……セリアは、弱点を狙え」
「……分かった」
私は頷いた。
「……行くぞ!」
リオンが叫んだ。
私たちは——一斉に動いた。
リオンが正面から突進する。剣を振り下ろす。
人影が——二本の剣で受け止める。
その隙に——。
ケインとゼノが、左右から攻撃する。
人影の脇腹と背中を狙う。
だが——。
人影は、リオンの剣を押し返しながら——。
回転した。
剣が、円を描く。
ケインとゼノの剣を弾く。
「……くそ!」
二人が後ろへ跳ぶ。
エレナとルナが、後方から攻撃する。
剣を投擲する。
二本の剣が、空を飛ぶ。
人影の背中へ。
だが——。
人影は振り返ることなく、剣で弾いた。
投擲された剣が、床に落ちる。
「……!」
そして——私が動いた。
人影の死角から。
全速力で駆ける。
剣を構える。
人影の首を狙う。
人影が——私に気づいた。
振り向く。
だが——遅い。
私の剣が——人影の首に届く。
だが——。
人影は、首を傾けた。
剣が、頬を掠める。
血が飛び散る。
「……っ」
私は着地した。
人影が——私を見た。
赤い目が、私を捉える。
そして——。
人影の口が、動いた。
「……もっと、深く」
掠れた声。
「……進め」
「……囁きを、聞け」
「……!」
私は息を呑んだ。
囁き。
剣の囁き。
この人影は——剣に支配されて、こうなったのか。
「……セリア!」
リオンが叫んだ。
「……下がれ!」
私は——後ろへ跳んだ。
人影の剣が、私がいた場所を通過する。
リオンが——人影へ突進する。
剣を振るう。
人影の胸を狙う。
人影が——剣を交差させて受け止める。
だが——。
リオンは力を込めた。
全身の力を、剣に込める。
人影の剣が——押し負ける。
そして——。
リオンの剣が、人影の胸を貫いた。
「……っ」
人影が——震えた。
血が、口から溢れる。
「……もっと……深く……」
掠れた声で、呟く。
「……進め……」
そして——。
人影が、倒れた。
地面に、崩れ落ちる。
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静寂。
私たちは——息を整えた。
全員、無事だった。
怪我はあるが、致命傷ではない。
「……治療薬を」
エレナが言った。
私は腰の袋から治療薬を取り出した。
残り——13本。
一本使う。
肩の傷が、塞がっていく。
みんなも、治療薬を使った。
「……あれは、何だったんだ」
ケインが呟いた。
「……冒険者、だったのか?」
「……ああ」
ルナが頷いた。
「……剣に支配された、冒険者」
「……」
私は——倒れた人影を見つめた。
フードが外れて、顔が見える。
若い男だった。20代前半だろうか。
もう——動かない。
「……可哀想に」
エレナが呟いた。
「……剣に支配されて、こんなことに」
「……」
私は——自分の剣を見下ろした。
空虚の剣。
この剣は——私を支配しない。
なぜか。
なぜ、この剣だけが——。
「……行こう」
リオンが言った。
「……ここにいても、仕方ない」
私たちは——次の階段へ向かった。
だが——倒れた人影の脇を通り過ぎる時。
私は——その人影の剣を見た。
二本の剣。
床に転がっている。
そして——。
一瞬だけ——。
剣が、光った気がした。
赤い光。
「……」
私は立ち止まった。
「セリア?」
ゼノが振り返った。
「……いや」
私は首を横に振った。
「……何でもない」
私は——また歩き出した。
だが——心の中では、違和感が残っていた。
あの剣——。
何か、あった気がする。
でも、それが何なのか、分からない。
私たちは——階段を下り始めた。
321階層へ。
そして——その先へ。




