第97話 仲間の時間
316階層。
階段を下りると、そこは広い空間だった。円形の広間で、天井が高く、柱が規則正しく立ち並んでいる。モンスターの気配はない。静かで、落ち着いた雰囲気だった。
「……ここで休もう」
リオンが提案した。
「デスナイトとの戦闘で、かなり疲れた」
「……ああ」
みんなが頷いた。
私たちは——柱の近くに座り込んだ。荷物を下ろし、水筒を取り出す。冷たい水が、喉を潤す。体が、少し楽になった。
「……はぁ」
ゼノが大きく息を吐いた。
「久しぶりに、こんなに疲れたな」
「Sランクは、やっぱり強いわね」
エレナが言った。
「でも——みんな無事でよかった」
「……ああ」
リオンも頷いた。
「セリアの一撃がなければ、もっと時間がかかっただろう」
「……みんなのおかげだ」
私は言った。
「……一人じゃ、無理だった」
「当然だろ」
ケインが笑った。
「俺たちは、仲間だからな」
静寂。
だが——それは、心地よい静寂だった。緊張が解けて、みんなが少しずつリラックスし始めている。
「……なあ、セリア」
ゼノが口を開いた。
「お前とリオンたちは、いつ出会ったんだ?」
「……200階層だ」
リオンが答えた。
「セリアが一人で深層を潜っていた時、俺たちが声をかけた」
「へぇ」
ゼノは興味深そうに聞いた。
「セリア、最初はどうだったんだ? 断ったのか?」
「……ああ」
リオンが笑った。
「最初は、完全に断られた」
「一人で行くから、って」
エレナも笑いながら言った。
「でも——私たちが何度も誘って、最終的にOKしてくれたの」
「……そうか」
ゼノは私を見た。
「お前らしいな」
「……ああ」
私は頷いた。
その部分の記憶は——ない。
でも、みんなが話してくれることで、少しずつ分かってくる。
「セリアって、最初すごく無愛想だったのよ」
エレナが続けた。
「話しかけても、『……ああ』とか『……そうか』とか」
「今と、変わらないじゃないか」
ケインが笑った。
みんなも、笑った。
私も——少しだけ、口元が緩んだ。
「でも——戦闘になると、すごかったんだ」
リオンが言った。
「ミノタウロス3体を、一人で倒した」
「それも——ほとんど傷を負わずに」
「……すげぇな」
ゼノが感心した声を出した。
「セリアと一緒に潜り始めた頃も、そうだったな」
「そういえば——」
リオンがゼノを見た。
「お前とセリアは、どうやって知り合ったんだ?」
「……ああ」
ゼノが笑った。
「54階層でだ」
「俺がオーガの群れと戦ってる時、セリアが通りかかった」
「……覚えてる」
私は言った。
「……お前、苦戦してた」
「おい」
ゼノが苦笑した。
「苦戦はしてなかったぞ」
「……してた」
私は即答した。
みんなが笑った。
「で——」
ゼノが続けた。
「戦闘が終わった後、ギルドで会ったんだ」
「そこで——セリアが声をかけてきた」
「『一緒に潜らないか』って」
「……ああ」
私は頷いた。
その記憶は——ある。
ギルドの隅。
ゼノに声をかけた時のこと。
彼の驚いた顔。
「俺、すごく驚いたんだぞ」
ゼノが私を見た。
「だって、お前一人で行動してたし」
「他人と組むイメージなかったから」
「……でも、必要だった」
私は言った。
「……一人では、限界があった」
「……それで、俺を選んだのか」
「……ああ」
私は頷いた。
「……お前なら、信頼できると思った」
ゼノが——少し驚いたような顔をした。
そして——照れくさそうに笑った。
「……そうか」
「ありがとうな」
エレナが微笑んだ。
「セリアって、ちゃんと人を見てるのね」
「……そうだな」
リオンも頷いた。
「セリアは、口数は少ないが——信頼した相手は、とことん守る」
「俺たちも、何度も助けられた」
「……そうなのか?」
ゼノが尋ねた。
「ええ」
エレナが答えた。
「210階層で、私が怪我をした時——セリアが背負ってくれたの」
「治療薬を全部使い切るまで、私を守ってくれた」
「……」
私は——その記憶を探した。
だが——やはり、ない。
「俺もだ」
ケインが言った。
「230階層で、罠にかかった時——セリアが助けてくれた」
「剣で罠を壊して、俺を引っ張り出してくれた」
「……そうだったのか」
ゼノが私を見た。
「お前、本当に優しいんだな」
「……そんなことない」
私は首を横に振った。
「……仲間だから、当然のことをしただけだ」
「それが、優しいってことなんだよ」
ルナが静かに言った。
「……」
私は——黙っていた。
みんなの話を聞いていると、少しずつ自分のことが分かってくる気がする。
私は——仲間を大切にする人間だったのかもしれない。
一人で行動することが多かったが、仲間ができたら——守ろうとする。
そういう人間。
「……なあ、リオン」
ゼノが口を開いた。
「お前たちは、300階層まで一緒だったんだろう?」
「……ああ」
リオンが頷いた。
「300階層まで、一緒に行った」
「で——そこで、別れたのか」
「……ああ」
リオンの表情が、少し曇った。
「セリアが、一人で先へ行くと言った」
「……なぜ?」
「分からない」
リオンは首を横に振った。
「理由は、教えてくれなかった」
「ただ——『一人で行く』と」
「……」
私は——その場面を思い出そうとした。
300階層。
仲間との別れ。
だが——記憶が、ない。
「俺たちは、引き留めた」
エレナが言った。
「一緒に行こう、って」
「でも——セリアは、頑なだった」
「『一人で行く』って、繰り返すだけ」
「……そうか」
ゼノが呟いた。
「で——結局、別れたのか」
「……ああ」
リオンが頷いた。
「それから——セリアは、500階層まで行ったらしい」
「一人で」
静寂。
みんなが——私を見ていた。
「……すまない」
私は謝った。
「……その部分の記憶がなくて、何も思い出せない」
「いいのよ、セリア」
エレナが優しく言った。
「記憶がなくても、あなたはあなたよ」
「……ああ」
ケインも頷いた。
「今、一緒にいる。それが大事だ」
「……」
私は——みんなを見つめた。
リオン、エレナ、ケイン、ルナ、ゼノ。
みんな、優しい。
みんな、仲間だ。
「……ありがとう」
私は小さく言った。
「……みんな、ありがとう」
みんなが——微笑んだ。
温かい、微笑み。
そして——ゼノが立ち上がった。
「よし、休憩終わりだ」
「また、進もう」
「……ああ」
みんなが頷いた。
私たちは——荷物を背負い、剣を腰に下げた。
そして——次の階段へ向かった。
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317階層、318階層と進んでいく中で、私は先ほどの会話を反芻していた。
みんなが語ってくれた、私との思い出。
200階層での出会い。
一緒に戦った日々。
300階層での別れ。
ゼノとギルドで話したこと——それは、覚えている。でも、他の多くのことは——記憶がない。
「……セリア」
リオンが振り返った。
「大丈夫か?」
「……ああ」
私は頷いた。
「……大丈夫だ」
「無理するなよ」
「……ああ」
リオンは——また前を向いた。
私は——彼の背中を見つめた。
広い背中。
頼れる、背中。
そして——ふと思った。
この背中を、私は何度見てきたのだろうか。
200階層から300階層まで。
100階層分。
きっと、何度も何度も——この背中を見てきたのだろう。
「……」
少しだけ——心が、温かくなった。
記憶は、部分的にしかない。
でも——体は、覚えているのかもしれない。
この背中を。
この仲間たちを。
私は——また歩き出した。
一歩、また一歩。
仲間たちと共に。
深層へ。
そして——真実へ。
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319階層に着いた時、エレナが言った。
「ねえ、セリア」
「……何だ」
「今度——500階層に着いたら、みんなで食事に行かない?」
「……500階層に?」
「ええ。みんなで、お祝いしましょう」
「……」
私は——少し考えた。
そして——頷いた。
「……ああ」
「……そうだな」
エレナが、嬉しそうに笑った。
「約束よ」
「……ああ」
私も——小さく笑った。
約束。
500階層に着いたら、みんなで食事をする。
それまで——みんな、無事でいなければならない。
私は——剣を握りしめた。
空虚の剣。
「……頼む」
小さく、呟いた。
「……みんなを、守らせてくれ」
剣は——答えなかった。
いつも通り、沈黙している。
でも——それでいい。
この剣と共に、私は戦う。
仲間を守るために。
私たちは——また階段を下り始めた。
320階層へ。
そして——その先へ。




