第96話 深層の戦い
311階層。
階段を下りると、そこは長い通路だった。
壁が両側から迫り、天井は低い。松明の光が、オレンジ色の影を揺らしている。空気が重く、息苦しい。この深さまで来ると、地上の空気とは明らかに違う。濃密で、何かが混ざっているような感覚がある。
「……進むぞ」
リオンが先頭を歩く。
私たちは、黙ってその後に続いた。六人の足音だけが、静寂の中に響いている。
通路は、どこまでも続いているように見えた。壁には古代文字が刻まれているが、読めない。ただ、何かを警告しているような気がした。
「……セリア」
エレナが後ろから声をかけてきた。
「大丈夫?」
「……ああ」
私は頷いた。
「……大丈夫だ」
「顔色、良くないわよ」
「……気にするな」
確かに——体調は、良くない。昨夜ほとんど眠れなかったせいだろう。夢の光景が、まだ頭に残っている。剣の墓場。宙に浮く五本の剣。あの映像が、頭から離れない。
「無理しないでね」
エレナが優しく言った。
「……ああ」
私は答えた。
エレナは——優しい。いつも、私を気遣ってくれる。仲間として、頼もしい存在だ。
でも——。
何かが、引っかかる。
何が、とは言えない。ただ——何かが、おかしい気がする。
「……」
考えるのをやめた。
今は——ただ、前へ進むだけだ。
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312階層。
通路が開けて、広間に出た。
円形の空間。天井が高く、柱が立ち並んでいる。
そして——中央に、何かがいた。
「……モンスターだ」
ゼノが剣を抜いた。
私たちも、構える。
モンスターは——巨大だった。
高さ5メートルはある。黒い鎧を纏い、大剣を持っている。目が赤く光っている。
「デスナイト」
リオンが呟いた。
「Sランクだ」
「……くそ」
ケインが舌打ちした。
「300階層超えて、すぐにSランクか」
デスナイトが、こちらを見た。
そして——動いた。
速い。
巨体からは想像できないほど、速い。
「散れ!」
リオンが叫んだ。
私たちは——それぞれ別方向へ跳んだ。
デスナイトの大剣が、床を砕いた。石が飛び散る。衝撃波が、空間を揺らす。
「……っ」
私は体勢を立て直した。
剣を構える。
デスナイトが、私を見た。
赤い目が、私を捉える。
そして——大剣を振り上げた。
私は——横に跳んだ。
大剣が、私がいた場所を通過する。風圧が、肌を切り裂く。
「セリア!」
リオンが叫んだ。
彼がデスナイトの背後に回り込む。剣を振るう。デスナイトの背中を狙う。
だが——。
デスナイトは振り返ることなく、大剣を後ろへ振った。
リオンの剣と、デスナイトの剣が激突する。
火花が散る。
金属の悲鳴が、空間に響く。
「……くそ!」
リオンが押し負けた。
吹き飛ばされる。
床を転がる。
「リオン!」
エレナが駆けた。
リオンの元へ。
「大丈夫!」
「……ああ」
リオンが立ち上がる。
「まだやれる」
その時——。
デスナイトが、エレナへ向かった。
大剣を振り下ろす。
「エレナ!」
ケインが叫んだ。
彼が飛び込む。
エレナを押し倒す。
大剣が、二人のすぐ脇を通過した。
床が砕ける。
「……ありがとう、ケイン」
「礼はいい。立て!」
二人が立ち上がる。
デスナイトが——また動いた。
今度は、ルナを狙う。
「……!」
ルナが剣を構えた。
だが——デスナイトの力は、圧倒的だ。
大剣が振り下ろされる。
ルナの剣で受け止める。
だが——。
ルナの体が、沈む。
床に膝をつく。
「ルナ!」
ゼノが駆けた。
デスナイトの脇腹に、剣を叩き込む。
だが——鎧が硬い。
刃が、弾かれる。
「……くそ!」
ゼノが舌打ちした。
デスナイトが、ゼノを見た。
大剣を横に薙ぐ。
ゼノが後ろへ跳ぶ。
刃が、ゼノの鼻先を掠める。
「……セリア!」
リオンが叫んだ。
「お前が弱点を狙え!」
「……!」
私は——剣を握りしめた。
そして——駆けた。
全力で。
デスナイトへ。
デスナイトが、私を見た。
大剣を振り上げる。
だが——私は止まらない。
デスナイトの懐へ飛び込む。
大剣が振り下ろされる。
私は——横へ転がった。
刃が、床を砕く。
私は——立ち上がった。
デスナイトの真下に。
そして——剣を突き上げた。
鎧の隙間を狙う。
首の部分。
刃が——入った。
深く。
デスナイトが、震えた。
そして——倒れた。
地響きを立てて。
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静寂。
私たちは——息を整えた。
全員、無事だった。
怪我はあるが、致命傷ではない。
「……やったな」
ゼノが笑った。
「Sランク、倒せた」
「……ああ」
リオンも頷いた。
「セリアの一撃が、決まった」
「……みんなのおかげだ」
私は言った。
「……一人じゃ、無理だった」
「当然だろ」
ケインが笑った。
「俺たちは、パーティだ」
エレナとルナも、微笑んでいた。
「……治療薬を使おう」
私は腰の袋から治療薬を取り出した。
残り——14本。
一本使う。
傷が、塞がっていく。
みんなも、治療薬を使った。
そして——。
「……行こう」
リオンが言った。
「次の階層へ」
私たちは——階段へ向かった。
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313階層。314階層。
階段を下り続ける。
デスナイトとの戦闘で、疲労が溜まっている。でも——まだ、進める。
「……セリア」
ゼノが私の隣に並んだ。
「さっきの戦い、すごかったな」
「……そうか」
「ああ。お前の動き、完璧だった」
「……」
私は——何も言わなかった。
確かに、デスナイトとの戦いで、私の体は最適な動きをした。考える前に、体が動いた。まるで——何度も戦ったことがあるように。
「お前、本当に記憶がないのか?」
ゼノが尋ねた。
「……ああ」
私は頷いた。
「……2年分の記憶がない」
「でも——体は、覚えてるんだな」
「……そうみたいだ」
「……不思議だな」
ゼノが呟いた。
「記憶がなくても、体は覚えてる」
「……ああ」
私は——自分の手を見た。
この手が、デスナイトを倒した。
考える前に、動いた。
「……」
何かが——引っかかった。
ゼノの言葉。
「記憶がなくても、体は覚えてる」
その言葉——。
どこかで、聞いたことがある気がした。
いつ、どこで。
「……セリア?」
ゼノが私を見た。
「大丈夫か?」
「……ああ」
私は頷いた。
「……大丈夫だ」
ゼノは——少し心配そうな顔をした。
だが、何も言わずに前を向いた。
私は——また歩き出した。
だが——心の中では、違和感が残っていた。
何かが——おかしい。
でも、それが何なのか、分からない。
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315階層。
また、広間に出た。
そこには——何もなかった。
モンスターも、台座も、何も。
「……ここで休むか」
リオンが提案した。
「少し、疲れた」
「……ああ」
みんなが頷いた。
私たちは——壁際に座った。
水を飲み、少し休む。
「……デスナイト、強かったな」
ケインが呟いた。
「Sランクは、やっぱり別格だ」
「……ああ」
リオンも頷いた。
「これから先、もっと強いモンスターが現れるだろう」
「……気を引き締めないとな」
ゼノが言った。
「……」
私は——黙って聞いていた。
みんなの会話。
自然な、会話。
でも——。
何かが——引っかかる。
「……セリア」
エレナが私を見た。
「どうしたの? ずっと黙ってるけど」
「……いや」
私は首を横に振った。
「……何でもない」
エレナは——微笑んだ。
「無理しないでね」
「……ああ」
私は答えた。
だが——心の中では、違和感が募っていた。
エレナの微笑み。
ゼノの言葉。
リオンの提案。
全てが——自然だ。
でも——何かが、おかしい。
何が、とは言えない。
ただ——何かが。
「……行くか」
リオンが立ち上がった。
「次の階層へ」
私たちも——立ち上がった。
そして——また階段を下り始めた。
一歩、また一歩。
深層へ。
私は——前を歩く仲間たちの背中を見つめた。
リオン。エレナ。ケイン。ルナ。ゼノ。
みんな、そこにいる。
確かに、そこに。
でも——。
心の奥底で、何かが囁いていた。
本当に、そうだろうか、と。
本当に——みんな、そこにいるのだろうか、と。
「……」
私は——その声を、無視した。
考えないようにした。
今は——ただ、前へ進むだけだ。
階段を下り続ける。
深層へ。
そして——真実へ。




