第94話 夢の欠片
夜。
私は、宿の部屋で横になっていた。
明日——深層へ向かう。301階層から先へ。リオンたちと共に。ゼノと共に。
久しぶりの、仲間との冒険。
一人ではない。
そう思うと——少しだけ、心が軽くなった。
窓の外には、星が瞬いている。静かな夜だった。街も、眠りについている。
私は——目を閉じた。
眠ろう。
明日に備えて。
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夢を見た。
暗闇の中に、私は立っていた。
足元は、黒い石。壁も天井も、黒い。どこかの階層だろうか。でも——見覚えがない。
「……ここは」
私は呟いた。
周囲を見回す。
そして——息を呑んだ。
剣だ。
無数の剣が、そこにあった。
床に突き刺さっている剣。壁に突き刺さっている剣。宙に浮いている剣。
何百本——いや、何千本もの剣が、この空間を埋め尽くしていた。
「……何だ、これは」
私は、ゆっくりと歩き出した。
剣の間を縫うように。
一本一本が、違う形をしている。大剣、細剣、曲刀、直刀。全てが、誰かの剣だったものだろう。
「……」
私は、一本の剣に近づいた。
大剣。
見覚えがある。
「……これは」
手を伸ばす。
柄に触れる。
冷たい。
そして——。
記憶が、流れ込んできた。
ゼノの顔。
ゼノの声。
ゼノの笑顔。
「……ゼノの剣」
私は呟いた。
なぜ——ゼノの剣が、ここに。
彼は、今宿にいるはずだ。
剣も、彼が持っているはずだ。
「……おかしい」
私は手を離した。
そして——また歩き出した。
別の剣が、目に入った。
細剣。
これも——見覚えがある。
「……エレナの」
私は呟いた。
なぜ——エレナの剣も、ここに。
さらに歩く。
長剣があった。
「……ケインの」
また歩く。
別の剣があった。
「……ルナの」
そして——。
大剣があった。
「……リオンの」
私は、その剣の前で立ち止まった。
リオンの剣。
彼が、いつも腰に下げていた剣。
なぜ——ここにある。
「……」
私は、周囲を見回した。
ゼノの剣。
エレナの剣。
ケインの剣。
ルナの剣。
リオンの剣。
全てが——ここにある。
「……これは」
私は呟いた。
「……何なんだ」
その時——。
剣が、動いた。
ゼノの大剣が、宙に浮き上がった。
ゆっくりと。
まるで——誰かに持ち上げられているように。
「……!」
私は一歩、後ずさった。
エレナの剣も、浮き上がった。
ケインの剣も。
ルナの剣も。
リオンの剣も。
五本の剣が、宙に浮いている。
そして——。
剣が、動き出した。
私の方へ。
ゆっくりと。
「……待て」
私は呟いた。
「……何なんだ、これは」
剣は——答えない。
ただ、近づいてくる。
五本の剣が、私の周りを取り囲むように浮いている。
まるで——。
まるで、仲間たちが私の周りにいるように。
「……」
私は——剣を見つめた。
ゼノの剣。
エレナの剣。
ケインの剣。
ルナの剣。
リオンの剣。
これは——。
これは、一体——。
「……まさか」
私は呟いた。
声が、震えた。
「……まさか、お前たちは」
剣は——何も答えない。
ただ、そこに浮いているだけ。
「……嘘だろ」
私は頭を振った。
「……嘘だ」
「……お前たちは、宿にいるはずだ」
「……リオンも、エレナも、ケインも、ルナも、ゼノも」
「……みんな、生きているはずだ」
だが——。
剣は、そこにあった。
五本の剣が、宙に浮いている。
「……嘘だ」
私は叫んだ。
「……嘘だ!」
その瞬間——。
剣が、光り始めた。
青白い光。
そして——。
剣から、声が聞こえた。
『——セリア——』
低く、力強い声。
リオンの声。
『——お前は、一人だ——』
「……!」
『——俺たちは、もういない——』
「……やめろ」
私は頭を押さえた。
「……やめてくれ」
『——俺たちは、剣になった——』
エレナの声が聞こえた。
『——みんな、死んだの——』
「……嘘だ」
『——300階層で——』
ケインの声。
『——俺たちは、別れた——』
「……」
『——お前は、一人で先へ行った——』
ルナの声。
『——そして——』
『——俺たちは、死んだ——』
ゼノの声が聞こえた。
『——260階層で——』
『——俺は、死んだ——』
「……やめろ!」
私は叫んだ。
「……やめてくれ!」
剣の光が、強くなった。
眩しい。
目を閉じる。
そして——。
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目が覚めた。
私は——ベッドの上で、汗まみれになっていた。
息が上がっている。心臓が、激しく打っている。
「……夢」
私は呟いた。
「……夢だったのか」
窓の外は、まだ暗い。
夜中だろう。
私は——ベッドから起き上がった。
体が、震えている。
「……落ち着け」
自分に言い聞かせる。
「……ただの夢だ」
でも——。
あの夢は、妙にリアルだった。
剣の墓場。
無数の剣。
そして——仲間たちの剣。
『——俺たちは、剣になった——』
その声が、頭から離れない。
「……」
私は、窓の外を見た。
星が、瞬いている。
静かな夜。
「……確かめよう」
私は呟いた。
部屋を出て、廊下を歩いた。
リオンたちの部屋へ。
扉の前に立つ。
ノックしようとして——手を止めた。
「……」
もし、中に誰もいなかったら。
もし、夢が本当だったら。
「……いや」
私は頭を振った。
「……そんなわけがない」
私は——扉をノックした。
コンコンと。
小さな音。
「……」
答えがない。
もう一度、ノックする。
「……リオン」
小さく、呼びかける。
「……いるか」
やはり、答えがない。
「……」
私は——扉を開けた。
ゆっくりと。
部屋の中は——暗かった。
月明かりが、窓から差し込んでいる。
ベッドが、四つある。
そこには——。
人が、寝ていた。
リオン、エレナ、ケイン、ルナ。
四人とも、静かに眠っている。
「……」
私は——安堵の息を吐いた。
いる。
ちゃんと、いる。
「……よかった」
私は呟いた。
扉を、静かに閉めた。
廊下に戻る。
今度は、ゼノの部屋へ。
扉の前に立つ。
ノックする。
「……ゼノ」
呼びかける。
答えがない。
扉を開ける。
部屋の中——。
ベッドに、ゼノが寝ていた。
いつも通りの、ゼノ。
「……」
私は、扉を閉めた。
自分の部屋へ戻る。
ベッドに座る。
「……夢だったんだ」
私は呟いた。
「……ただの、夢」
でも——。
あの夢の感触が、まだ残っている。
剣の冷たさ。
声の響き。
『——俺たちは、剣になった——』
「……」
私は、自分の剣を見た。
空虚の剣。
ベッドの脇に、立てかけてある。
「……お前は」
私は剣に問うた。
「……何を知っている」
剣は——答えない。
いつも通り、沈黙している。
「……」
私は——また横になった。
天井を見つめる。
白い天井。
「……大丈夫だ」
自分に言い聞かせる。
「……みんな、いる」
「……リオンも、エレナも、ケインも、ルナも、ゼノも」
「……みんな、生きている」
でも——。
心の奥底で、何かが囁いていた。
本当に、そうだろうか、と。
本当に——みんな、生きているのだろうか、と。
「……やめろ」
私は呟いた。
「……考えるな」
目を閉じる。
もう一度、眠ろう。
明日——みんなと、深層へ行く。
それだけを、考えよう。
私は——無理やり、目を閉じた。
だが——。
眠れなかった。
夢の光景が、頭から離れない。
剣の墓場。
無数の剣。
宙に浮く、五本の剣。
『——俺たちは、剣になった——』
その声が、何度も何度も、頭の中で響いていた。
窓の外——。
夜は、まだ明けなかった。




