第92話 再会
塔へ向かって歩いていると、前方に人影が見えた。
背が高く、がっしりとした体格。歩き方に、見覚えがある。
「……ゼノ?」
私は呟いた。
人影が、こちらを振り向いた。
「おお、セリア」
その声——間違いない。
ゼノだ。
「……ゼノ!」
私は駆け出した。
全力で。
ゼノの元へ。
「……無事だったのか!」
私は彼の前で立ち止まった。息が上がっている。心臓が激しく打っている。
「ああ、何とかな」
ゼノは笑った。いつもの、あの笑顔。疲れた様子もない。囁きに苦しんでいる様子もない。普通の——いつものゼノだった。
「……よかった」
私は安堵の息を吐いた。
「……探したんだ。ずっと」
「すまない、心配かけたな」
ゼノは頭を掻いた。
「260階層で床が崩れただろう。あの時、俺は下の階層に落ちた。かなり深くまで落ちて、気がついたら270階層あたりにいた」
「……そうか」
私は頷いた。
「……怪我は」
「少しな。でも、もう治った」
ゼノは肩を回して見せた。
「治療薬を使ったから、問題ない」
「……」
私は、腰に下げていたゼノの剣を見た。281階層で見つけた、あの剣。彼の剣だと思っていた。でも——ゼノは、ここにいる。生きている。
「……これ」
私は剣を外した。
「……お前の剣、落ちてた」
「おお、それか」
ゼノは剣を受け取った。
「ありがとう。探してたんだ」
「……落としたのか」
「ああ、Sランクのモンスターと戦った時にな」
ゼノは剣を腰に下げた。
「デーモンって奴だ。めちゃくちゃ強くてな。死にかけた」
「……!」
「剣を落として、必死で逃げた。で、逃げてる途中で——」
ゼノは後ろを指差した。
「——あいつらに助けてもらったんだ」
私は——その方向を見た。
そこには——四人の人影があった。
一人は、黒髪の男。顔に傷がある。左頬から顎にかけて、深い傷跡。筋骨隆々で、剣を腰に下げている。
一人は、金髪の女性。細身の剣を腰に下げている。優しそうな顔立ちだ。
一人は、茶色の髪の男。細身で、長剣を腰に下げている。軽やかな身のこなしをしている。
一人は、銀髪の女性。剣を腰に下げているが、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。
「……」
私は、彼らを見つめた。
見覚えがある。
どこかで——見たことがある。
「セリア」
黒髪の男が、私の名前を呼んだ。
低く、力強い声。
「……久しぶりだな」
「……あなたは」
私は呟いた。
「……誰」
男は——少し寂しそうに笑った。
「忘れたか。俺だ、リオン」
「……リオン」
その名前——。
記憶の中にある。
100階層で思い出した、あの名前。
「俺たちがいる。一人じゃない」
そう言ってくれた、リオン。
110階層で聞いた、あの声。
「お前の剣は特別だ。空虚の剣。だから——自由だ」
「……リオン」
私は、もう一度名前を呼んだ。
「……本当に、リオンなのか」
「ああ」
リオンは頷いた。
「お前の仲間だ。覚えてないのか?」
「……」
私は——何も言えなかった。
記憶が、ない。
リオンの名前は覚えている。顔も、声も、記憶の中にある。でも、彼との思い出は——ほとんど覚えていない。
「セリア」
金髪の女性が、一歩前に出た。
「私よ、エレナ」
「……エレナ」
その名前も——どこかで聞いたことがある気がする。
「覚えてない?私たち、ずっと一緒に冒険してたのよ」
エレナは微笑んだ。
「200階層まで。一緒に」
「……200階層」
私は呟いた。
記憶の中では——300階層まで一緒だったはずだ。でも、エレナは200階層と言った。
「俺はケイン」
茶色の髪の男が言った。
「お前のこと、ずっと心配してたんだぜ」
「……ケイン」
「私はルナ」
銀髪の女性が、静かに言った。
「久しぶり、セリア」
「……ルナ」
四人の名前。
リオン、エレナ、ケイン、ルナ。
全て——記憶の中にある名前。
私の、仲間。
「……本当に」
私は呟いた。
「……本当に、あなたたちなのか」
「ああ」
リオンが頷いた。
「俺たちだ」
「……」
私は——彼らを見つめた。
リオンの顔の傷。エレナの金髪。ケインの細身の体。ルナの銀髪。全て——記憶の中にある。
でも——何かが、おかしい。
何かが——引っかかる。
でも、それが何なのか、分からない。
「……」
私は、自分の頭を押さえた。
何かが——おかしい。
でも、何がおかしいのか、分からない。
「セリア、大丈夫か?」
ゼノが心配そうに私を見た。
「……ああ」
私は頷いた。
「……大丈夫だ」
「お前、顔色悪いぞ」
「……」
確かに——体調は、良くない。いや、最悪だ。何日も食事をしていない。水もほとんど飲んでいない。ただ、階層を下り続けていた。
「少し休んだ方がいい」
リオンが言った。
「この街には、宿がある。そこで休め」
「……街」
私は周囲を見回した。
そうだ——ここは、街だった。300階層の中にある、不思議な街。
「……ここは、何なんだ」
私は呟いた。
「……300階層に、なぜ街が」
「詳しいことは、俺たちも分からない」
ケインが言った。
「でも、ここには人が住んでる。普通に生活してる」
「……」
おかしい。
絶対に、おかしい。
ダンジョンの中に、街があるわけがない。人が住んでいるわけがない。
でも——目の前には、確かに街がある。人々が歩いている。子供たちが笑っている。
「……とりあえず、休もう」
エレナが私の肩に手を置いた。
「話は、それからよ」
「……ああ」
私は頷いた。
確かに——今は、休むべきだ。このままでは、本当に倒れてしまう。
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宿へ案内された。
石造りの建物で、二階建て。一階は食堂になっていて、二階に部屋がある。
「ここで休んでくれ」
リオンが、部屋の扉を開けた。
中には、ベッドと机と椅子があった。窓からは、街の景色が見える。普通の——どこにでもある宿の部屋だった。
「……ありがとう」
私は部屋に入った。
「ゆっくり休め。下で待ってる」
リオンは、そう言って扉を閉めた。
私は——ベッドに倒れ込んだ。
柔らかい。
久しぶりに感じる、柔らかさ。
「……」
私は、天井を見つめた。
白い天井。
普通の、天井。
でも——何かが、おかしい。
ゼノは、生きていた。
仲間たちは、ここにいた。
街が、ここにあった。
全て——おかしい。
でも——何が、どうおかしいのか。
「……分からない」
私は呟いた。
頭が、痛い。
考えようとすると、頭が痛くなる。
「……もう、いいや」
私は目を閉じた。
考えるのを、やめた。
ゼノは、生きている。
それだけで、いい。
仲間たちも、ここにいる。
それだけで、いい。
もう——何も考えたくない。
ただ——休みたい。
私は——そのまま、眠りに落ちた。
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どれくらい眠ったのだろうか。
目が覚めると、窓の外は暗くなっていた。
夜、なのだろう。
私は——ベッドから起き上がった。
体が、少し楽になっている。
部屋を出て、階下へ降りた。
食堂には——ゼノと、四人の仲間がいた。
「おお、起きたか」
ゼノが私を見て笑った。
「よく眠ってたぞ。丸一日くらい」
「……そうか」
私は椅子に座った。
「食事、持ってくるわ」
エレナが立ち上がった。
しばらくして、温かいスープとパンが運ばれてきた。
「……ありがとう」
私は、スープを口に運んだ。
温かい。
体に、染み渡る。
久しぶりの、まともな食事だった。
「セリア」
リオンが口を開いた。
「お前、記憶を失ってるんだろう」
「……ああ」
私は頷いた。
「……2年分の記憶がない」
「そうか」
リオンは腕を組んだ。
「なら、話そう。俺たちのこと。お前のこと」
「……」
私は、スープを飲みながら彼の話を聞いた。
「俺たちは、200階層で出会った」
リオンが語り始めた。
「お前は一人で深層を潜っていた。俺たちは四人パーティだった。お前が強いのを見て、一緒に潜らないかと誘った」
「……」
「お前は、最初断った。でも——俺たちが何度も誘って、最終的に一緒に潜ることになった」
リオンは笑った。
「それから、300階層まで一緒に行った」
「……300階層」
私は呟いた。
やはり——300階層まで、一緒だったのだ。
「でも、300階層で——」
リオンの表情が、曇った。
「——俺たちは、別れた」
「……なぜ」
「理由は——分からない」
リオンは首を横に振った。
「お前が、一人で先へ行くと言った。俺たちは、引き留めた。でも——お前は、行ってしまった」
「……」
「それから——お前は、500階層まで行ったらしい」
リオンは私を見た。
「でも、記憶を失って戻ってきた」
「……そうか」
私は、スープの椀を置いた。
300階層で別れた。
そして——私は一人で500階層へ。
でも——記憶がない。
「……なぜ、記憶を失ったんだろう」
私は呟いた。
「……分からない」
ルナが静かに言った。
「でも——何か、あったのかもしれない」
「……」
私は、自分の剣を見下ろした。
空虚の剣。
この剣が——何か、知っているのかもしれない。
でも——剣は、何も語らない。
いつも通り、沈黙している。
「まあ、今は休め」
ゼノが言った。
「無理するな」
「……ああ」
私は頷いた。
確かに——今は、休むべきだ。
でも——心の奥底で、何かが引っかかっていた。
何かが——間違っている。
この街。
この再会。
全てが——。
おかしい。




