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第87話 剣の墓標



251階層。


階段を下りると、そこは狭い通路だった。


壁が両側から迫り、天井も低い。松明の光が、壁を照らしている。


「……狭いな」


ゼノが呟いた。


「こういう場所は、戦いにくい」


「……ああ」


私も頷いた。


モンスターが現れたら、大剣は振りにくい。私の剣も、十分に動かせない。


通路を進む。


足音が、静寂の中に響く。


そして——。


前方に、影が動いた。


「……!」


私は剣を抜いた。


影が、こちらへ向かってくる。


ミノタウロス。Aランク。


巨体が、通路を塞いでいる。


「くそ——」


ゼノが舌打ちした。


「この狭さで、あれと戦うのか」


ミノタウロスが、大斧を振り上げた。


私は前に出た。


剣を構える。


ミノタウロスの斧が、振り下ろされる。


私は横に跳んだ。


斧が、床を砕いた。


その隙に——。


私は斬りかかった。


ミノタウロスの脇腹に、剣を突き立てる。


「……っ」


だが、浅い。


硬い皮膚が、刃を弾く。


ミノタウロスが吠えた。


尾が、私を薙ぎ払おうとする。


私は後ろに跳んだ。


「セリア!」


ゼノが前に出た。


大剣を振るう。


ミノタウロスの首を狙う。


だが——狭い通路では、大剣は扱いにくい。


剣が壁に当たった。


「くそ——」


ゼノが体勢を崩す。


ミノタウロスの斧が、ゼノに迫る。


「ゼノ!」


私は駆けた。


全力で。


ゼノの前に割り込む。


剣で、斧を受け止める。


金属同士が激突する。


火花が散る。


「……っ」


力が、強い。


腕が痺れる。


だが——。


「……負けない」


私は力を込めた。


斧を押し返す。


ミノタウロスがバランスを崩した。


その隙に——。


私は剣を振るった。


ミノタウロスの首に、剣を叩き込む。


深く。


ミノタウロスが倒れた。


静寂。


「……ありがとう、セリア」


ゼノが息を整えながら言った。


「助かった」


「……気にするな」


私は剣を鞘に戻した。


「仲間だろう」


ゼノは、小さく笑った。


だが——その笑みは、どこか疲れていた。


-----


252階層。253階層。


階段を下り続ける。


モンスターは、時々現れた。


黒い鎧の騎士。ワイバーン。


全てAランク。


戦闘は——いつもより厳しかった。


ゼノの動きが、鈍い。


囁きに、苦しめられているのだろう。


「……休むか」


私が提案すると、ゼノは首を横に振った。


「いや、まだ大丈夫だ」


「でも——」


「大丈夫だと言っている」


ゼノの声が、少し強くなった。


私は黙った。


これ以上、言っても仕方ない。


ゼノは——自分の限界を、自分で決める。


-----


253階層。


広い空間だった。


天井が高く、柱が立ち並んでいる。


そして——。


中央に、何かが転がっていた。


「……あれは」


ゼノが立ち止まった。


私も、それを見た。


剣だ。


4本の剣が、床に転がっている。


「……」


私たちは、ゆっくりと近づいた。


剣は——どれも立派なものだった。


Aランク、Bランク。冒険者たちの剣。


だが——持ち主の姿はない。


死体も、ない。


ただ、剣だけが残されている。


「……これは」


ゼノが呟いた。


「誰かが、ここで——」


その時だった。


4本の剣のうち、1本が光った。


赤い光。


不吉な光。


「……!」


私は一歩、後ずさった。


剣が、脈動している。


まるで、生きているような。


「……セリア」


ゼノの声が震えていた。


「これは——」


「……ああ」


私は頷いた。


「冒険者が、ここで死んだ」


「4人」


「……そして、剣だけが残った」


ゼノは、剣を見つめていた。


その目には——恐怖が浮かんでいた。


「……これが」


ゼノが呟いた。


「俺の、未来か」


「……」


私は何も言えなかった。


確かに——これは、ゼノの未来かもしれない。


囁きに飲み込まれ、深層で死ぬ。


そして、剣だけが残る。


「……行こう」


私は言った。


「ここに、いても仕方ない」


ゼノは——しばらく剣を見つめていた。


そして、顔を上げた。


「……ああ」


声が、掠れていた。


-----


254階層。


階段を下りると、また通路だった。


壁には、古代文字が刻まれている。


だが——その中に、違う文字があった。


「……何だ、これは」


ゼノが立ち止まった。


壁に、何かが刻まれている。


古代文字ではない。


普通の文字。


人が、刻んだ文字。


私は近づいて、読んだ。


『もう、戻れない』


『剣が、止まらない』


『誰か、助けてくれ』


そして——日付。


数十年前の日付。


「……」


私は黙っていた。


これは——ここで死んだ冒険者が、残した言葉。


最後の、言葉。


「……セリア」


ゼノが私の肩に手を置いた。


「行こう」


「……ああ」


私は頷いた。


だが——足が、動かなかった。


この言葉が、頭から離れない。


『もう、戻れない』


『剣が、止まらない』


ゼノも——いずれ、こうなるのか。


囁きに飲み込まれ、深層で死ぬのか。


「……セリア」


ゼノがもう一度、声をかけた。


「大丈夫か」


「……ああ」


私は歩き出した。


だが——心の中では、不安が募っていた。


-----


255階層。


階段を下りると、そこは広間だった。


転移装置がある。


「……ここまでにするか」


ゼノが提案した。


「……ああ」


私も頷いた。


確かに、今日はもう十分だ。


体も疲れている。


そして——心も、疲れている。


転移石を使う。


光が、私たちを包む。


-----


地上。


夕暮れだった。


オレンジ色の空が、街を照らしている。


「……また明日」


ゼノがそう言って、別れようとした。


「……待て」


私は彼を呼び止めた。


「……何だ」


「……今日、一緒に食事をしないか」


私は言った。


「二人で」


ゼノは——少し驚いた顔をした。


そして、小さく笑った。


「……ああ。いいな」


-----


食堂。


私たちは、窓際の席に座った。


料理を注文し、運ばれてくるのを待つ。


沈黙。


「……セリア」


ゼノが口を開いた。


「さっきの剣——怖かったか」


「……ああ」


私は正直に答えた。


「怖かった」


「……そうか」


ゼノは窓の外を見た。


「俺も、怖かった」


「……」


「あれが、俺の未来だと思うと——」


ゼノの声が、震えた。


「……セリア」


彼は私を見た。


「もし——俺が、本当にダメになったら」


「……」


「お前は、俺を置いて先に進んでくれ」


「何を言っている」


私は強く言った。


「お前を、置いていくわけがない」


「でも——」


「でも、何もない」


私はゼノを見た。


「お前は、私の仲間だ」


「何があっても、一緒に行く」


ゼノは——少しの間、黙っていた。


そして、目を伏せた。


「……ありがとう」


小さく、呟いた。


料理が運ばれてきた。


温かいスープ。焼きたてのパン。


私たちは、黙って食べた。


だが——その沈黙は、重かった。


253階層で見た、4本の剣。


254階層で見た、壁の文字。


それが、頭から離れない。


「……セリア」


ゼノがもう一度、口を開いた。


「もし——俺が、いなくなっても」


「……」


「お前は、前に進んでくれ」


「答えを、見つけてくれ」


「……やめろ」


私は言った。


「そんな話は、したくない」


「でも——」


「お前は、いなくならない」


私は強く言った。


「私が、守る」


ゼノは——少し笑った。


悲しそうな、笑みだった。


「……ありがとう」


-----


その夜。


私は宿の部屋で、一人考えていた。


ゼノを、どうやって守るのか。


囁きから、どうやって救うのか。


答えは、まだ分からない。


300階層に、何かがあるという。


だが——そこまで、ゼノは持つのか。


窓の外に、星が瞬いている。


深淵の奥底では、今も何かが蠢いている。


そして——ゼノは、囁きに苦しめられている。


私は——。


剣を見つめた。


空虚の剣。


「……頼む」


私は剣に囁いた。


「ゼノを、助けてくれ」


だが——。


剣は、いつも通り沈黙していた。

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