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第81話 限界



ゼノは目を覚ました。


宿の部屋。暗闇。窓の外には、星が瞬いている。


時計を見る。午前三時。


また、数時間しか眠れなかった。


「……」


ゼノは身体を起こした。全身が重い。頭が痛い。目が霞む。


そして——。


『起きたか』


剣の声が聞こえた。


「……」


ゼノは答えなかった。無視しようとする。


だが、声は止まらない。


『今日も、セリアの剣に頼るのか』


『情けないな』


「……黙れ」


『自分の力で、囁きに耐えられないのか』


『弱いな、お前は』


ゼノは拳を握った。


確かに、弱い。


昨日、セリアの剣が囁きを止めてくれた。


あの静寂。あの安らぎ。


初めて、心が休まった。


だが——それは一時的なものだった。


セリアが剣を鞘に戻せば、囁きは戻ってくる。


何も変わらない。


『お前は、俺に頼るしかない』


剣が囁いた。


『セリアの剣は、一時しのぎだ』


『根本的な解決にはならない』


『でも——』


『俺に身を任せれば』


『永遠に、囁きは止まる』


「……嘘だ」


ゼノは呟いた。


「お前に身を任せても——」


「俺は、俺じゃなくなる」


『それで、いいじゃないか』


剣が答えた。


『自分を失えば、苦しみもなくなる』


『楽になれる』


「……いやだ」


ゼノは首を横に振った。


「俺は、俺でいたい」


『いつまで、そう言えるかな』


剣が笑った。


冷たい笑い声。


-----


翌朝。


セリアと合流した。


「……おはよう」


「……おはよう」


ゼノは笑顔を作ろうとした。だが、できなかった。


疲労が、顔に出ている。


「……眠れたか」


セリアが問うた。


「……少し」


嘘だった。


ほとんど眠れていない。


「……そうか」


セリアは——何かを察したようだった。


だが、何も言わなかった。


「行くぞ」


「……ああ」


二人はアビスへ向かった。


-----


233階層。


戦闘が始まった。


キメラ。Aランク。三つの頭を持つ獣。


セリアは剣を抜いた。空虚の剣。


光が放たれる。


ゼノの囁きが止まった。


「……!」


ゼノは息を吐いた。安堵の息。


静寂。久しぶりの静寂。


「……行くぞ」


セリアが言った。


「……ああ」


ゼノは剣を構えた。


二人はキメラに向かった。


-----


戦闘は——いつもより楽だった。


ゼノの動きが、戻っていた。


囁きがない分、集中できる。反応も速い。


連携も完璧だった。


セリアが獅子の頭を引きつける。ゼノが山羊の頭を斬る。


セリアが蛇の尾を斬り落とす。ゼノが止めを刺す。


キメラが倒れた。


「……やった」


ゼノは息を整えた。


「久しぶりだ」


「こんなに、スムーズに戦えたのは」


「……ああ」


セリアも頷いた。


「お前の動き、戻っている」


「……お前の剣のおかげだ」


ゼノはセリアの剣を見た。


「ありがとう」


「……礼はいい」


セリアは剣を鞘に戻した。


その瞬間——。


ゼノが顔を歪めた。


囁きが戻ってきた。


『よくやった』


剣の声。皮肉な声。


『セリアの剣に頼って、勝ったな』


『自分の力じゃない』


『情けない』


ゼノは——歯を食いしばった。


「……大丈夫か」


セリアが問うた。


「……ああ」


ゼノは答えた。


「大丈夫だ」


だが、顔色は悪くなっていた。


-----


234階層、235階層。


戦闘が続いた。


セリアは剣を抜き続けた。ゼノの囁きを止めるために。


だが——。


セリアの疲労が、限界に近づいていた。


剣を抜き続けることは、想像以上に疲れる。腕が痺れる。肩が痛い。


「……セリア」


ゼノが気づいた。


「もう、無理だろう」


「……まだ、行ける」


「無理するな」


ゼノは立ち止まった。


「お前が倒れたら——」


「倒れない」


セリアは強く言った。


「お前を、助けたい」


「……」


「だから——」


「もう少し、続ける」


ゼノは——何も言えなかった。


セリアの決意が、固いから。


-----


だが——。


236階層で。


モンスターが現れた。ミノタウロス。Aランク。


戦闘が始まる。


セリアは剣を振るった。だが——。


腕が動かない。


疲労で、力が入らない。


「……!」


ミノタウロスの戦斧が、セリアに迫る。


避けられない。


「セリア!」


ゼノが割って込んだ。


大剣でミノタウロスの戦斧を受ける。


金属と金属が激突する。火花が散る。


だが、ゼノの力は——弱かった。


囁きに苦しめられ、疲弊している。


ミノタウロスの力に、押し負ける。


「……くそ!」


ゼノは吹き飛ばされた。床に叩きつけられる。


「ゼノ!」


セリアが叫んだ。


ミノタウロスが、ゼノに迫る。


戦斧を振り上げる。


止めを刺すつもりだ。


「……させない!」


セリアは走った。全力で。


ミノタウロスの背後に回る。剣を突き刺す。


ミノタウロスの首に。


深く。


ミノタウロスが動きを止めた。


そして——倒れた。


静寂。


セリアは膝をついた。息が上がっている。全身が震えている。


「……セリア」


ゼノが駆け寄ってきた。


「大丈夫か」


「……ああ」


セリアは治療薬を飲んだ。


傷はない。だが、疲労は消えない。


「……もう、無理だ」


ゼノが言った。


「地上へ戻ろう」


「……いや」


「セリア」


ゼノは真剣な顔で言った。


「お前、限界だ」


「このままでは——」


「まだ、行ける」


セリアは立ち上がろうとした。


だが——。


足が震える。立てない。


「……くそ」


セリアは呟いた。


「……情けない」


「情けなくない」


ゼノはセリアの肩を支えた。


「お前は、十分頑張った」


「……」


「俺のために——」


ゼノの声が震えた。


「ありがとう」


セリアは——何も言えなかった。


ただ、ゼノの肩に寄りかかっていた。


-----


地上へ戻った。


医療室。


セリアはベッドに横たわっていた。


治療師が診察を終え、言った。


「過労です。三日は休んでください」


「……」


セリアは何も答えなかった。


治療師が部屋を出ていく。


ゼノが椅子に座っていた。


「……すまない」


ゼノが呟いた。


「俺のせいで——」


「違う」


セリアは答えた。


「俺が、勝手にやったことだ」


「……」


「謝るな」


セリアはゼノを見た。


「お前を、助けたかった」


「それだけだ」


ゼノは——涙を流した。


声を出さずに。


「……ありがとう」


小さく呟いた。


-----


その夜。


ゼノは一人、宿の部屋にいた。


剣を見つめている。


『セリアは倒れた』


剣の声が聞こえた。


『お前のせいで』


「……」


『お前が、弱いから』


『お前が、俺に頼らないから』


「……黙れ」


『セリアは、お前を助けようとした』


『でも、無駄だった』


『お前は、救えない』


『誰も、お前を救えない』


『だから——』


『諦めろ』


『俺に、身を任せろ』


ゼノは——。


限界だった。


もう、耐えられない。


セリアまで倒してしまった。


これ以上、誰かを巻き込むわけにはいかない。


「……もし」


ゼノは呟いた。


「もし、お前に身を任せたら——」


「セリアは、巻き込まれないか」


『巻き込まれない』


剣が即答した。


『お前が一人で深層へ行けば』


『セリアは、安全だ』


「……」


『それが、セリアを守る方法だ』


『分かるだろう?』


ゼノは——考えた。


確かに。


自分が一人で深層へ行けば——。


セリアは、巻き込まれない。


セリアは、安全だ。


「……でも」


ゼノは呟いた。


「それは——」


「逃げることだ」


『逃げてもいいじゃないか』


剣が優しく囁いた。


『お前は、十分戦った』


『もう、休んでいい』


『俺に、全てを任せろ』


ゼノは——。


涙を流していた。


「……助けてくれ」


小さく呟いた。


「誰か——」


だが。


誰も答えなかった。


ゼノは——一人だった。


剣と共に。


-----


翌朝。


セリアが目を覚ますと——。


ゼノの姿がなかった。


宿に行っても、いない。


アビスに行っても、いない。


「……まさか」


セリアは転移装置のある地下ホールへ駆け込んだ。


職員に問う。


「ゼノを見なかったか」


「ああ、見ましたよ」


職員が答えた。


「一時間前、深層へ転移されました」


「……どこへ」


「236階層です」


セリアは——息を呑んだ。


「……一人で?」


「はい」


セリアは——転移装置に駆け寄った。


「236階層へ!」


「でも、セリアさんは休養を——」


「いい! 今すぐ転移させろ!」


職員は躊躇したが——セリアの目を見て、頷いた。


装置を操作する。


光がセリアを包み込む。


-----


236階層。


セリアは転移装置から降りた。


周囲を見回す。


「……ゼノ!」


叫ぶ。


だが、答えはない。


セリアは走った。


次の階層へ。その次へ。


「ゼノ!」


「どこだ!」


叫び続ける。


だが——。


ゼノの姿は、どこにもなかった。

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