第80話 古代遺跡
三日が経過した。
ゼノの傷は完全に治った。治療薬の効果で、肋骨も元通りになった。
だが——。
「……行けるのか」
セリアは宿の前で、ゼノを見つめていた。
「……ああ」
ゼノは頷いた。
だが、その顔色は相変わらず悪かった。目の下の隈は深く、頬はこけたまま。この三日間、ほとんど眠れていないのだろう。
「無理はするな」
「……分かっている」
ゼノは剣を背負った。大剣。Bランク。
セリアは——その剣を見た。
あの剣が、ゼノを苦しめている。
だが、ゼノは手放せない。
「……行くぞ」
二人はアビスへ向かった。
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転移装置。
228階層へ。
光が二人を包み込む。次の瞬間、石造りの広間に立っていた。
「……」
セリアはゼノを見た。
彼は額に手を当てている。苦しそうな顔。
「……大丈夫か」
「……ああ」
ゼノは手を下ろした。
「少し、目眩がしただけだ」
「……」
セリアは何も言わなかった。だが、心配は消えない。
「行くぞ」
ゼノは前を向いた。
セリアも従った。
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229階層への階段を下りる。
静寂。足音だけが響く。
だが——。
ゼノの足音が、不規則だった。
時々、つまずく。壁に手をつく。
「……ゼノ」
「大丈夫だ」
ゼノは即答した。
「心配するな」
「……」
セリアは——決めた。
このままでは、ゼノが壊れる。
何か、手を打たなければ。
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229階層。
広大な空間。だが、今までと違う。
そこには——遺跡があった。
石造りの建物。古代の建物。壁には文字が刻まれている。古代文字。読めない。
「……これは」
ゼノが呟いた。
「古代遺跡か」
「……見たことがない」
セリアも答えた。
「2年前には、なかった」
「階層が変わったんだな」
二人は遺跡に近づいた。
入口がある。大きなアーチ型の入口。
「……入るか」
「……ああ」
二人は遺跡に入った。
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遺跡の内部。
広い空間。天井は高く、柱が並んでいる。床には模様が描かれている。幾何学的な模様。
そして——中央に、石板があった。
黒い石板。表面には古代文字が刻まれている。
「……これは」
セリアは石板に近づいた。
文字を読もうとする。だが、読めない。
「……読めないな」
ゼノも石板を見た。
「古代文字だ。解読には専門家が必要だ」
「……」
セリアは石板を見つめた。
何かが書かれている。重要な何かが。
「……持って帰るか」
「重すぎる」
ゼノが答えた。
「この大きさでは、運べない」
確かに。石板は縦2メートル、横1メートルほどある。
「……写すか」
「それがいい」
セリアは紙と炭を取り出した。石板の表面を写し取る。
時間がかかる。だが、丁寧に。
やがて——。
「……!」
ゼノが声を上げた。
セリアは振り返った。
ゼノが膝をついていた。頭を抱えている。
「……ゼノ!」
セリアは駆け寄った。
「大丈夫か」
「……囁きが」
ゼノは呻いた。
「激しい」
「……」
「さっきから、止まらない」
ゼノの声が震えている。
「『もっと深く』『セリアを置いていけ』『一人で行け』」
「何度も、何度も」
「……くそ」
セリアは拳を握った。
「何か、できることは——」
その時。
セリアの剣が——光った。
わずかに。淡い光。
「……?」
セリアは剣を見た。
空虚の剣。漆黒の刃。
だが、今——光っている。
「セリア……?」
ゼノもそれに気づいた。
「お前の剣が——」
セリアは剣を抜いた。
光が強くなる。そして——。
ゼノの剣も、光り始めた。
大剣。Bランク。それが、淡い光を放っている。
「……何だ、これは」
ゼノが呟いた。
だが——。
「……囁きが」
ゼノの目が見開かれた。
「止まった」
「……何?」
「囁きが、止まった」
ゼノは信じられないという顔をした。
「本当に、止まった」
セリアは——自分の剣を見た。
空虚の剣。光を放つ剣。
なぜ、光っているのか。
なぜ、ゼノの囁きが止まったのか。
「……共鳴、しているのか」
セリアは呟いた。
「お前の剣と、俺の剣が」
「……分からない」
ゼノも剣を見た。
「でも——」
「確かに、止まっている」
ゼノの顔に、安堵の色が浮かんだ。
「初めてだ」
「こんなに、静かなのは」
「……」
セリアは剣を握りしめた。
なぜ、こんなことが起きるのか。
空虚の剣。何も宿っていない剣。
だが——。
何か、特別な力があるのか。
「……ゼノ」
セリアは問うた。
「どれくらい、持続する」
「……分からない」
ゼノは首を横に振った。
「でも——」
「今は、楽だ」
「頭が、軽い」
ゼノは立ち上がった。
顔色が、少しだけ良くなっている。
「……続けるか」
「……ああ」
セリアは剣を鞘に戻した。
その瞬間——。
光が消えた。
そして——。
「……!」
ゼノが顔を歪めた。
「また、始まった」
「囁きが——」
「……!」
セリアは再び剣を抜いた。
光が戻る。
ゼノの囁きが、また止まった。
「……そうか」
セリアは理解した。
「剣を抜いている間だけ、か」
「……そうらしい」
ゼノは苦笑した。
「お前、ずっと剣を抜いているわけにはいかないだろう」
「……」
確かに。
ずっと剣を抜いていることはできない。
戦闘の時は問題ない。だが、休息の時は——。
「……少しでも、楽になるなら」
セリアは言った。
「俺は、剣を抜いていよう」
「……セリア」
「いいんだ」
セリアは剣を見た。
「お前を、助けたい」
「……」
ゼノは——涙を流しそうになった。
だが、堪えた。
「……ありがとう」
小さく呟いた。
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230階層、231階層。
セリアは剣を抜いたまま進んだ。
ゼノの囁きは、止まっている。
彼の顔色も、少しずつ良くなっている。
だが——。
セリア自身が、疲れ始めていた。
剣を抜き続けることは、想像以上に疲れる。
腕が重い。肩が痛い。
「……セリア」
ゼノが気づいた。
「無理するな」
「……大丈夫だ」
セリアは答えた。
だが、声には疲労が滲んでいた。
「剣を鞘に戻せ」
「……いや」
「セリア」
ゼノは立ち止まった。
「お前が倒れたら、意味がない」
「……」
「俺は——」
ゼノは剣を見た。
「俺は、囁きに耐える」
「お前が休めるまで」
「……ゼノ」
「いいんだ」
ゼノは微笑んだ。
「お前が、助けてくれた」
「少しの間だけでも、静寂を味わえた」
「それだけで——」
「十分だ」
セリアは——剣を鞘に戻した。
光が消える。
ゼノが顔を歪めた。囁きが戻ってきた。
だが——。
「……大丈夫だ」
ゼノは歯を食いしばった。
「耐えられる」
「……」
「さっきの静寂を思い出せば——」
「耐えられる」
セリアは——何も言えなかった。
ただ、ゼノの強さに——感銘を受けていた。
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232階層。
転移装置があった。
「……少し休むか」
セリアが提案した。
「……ああ」
二人は転移装置の近くに座った。
セリアは治療薬を飲んだ。ゼノも飲んだ。
沈黙。
やがて、ゼノが口を開いた。
「……セリア」
「何だ」
「お前の剣——」
ゼノはセリアの剣を見た。
「空虚の剣、だったよな」
「……ああ」
「なぜ、光ったんだ」
「……分からない」
セリアは正直に答えた。
「俺にも、分からない」
「……」
「だが——」
セリアは剣を見た。
「この剣には、何かがある」
「何も宿っていないはずなのに——」
「何か、特別な力がある」
「……そうか」
ゼノは考え込んだ。
「共鳴、か」
「お前の剣と、俺の剣が」
「でも、なぜ——」
答えは、出なかった。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
セリアの剣には——。
何か、秘密がある。
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その夜。
宿に戻った後。
セリアは一人、部屋で剣を見つめていた。
空虚の剣。漆黒の刃。
「……お前は、何なんだ」
セリアは呟いた。
「なぜ、囁かない」
「なぜ、ゼノの囁きを止められる」
「なぜ——」
答えは、ない。
剣は、沈黙している。
いつも通り。
だが——。
セリアは感じていた。
この剣には、何かがある。
大きな、大きな秘密が。
「……いつか」
セリアは呟いた。
「いつか、お前の秘密を知る」
「必ず」
剣は——何も答えなかった。
ただ、静かに——。
セリアの手の中にあった。




