第49話 共同戦線
朝。
焚き火が、灰になりかけていた。
私は、ほとんど眠れなかった。目を閉じても、意識は研ぎ澄まされたままだった。ダリウスの動きを、気配を、呼吸を——全て感じ取りながら。
彼は、夜中に何度も呟いていた。
「深く……もっと……深く……」
掠れた声。まるで、夢の中で誰かと会話しているかのように。剣を抱きしめるように握りしめて、身体を丸めて。
エミリアが、何度も目を覚ましてダリウスを見ていた。手を伸ばしかけて——やめる。触れることが、恐ろしいのだろう。
トーマスとレオンも、安眠できていない様子だった。時々目を開けて、リーダーを確認して、また目を閉じる。
ゼノだけが、深く眠っていた。彼は疲れている。記憶が薄れていくことへの疲労。剣の囁きと戦う疲労。それでも、彼は眠ることができる。
私には、それができなかった。
「……大丈夫か?」
ゼノが目を覚まして、私に声をかけた。彼の声は低く、他の者を起こさないように配慮されている。
「……わからない」
私は、いつもの答えを返した。
ゼノが、ダリウスを見た。彼の目に、理解と懸念が浮かぶ。
「……気をつけろ」
それだけ言って、彼は立ち上がった。
太陽はない。ここには昼も夜もない。だが、私たちの体内時計が「朝」を告げていた。
ダリウスが目を覚ました。その目は——虚ろだった。数秒間、焦点が合わない。それから、ゆっくりと周囲を見渡して——正気を取り戻す。
「……行くぞ」
彼の声が、掠れていた。
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165階層の奥へ。
通路が、徐々に広がっていく。天井が高くなり、壁の文様が複雑になる。空気が重い。湿度が高い。呼吸するたびに、肺に重さを感じる。
6人の足音が、規則的に響く。
ダリウスが先頭。その後ろにゼノ。私は左側面。エミリアが右側面。トーマスとレオンが後方。
陣形が、自然と整っていた。
「……前方、オーガ」
私が小さく告げる。
ダリウスが剣を構えた。ゼノも構える。
暗闇の奥から——巨大な影が二つ。
オーガ。体長3メートル超。筋骨隆々の身体。棍棒を両手に握っている。小さな目が、私たちを捉えて——咆哮。
「散開!」
ダリウスの指示が飛ぶ。
私たちは、即座に動いた。
ダリウスとゼノが正面から。私とエミリアが側面へ回り込む。トーマスとレオンが後方で隙を窺う。
連携。
それは、まるで以前から一緒に戦っていたかのように滑らかだった。
ダリウスの大剣が、最初のオーガの棍棒を受け止める。金属と木が激突する音。火花。ゼノが横から斬りかかる。オーガが怯む。
私は、二体目のオーガへ。
身体が、勝手に動く。最適な軌道。最速の踏み込み。剣がオーガの脇腹を薙ぐ。血飛沫。オーガの咆哮。
エミリアの双剣が、オーガの背中を斬り裂く。彼女の動きは速い。一瞬で二撃。まるで舞うように。
トーマスの長剣が、オーガの膝を狙う。レオンの短剣が、腱を切る。
オーガが倒れる。
ダリウスとゼノの連携で、もう一体も倒れた。
戦闘終了。
「……いい連携だ」
ゼノが、息を整えながら言った。
ダリウスは——答えなかった。
彼は、虚空を見つめていた。剣を握る手が震えている。
「……リーダー?」
エミリアが、恐る恐る声をかける。
数秒の沈黙。
それから、ダリウスが首を振った。
「……何でもない。進むぞ」
その声に、無理やり正気を保とうとする緊張が滲んでいた。
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166階層。
階段を降りた先に——広大な空間が広がっていた。
天井が見えないほど高い。壁が遠い。床は平坦で、中央に巨大な門がある。その門の向こうから——熱気が漏れてくる。
ボス部屋。
「……覚悟を決めろ」
ダリウスが、剣を構え直した。
私たちも構える。
門が、ゆっくりと開いた。
その向こうから——咆哮が響いた。
六つの声が、重なり合って。
そして——現れた。
デュアルケルベロス。
体長5メートルを超える、黒い巨獣。二頭の地獄の番犬が、背中で融合した姿。六つの頭が、それぞれ独立して動いている。全身から炎が立ち上り、赤い目が私たちを睨んでいる。
圧倒的な存在感。
空気が、熱で歪んでいる。
「……俺とゼノが正面!」
ダリウスが叫ぶ。
「エミリアとセリアは側面から!トーマスとレオンは隙を突け!絶対に火炎ブレスを受けるな!」
指示が明確だ。
ケルベロスが動いた。
六つの頭が、同時に開く。
火炎。
赤黒い炎が、扇状に広がる。熱波が空気を焼く。私は横へ跳ぶ。エミリアも跳ぶ。ダリウスとゼノは盾で防ぐ。
トーマスとレオンが、ケルベロスの側面へ回り込む。
私も動く。
身体が、全てを知っている。
ケルベロスの動き。攻撃のタイミング。弱点の位置。
まるで、以前戦ったことがあるかのように。
剣が、ケルベロスの左前脚を斬る。黒い血が飛ぶ。ケルベロスが咆哮。三つの頭が私へ向く。
火炎ブレス。
私は、既に跳んでいた。炎が、私の背後を焼く。熱が肌を焦がす。でも——当たらない。
エミリアの双剣が、右前脚を斬る。彼女の動きも速い。的確だ。
ダリウスとゼノが、正面から攻撃を仕掛ける。大剣と大剣が、ケルベロスの胴体を斬りつける。
ケルベロスが怒り狂う。
六つの頭が、全方位へ火炎ブレスを放つ。
地獄。
空間全体が、炎に包まれた。
私は地面に伏せる。エミリアも伏せる。ダリウスとゼノは盾で防ぐ。トーマスとレオンは柱の影に隠れる。
炎が止む。
煙が立ち込める。
「今だ!」
ダリウスの叫び。
私たちは、一斉に攻撃を再開した。
だが——
ダリウスが、動きを止めた。
戦闘の真っ只中で。
「……もっと深く」
彼の声が、呟く。
「先へ……」
その一瞬。
ケルベロスの巨大な爪が、ダリウスへ振り下ろされた。
「ダリウス!」
ゼノが叫び——彼を押し倒した。
爪が、ゼノの背中を裂いた。
肩から腹にかけて。深い傷。血が噴き出す。
「ゼノさん!」
エミリアの悲鳴。
ゼノが倒れる。ダリウスが——正気に戻る。
「すまない……俺が……」
彼の声が震えている。
「トーマス!レオン!ゼノを!」
私が叫んだ。
二人が、即座にゼノのもとへ駆ける。彼を戦線から離脱させる。治療を始める。
残り4人。
ケルベロスは、まだ元気だ。
「……セリア」
ダリウスが、私を見た。その目に、決意と謝罪が混じっている。
「俺と、前に出てくれ」
私は頷いた。
前衛へ。
ダリウスと並んで、ケルベロスと対峙する。
「行くぞ!」
ダリウスが駆ける。私も駆ける。
不思議だった。
彼の動きが、予測できる。次にどう動くか、どこを狙うか——全てわかる。
まるで、以前から一緒に戦っていたかのように。
私たちの剣が、同じタイミングでケルベロスを斬る。左右から。完璧な連携。
「お前……やっぱり……」
ダリウスが、戦いながら呟いた。
私は答えない。ただ、戦い続ける。
エミリアの双剣が、ケルベロスの後脚を斬る。彼女の動きが、決定的な一撃を生む。
ケルベロスが、バランスを崩した。
六つの頭の中心——融合部分が露わになる。
弱点。
私とダリウスは、同時に気づいた。
視線が交わる。
頷く。
同時に跳ぶ。
二つの剣が、同時にケルベロスの融合部分を貫いた。
咆哮が——途切れる。
ケルベロスが、崩れ落ちる。巨体が地面を揺らす。
沈黙。
戦闘終了。
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私たちは、疲労困憊で座り込んだ。
ゼノは、トーマスとレオンの治療で止血されていた。意識はある。命に別状はない。でも——重傷だ。
「すまなかった……」
ダリウスが、頭を下げた。その声が、震えている。
「俺のせいで……ゼノが……」
「リーダー」
エミリアが、涙声で言った。
「もう限界です。地上に戻りましょう。このままじゃ……」
ダリウスは、剣を見つめた。その手が、また震えている。
「でも……剣が……」
「……戻った方がいい」
私が、静かに言った。
ダリウスが、私を見た。
「お前は?まだ進むのか?」
「……進む」
「そうか……」
彼の表情が、複雑に歪んだ。羨望と、絶望と、諦めが混じっている。
「お前は……強いな」
それは、賛辞なのか。
それとも——呪いなのか。
私には、わからなかった。




