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第48話 再会と変貌



161階層。


階段を降りた先に広がる通路は、前よりも広い。天井が高く、壁に刻まれた文様が複雑だ。光の質も変わった気がする。青白さの中に、微かな赤みが混じっている。


私とゼノは、言葉少なに進んだ。


「この先……確か、広間があったような……」


ゼノが呟く。その声には、以前ほどの確信がない。記憶が、少しずつ薄れている。それでも彼は前を向いて歩き続ける。剣を構え、周囲を警戒しながら。


私の身体は、相変わらず全てを覚えていた。


罠の位置。モンスターが潜む影。最適な進路。頭で考えるより先に、足が動く。剣が動く。呼吸さえも、この場所に馴染んでいる。


まるで、何度もここを通ったかのように。


162階層。オーガ2体。163階層。バジリスク。164階層。ミノタウロス3体。


全て、身体が知っていた。


ゼノが驚くほど正確に、私は敵の弱点を突いた。彼が動く前に、私の剣が敵の急所を貫いていた。まるで台本があるかのように。まるで、リハーサル済みの舞台のように。


「……お前、やっぱりおかしいぞ」


ゼノが、ミノタウロスの死体を見下ろしながら言った。その声に、疑念と驚嘆が混じっている。


「どう見ても、お前の身体はここを知ってる。完璧すぎる」


「……わからない」


私は、いつもの答えを返した。


本当にわからない。でも、わからないことが——恐ろしかった。


私の身体は、私の知らない何かを知っている。私の記憶にない過去を、この手が、この足が、この目が覚えている。


それは、安心なのか。恐怖なのか。


165階層へ続く階段を降りた時、空気が変わった。


広い。天井が見えないほど高く、壁が遠い。まるで地下の大広間のような空間だ。青白い光が満ちているが、その中心に——赤い光が揺れている。


焚き火だ。


誰かがいる。


ゼノが剣を構えた。私も構える。足音を殺して近づくと——


「……ダリウス」


その名が、思わず口をついた。


焚き火の周りに、4人の人影。


先頭に座る男は、見覚えのある顔だった。傷だらけの顔。鋭い目つき。大剣を膝の上に置いている。ダリウス。1階層で私を見た男。地上のギルドで、私を「詐欺師」と嘲笑した男。


そして、その周りに3人。


双剣を背負った女性——エミリア。長剣の男——トーマス。短剣の若い男——レオン。


4人とも、疲弊していた。顔に疲労の色が濃い。傷が多い。装備も傷んでいる。


ダリウスが、私たちに気づいて立ち上がった。


「……お前」


その声には、以前のような嘲笑がなかった。真剣な響きがある。目が、私を見つめている。


でも——その目が、時々虚ろになる。


「セリア……だったか」


ダリウスが一歩近づく。エミリアたちが緊張した様子で立ち上がる。だが、ダリウスは剣を構えない。ただ、私を見つめている。


「久しぶりだな。まだ、潜ってたのか」


「……ああ」


私は短く答えた。彼の様子を観察する。


何かが、おかしい。


ダリウスの手が、微かに震えている。剣を握る指が、不自然に力んでいる。そして——時々、虚空を見つめる。まるで、そこに何かが見えているかのように。


「リーダー……」


エミリアが、不安そうにダリウスの背中を見た。彼女の声が震えている。


トーマスが前に出て、私たちに向かって言った。


「100階層を越えてから、リーダーの様子がおかしいんだ」


その言葉に、私の中で何かが冷たくなった。


「剣と……ずっと話してる」


レオンが、怯えたような目で付け加える。


「夜中も。戦闘中も。『もっと深く』って……何度も」


ゼノが、私と視線を交わした。彼の目に、理解の色が浮かぶ。


剣の囁き。


剣の支配。


それは、ゼノも経験していることだ。そして——私が最も恐れていることだ。


ダリウスが、再び口を開いた。


「なあ、セリア」


その声が、妙に真剣だった。以前の傲慢さがない。まるで、何かに追い詰められているような切迫感がある。


「お前、本当に500階層行ったのか?」


私は答えなかった。


以前なら、彼はこの質問を嘲笑と共に投げつけただろう。でも今は違う。本気で聞いている。まるで、その答えが自分の命運を左右するかのように。


「……信じるのか?」


私は、逆に問うた。


ダリウスは、剣を握る手に視線を落とした。その手が、また震える。


「剣が……」


彼の声が、掠れる。


「剣が、お前を知っている気がすると言ってる」


その言葉に、私の心臓が跳ねた。


「俺の剣の前の持ち主……お前と関係があったのかもしれない」


沈黙が落ちる。


焚き火の音だけが、空間に響いている。パチパチと、薪が爆ぜる音。


私は、ダリウスの剣を見た。大剣。刀身に細かい傷が無数にある。柄に巻かれた布が、擦り切れている。使い込まれた剣だ。


その剣が——私を知っている?


「……わからない」


私は、いつもの答えを返すしかなかった。


でも、内心では——何かが引っかかっている。この剣。この感覚。どこかで——


ダリウスが、深く息を吐いた。


「そうか」


それから、彼は私たちを見た。その目には、諦めと決意が混じっている。


「なあ、一緒に166階層のボスを倒さないか」


その提案に、ゼノが眉をひそめた。


「……どういうつもりだ?」


「つもりもクソもない」


ダリウスが、自嘲的に笑う。


「俺たちだけじゃ、もう無理だ。エミリアも、トーマスも、レオンも——限界が近い。お前らの力を借りたい」


エミリアが、悔しそうに唇を噛んだ。トーマスとレオンは、俯いている。


ゼノが、私を見た。


「……どうする?」


私は、ダリウスを観察した。


彼の目。時々虚ろになる。手の震え。独り言。剣を握る指の力み。


全て、剣に支配されつつある兆候だ。


ゼノが、かつて見せた症状と同じ。いや、もっと進んでいる。彼は、既に危険な領域に入っている。


このまま進めば——彼も、剣に飲まれる。


でも。


まだ、理性は残っている。今、この瞬間は——彼は、まだ人間だ。


「……わかった」


私は、短く答えた。


ダリウスの顔に、安堵の色が浮かぶ。エミリアたちも、少し表情を緩めた。


「助かる」


ダリウスが、焚き火の方へ手を向ける。


「今夜は休もう。明日、ボスを倒す」


私たちは、焚き火を囲んだ。6人。束の間の、連帯。


エミリアが食料を分けてくれた。トーマスが水筒を渡してくれた。レオンが、薬草を取り出して「傷の手当てに」と差し出した。


温かい。


焚き火の温もり。人の温もり。


でも——その温もりの中に、不穏が潜んでいる。


ダリウスが、時々虚空を見つめる。


「……深く」


微かに、呟く。


「もっと……深く……」


エミリアが、不安そうに彼を見る。手を伸ばしかけて——止める。触れることが、恐ろしいかのように。


私は、焚き火の炎を見つめた。


炎が揺れている。赤く、激しく。まるで、何かを訴えているかのように。


このまま進めば——彼も。


アシュのように。


ゼノのように。


剣に飲まれて——


そして、私は何をする?


見ているだけか。


それとも——


「……セリア」


ゼノの声が、小さく響いた。彼も、焚き火を見つめている。


「お前、どう思う?」


「……わからない」


私は、いつもの答えを返した。


でも——本当は、わかっている。


ダリウスの未来が。彼の行く末が。


それでも、私は——止められない。


止める権利が、あるのかもわからない。


夜が更けた。


焚き火が、小さくなっていく。


ダリウスの剣が——微かに、赤く光った気がした。

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