第41話 剣の意思
翌朝。
私は再び、アビスへ向かった。石畳を踏む足音が、静かな街に響く。カツン、カツン……規則的なリズム。朝の空気は冷たく、肌を刺す。
受付でミラが、いつもの笑顔で迎えてくれる。
「おはようございます、セリアさん」
「……おはよう」
私は短く答えて、転移石を購入する。120階層へ。10銀貨。チャリン……
「お気をつけて」
ミラの優しい声が、背中を押してくれる。
帰還ポートへ。転移石を握りしめる。
「120階層へ」
石を砕く。パキン——光が溢れる。青白い光。それが私を包み込んで——瞬時に、世界が切り替わった。
-----
120階層。
白い光が、私を迎えた。
円形の広間。神秘的な空間。そして——中央の転移装置の近くに、ゼノが立っていた。
彼が私に気づく。振り向く。
「……待たせたか?」
私が問う。
「いや」
ゼノが首を振る。
「今来たところだ」
また嘘だ。でも——それを指摘しない。
「……行くぞ」
「ああ」
二人で、126階層への階段へ向かった。
-----
126階層。
通路を進むと——遠くから、足音。ドシン、ドシン、ドシン……
「……オーガだな」
ゼノが呟く。
「……何体だ?」
「5体——いや、6体か」
彼の目が鋭く光る。
オーガの群れが現れた。体高5メートルの灰色の巨体。棍棒を握っている。6体。
「俺が3体引きつける。お前は残りを」
ゼノが言う。
「……わかった」
私は頷く。
ゼノが突進する。大剣を振るう。1体目の棍棒を受け止める。ガキィン——火花が散る。2体目、3体目が襲いかかる。ゼノが——受け流す。捌く。一人で3体を相手にする。
私は残り3体へ。
1体目——懐へ滑り込む。膝を斬る。ザシュ——倒れる。首を斬る。ザシュゥ——撃破。
2体目——横から棍棒が振るわれる。避けて——心臓を貫く。ザクッ——撃破。
3体目——正面から。棍棒を剣で受け流す。ガキン——そのまま喉を斬る。ザシュゥ——撃破。
ゼノも——3体を撃破している。大剣が、オーガたちを次々と斬り倒していく。
「……はぁ」
息をつく。ゼノも、私も。
「……息が合ってきたな」
ゼノが言う。
「……ああ」
私は頷く。
昨日より——もっとスムーズだった。お互いの動きが、自然に補い合っている。
奥へ進む。
-----
127階層。
キメラが3体、現れた。ライオンの身体、山羊の頭、蛇の尾。
「一体ずつ——順番に」
ゼノが言う。
「……わかった」
ゼノが1体目へ。私も1体目へ——二人で同時に攻撃する。ゼノが正面から、私が側面から。ライオンの首を——同時に斬る。ザシュゥ——1体目、撃破。
2体目——同じように。連携で、一瞬で撃破。
3体目——もう慣れた。息を合わせて——撃破。
無傷だった。
「……完璧だな」
ゼノが笑う。
「……ああ」
私も——少しだけ、笑った気がする。
-----
128階層。
トロール2体とミノタウロス3体——混成だった。
「……厄介だな」
ゼノが呟く。
「……ああ」
私も頷く。
トロールは体高6メートル。棍棒は太く、重い。ミノタウロスは体高3メートル。大斧と角。両方とも——Cランク。
「俺がトロールを引きつける。お前はミノタウロスを」
ゼノが言う。
「……わかった」
戦闘開始。
ゼノがトロール2体へ突進する。大剣を振るう。1体目の棍棒と激突する。ガギィィン——衝撃が地面を揺らす。
私はミノタウロス3体へ。
1体目——側面から。足首を斬る。ザシュ——倒れる。首を斬る。ザシュゥ——撃破。
2体目と3体目が同時に襲いかかる。大斧が——二つ、振り下ろされる。
避けて——2体目の懐へ。心臓を貫く。ザクッ——撃破。
3体目——角が突き出される。避けて——首を斬る。ザシュゥ——撃破。
ゼノの方を見る——彼も、2体のトロールを撃破している。でも——肩に傷。棍棒が掠めたのだろう。
「……治療薬」
私が差し出す。
「……ああ、すまない」
ゼノが受け取って、飲む。ゴクゴク……傷が塞がる。
私も——腕を掠められていた。治療薬を飲む。ゴクゴク……
残り——19本。
「……次で、130階層だ」
ゼノが言う。
「……ああ」
-----
129階層への階段。
下りながら——ゼノが、少し立ち止まった。
「……どうした?」
私が問う。
ゼノが——少し考えるような表情をする。それから——静かに言った。
「……剣が、教えてくれた」
私の胸が——ざわつく。
「……何を?」
「この先——バジリスクが6体いる」
ゼノの声が、低く響く。
「広間に潜んでいる。天井から降ってくる」
「……見たのか?」
私は問う。
「いや」
ゼノが首を振る。
「剣が——知っている。まるで、何度も戦ったかのように」
私は——黙る。
剣が——知っている。
その階層の構造を。モンスターの配置を。危険な場所を。
第39話でゼノが言っていたこと——それが、今、目の前で起きている。
「……それで、どうする?」
私は問う。
ゼノが——剣を握りしめる。
「剣の言う通りにする。天井を警戒しながら進む」
「……わかった」
私は頷く。
階段を下り続ける。
-----
129階層。
広い空間だった。円形の広間。直径40メートル。天井は高く——暗い。
ゼノが——天井を見上げる。
「……来るぞ。天井だ」
その瞬間——
シャァァァァ——
天井から——バジリスクが6体、降ってきた。
大蛇。体長8メートル。緑色の鱗。石化の目。
まさに——剣の言った通りだった。
「セリア、左の2体を頼む!」
ゼノが叫ぶ。
「……ああ!」
私は左へ跳ぶ。2体のバジリスクが私に向かってくる。
視線を足元に落とす。気配だけで動く。
1体目——首を狙う。剣を振るう。ザシュゥ——一撃。撃破。
2体目——目が光る。黄色い光。でも見ない。気配で避ける。横へ跳ぶ。首を斬る。ザシュゥ——撃破。
ゼノの方を見る——彼も、4体を撃破している。大剣が、次々とバジリスクの首を斬り落としている。
「……はぁ、はぁ……」
息が上がる。でも——勝った。
しかも——無傷だった。
ゼノが天井を警戒していたから。剣が——教えてくれたから。
「……剣の言った通りだった」
私は呟く。
ゼノが——頷く。
「ああ。外れたことがない」
彼の声が——少し、重い。
「まるで——剣が、この階層を覚えているかのように」
その言葉が——胸に突き刺さる。
剣が——覚えている。
誰かの記憶——そんな気がする。
「……行くぞ」
私は言う。
ゼノが頷いて——二人で、130階層への階段を下りた。
-----
130階層。
広い空間——赤い光に満ちていた。
血のような赤い光。壁から発せられる不気味な光。脈動している。ドクン、ドクン……
中央に——転移装置があった。
円形の台座。青白く光っている。150階層への中継地点——そんな気がする。
モンスターの気配は——ない。
「……ここで、休むか」
ゼノが言う。
「……ああ」
私は頷く。
二人で、転移装置の近くに座り込む。背中を台座に預ける。冷たい石の感触。
水を飲む。呼吸を整える。
しばらく——沈黙。
それから——私が口を開いた。
「……剣は、何を教えてくれる?」
ゼノが——少し驚いたような顔をする。それから——静かに語り始めた。
「……常に、二つの声がある」
彼の声が、赤い光の中で響く。
「一つは——『もっと深く』という囁き」
私は黙って聞く。
「もう一つは——その階層の知識だ」
ゼノが剣を見つめる。
「モンスターの位置、構造、危険な場所。まるで——何度も戦ったかのように」
「誰かの記憶——そんな気がする」
私の胸が——高鳴る。
「……誰かの?」
「ああ。剣の——前の持ち主、かもしれない」
ゼノが答える。
私は——空虚の剣を見つめる。
「……私の剣は、何も言わない」
呟く。
「何も教えてくれない。だから——すべて自分で確かめた」
ゼノが——じっと私を見る。
「……それは、不利だな」
「……でも、自由だ」
私は答える。
ゼノが——少し笑った。
「……そうだな。お前の剣は——お前を支配しない」
沈黙。
それから——ゼノが、静かに言った。
「……剣には、意思がある」
私は——頷く。
「人を深層へ誘う意思と——知識を与える意思が」
「……なぜ?」
私は問う。
「……わからない」
ゼノが首を振る。
「でも——剣は、何かを求めている」
その言葉が——胸に響く。
剣が——求めている。
何を?
深層に——何がある?
「……150階層へ」
私は言う。
「そこに——答えがあるかもしれない」
ゼノが——頷く。
「……ああ」
-----
地上へ帰還した。
アビスのロビー。夕暮れ時の光が、窓から差し込んでいる。
「明日も——頼む」
ゼノが言う。
「……ああ」
私は答える。
ゼノが——去っていく。足音が遠ざかる。
私は一人、ロビーに立ったまま。
「……剣には、意思がある」
呟く。
「……人を深層へ誘う、意思が」
なぜ?
「……剣が知識を持っている」
なぜ?
誰かの記憶——前の持ち主の記憶。
それなら——
「……リオンの剣も、囁いていたのか」
記憶がフラッシュバックする——
誰かの声「剣が教えてくれた」
誰かの声「もっと深く……」
リオンの声「セリア、お前の剣は特別だ」
「……空虚の剣。だから——自由だ」
そうか——
私だけが——例外だったのか。
「……行こう」
呟く。
「……150階層へ。真実を——この手で」
宿へ戻る。
一人、ベッドに横になる。
赤い光が——まぶたの裏に焼きついている。
剣の意思。
深層への誘い。
知識の声。
「……何のために」
問いかける。
答えは——ない。
でも——きっと、深層に真実がある。
「……必ず、辿り着く」
呟いて——目を閉じた。
夜が——静かに過ぎていった。




