第40話 初めての共闘
朝日が、街を照らしていた。
私は一人、アビスへ向かう。石畳を踏む足音。カツン、カツン……規則的なリズム。冷たい朝の空気が、肺を満たす。
昨日の約束——120階層で落ち合う。
受付へ向かう。ミラが、いつものように笑顔で迎えてくれた。
「おはようございます、セリアさん」
「……おはよう」
私は短く答えて、転移石を購入する。120階層へ。10銀貨。チャリン……銀貨の音が、カウンターに響く。
「お気をつけて」
ミラの優しい声。それが、背中を押してくれる。
帰還ポートへ向かう。転移石を握りしめる。冷たい石の感触。
「120階層へ」
呟いて、石を砕く。パキン——
光が溢れる。青白い光。それが私を包み込む——そして、瞬時に世界が切り替わった。
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120階層。
白い光が、私を迎えた。
円形の広間。直径50メートル。天井は高く、壁一面に古代文字が刻まれている。それらが——白く光っている。淡く、優しい光。神秘的な空間。
中央の転移装置。円形の台座が、青白く光を放っている。
そして——
男が一人、台座の近くに立っていた。
黒いマント。短く刈り上げた髪。鋭い目つき。
ゼノだった。
彼が私に気づく。振り向く。
「……待たせたか?」
私が先に声をかける。
ゼノが——少し笑った。
「いや、今来たところだ」
嘘だ。彼の足元には、水筒が置いてある。マントの裾が、少し乱れている。きっと——もっと前から待っていた。でも——それを言わない。
私は彼の隣に立つ。台座を見る。白い光が、ゆっくりと脈動している。
「……装備は?」
ゼノが問う。
「……問題ない」
私は答える。革鎧、空虚の剣、治療薬25本。すべて確認済みだ。
ゼノも頷く。彼の腰には大剣が帯びられている。全長1.5メートルはある黒い刃。重厚で、力強い。
「……行くぞ」
私が言う。
「ああ」
ゼノが答える。
二人で——121階層への階段へ向かった。
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階段を下りる。
足音が響く。カツン、カツン……私の足音。ドスン、ドスン……ゼノの足音。二つのリズムが、重なり合う。
「……前衛は俺が務める」
ゼノが言う。
「お前は側面から入れ。俺が引きつけたところを——斬る」
「……わかった」
私は頷く。
連携——懐かしい言葉。一人で戦い続けてきた。でも——昔は、違った。仲間がいた。リオンが前衛を務め、私は側面から急所を狙った。
記憶がフラッシュバックする——リオンの声「セリア、左だ!」——私の剣が敵の脇腹を貫く——
階段の終わり。
121階層。
通路。狭く、暗い。壁は石造り。青白い光が、壁から発せられている。重力1.5倍。身体に圧力がかかる。
足音を忍ばせて進む。ゼノが先頭。私が少し後ろ。距離は3メートル。お互いの動きが見える距離。
遠くから——足音。
ドシン、ドシン、ドシン……
「……来るぞ」
ゼノが小さく呟く。
私は剣を抜く。シャキン——金属の音。ゼノも大剣を構える。
通路の奥から——現れた。
ミノタウロス。体高3メートル。牛の頭、人間の身体、巨大な大斧。そして——もう一体、もう一体。合計3体。
ゼノが——前へ出る。
「俺が引きつける!」
彼が叫ぶ。大剣を構えて——突進する。
1体目のミノタウロスが大斧を振り下ろす。ゼノが大剣で受け止める。ガキィィン——金属の激突音。火花が散る。衝撃が通路を揺らす。
でもゼノは——止まらない。そのまま押し返す。力対力。ミノタウロスが——わずかに後退する。
その隙に——2体目と3体目が襲いかかる。
私は——動いた。
横へ跳ぶ。壁を蹴って加速。2体目の側面へ滑り込む。剣を振るう。ザシュ——脇腹を斬る。浅い。でも——効いている。
2体目が咆哮する。ガァァァ——私に向き直ろうとする。
でもゼノが——割り込む。
「こっちだ!」
大剣を横薙ぎに振るう。2体目の大斧と激突する。ガキン——2体目が怯む。
私は——3体目へ。
懐へ滑り込む。足首を斬る。ザシュ——3体目が倒れる。そのまま首を斬る。ザシュゥ——1体目、撃破。
ゼノが1体目を押し続けている。力任せに。でも——ミノタウロスも負けていない。均衡。
私は2体目の背後へ回る。足音を消して。静かに。心臓を——貫く。ザクッ——2体目、撃破。
残り——1体。
ゼノと私、同時に動く。
ゼノが正面から大斧を受け止める。私が側面から膝を斬る。ザシュ——倒れる。ゼノが首を斬る。ザシュゥ——3体目、撃破。
「……はぁ、はぁ……」
息が上がる。ゼノも、私も。
でも——勝った。
「……悪くない」
ゼノが言う。少し笑っている。
「……ああ」
私は頷く。
連携——ぎこちなかった。タイミングが少しずれた。でも——一人より、ずっと楽だった。
ゼノの肩に、浅い傷。大斧が掠めたのだろう。
「……治療薬」
私が差し出す。
「いや、まだいい」
ゼノが手を振る。
「この程度なら、まだ動ける」
私は頷いて、治療薬をポーチに戻す。残り——25本。
奥へ進む。
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122階層。
キメラが2体、現れた。ライオンの身体、山羊の頭、蛇の尾。三つの頭が同時に威嚇する。ガァァァ、メェェェ、シャァァ——
「俺が一体引きつける」
ゼノが言う。
「……わかった」
私は頷く。
ゼノが1体目へ突進する。大剣を振るう。ライオンの頭が噛みつこうとする——ゼノが剣で弾く。ガキン——
私は2体目へ。
蛇の尾を斬る。ザシュ——尾が落ちる。山羊の頭へ飛び乗る。首を斬る。ザシュゥ——山羊の頭が垂れ下がる。ライオンの喉を貫く。ザクッ——2体目、撃破。
ゼノも——1体目を撃破している。大剣でライオンの首を斬り落としている。ザシュゥ——
二人とも——無傷。
「……連携が、良くなってきたな」
ゼノが言う。
「……ああ」
私は頷く。
少しずつ——お互いの動きがわかってきた。ゼノの攻撃範囲、私の移動速度。それが——噛み合い始めている。
奥へ進む。
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123階層。
バジリスクが——4体。
大蛇。体長8メートル。緑色の鱗。そして——石化の目。
「……目を見るな」
ゼノが言う。
「……わかっている」
私は答える。
視線を足元に落とす。気配だけで動く。
4体が同時に襲いかかる。シャァァァ——
ゼノが2体を引きつける。大剣を振るう。1体の首を斬る。ザシュゥ——でも、もう1体の牙が——ゼノの腕を掠める。
私は残り2体へ。
1体目——首を斬る。ザシュゥ——撃破。
2体目——目が光る。黄色い光。でも見ない。気配で避ける。横へ跳ぶ。首を斬る。ザシュゥ——撃破。
ゼノが最後の1体を撃破する。ザシュゥ——
「……はぁ、はぁ……」
息が荒い。ゼノの腕から——血が流れている。
「……治療薬」
私が差し出す。
ゼノが——少し迷ってから、受け取る。
「……すまない」
彼が呟いて、飲む。ゴクゴク……傷が塞がる。
私も——足先が少し石化していた。治療薬を飲む。ゴクゴク……感覚が戻る。
残り——23本。
「……少し、休むか」
ゼノが言う。
「……ああ」
壁に背を預ける。ゼノも隣に座る。
水を飲む。呼吸を整える。
「……慣れてきたな」
ゼノが言う。
「……ああ」
私は頷く。
連携が——スムーズになってきた。お互いの呼吸が、合ってきた。
「……昔を、思い出す」
ゼノが呟く。
「パーティで潜っていた頃を」
私も——同じことを考えていた。
リオンたちとの記憶。4人での連携。あの感覚が——少しずつ、戻ってきている。
「……行くぞ」
私が立ち上がる。
ゼノも頷いて、立ち上がる。
124階層への階段——下りる。
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階段の途中で——
ゼノが、少し立ち止まった。
「……どうした?」
私が問う。
「……いや、何でもない」
ゼノが答える。でも——彼の表情が、わずかに強張っている。
(剣の声——また、響いている)
私には聞こえない。でも——わかる。ゼノが、何かと戦っている。
「……大丈夫か?」
「……ああ」
ゼノが頷く。でも——その目には、わずかな疲労が滲んでいる。
124階層。
レッサードラゴンが——現れた。
体長15メートル。赤い鱗。翼。炎を吐く口。
「……厄介だな」
ゼノが呟く。
「……ああ」
私も頷く。Cランク最強クラス。
レッサードラゴンが——炎を吐く。ゴォォォ——
私たちは左右に跳ぶ。炎が通路を焼く。熱風が肌を焼く。
ゼノが正面から突進する。大剣を振るう。前足を狙う。ザシュ——浅い。鱗が硬い。
レッサードラゴンが尾を振るう。ゼノが——避けきれない。吹き飛ばされる。ドシャァ——壁に叩きつけられる。
「ゼノ!」
私が叫ぶ。
レッサードラゴンが私に向き直る。炎を吐く——避ける。横へ跳ぶ。懐へ滑り込む。首の付け根を狙う。剣を振るう。ザシュ——鱗の隙間を貫く。深い。
レッサードラゴンが咆哮する。ガァァァァ——
ゼノが立ち上がる。肩を押さえている。血が流れている。
「……まだ、やれる」
彼が呟いて——再び突進する。
大剣を振るう。もう一方の前足を斬る。ザシュ——レッサードラゴンが倒れかける。
私は——首へ飛び乗る。剣を振り下ろす。首の付け根を——貫く。ザクッ——
レッサードラゴンが——崩れ落ちる。ドシャァァァ……
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
息が、荒い。ゼノも、私も。
ゼノの肩——深い傷。私が治療薬を取り出す。彼に渡す。
「……すまない」
ゼノが呟いて、飲む。ゴクゴク……傷が塞がる。
私も——腕を掠められていた。治療薬を飲む。ゴクゴク……
残り——21本。
「……次で、125階層だ」
ゼノが言う。
「……ああ」
私は頷く。
奥へ進む。階段を下りる。
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125階層。
広い空間だった。
円形の広間。直径30メートル。天井は高く、青白い光が満ちている。モンスターの気配——ない。
中央に——台座のようなものがある。でも——転移装置ではない。ただの石の台座。古代文字が刻まれているが、光っていない。
「……ここで、一旦戻るか」
ゼノが言う。少し——安堵したような表情。
「……ああ。今日はここまでだ」
私は頷く。
ゼノが転移石を取り出す。地上へ。
「……時間がかかるぞ」
「……わかっている」
二人で転移石を砕く。パキン、パキン——
光が溢れる。青白い光。それが私たちを包む。
1分、2分、3分……長い。無防備なまま、光に包まれて待つ。
8分、9分、10分——
世界が、切り替わった。
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アビスのロビー。
私たちは——戻ってきた。
ゼノが息をつく。
「……疲れたな」
「……ああ」
私も頷く。
「明日も——頼む」
ゼノが言う。
「……ああ」
私は答える。
ゼノが——去っていく。足音が遠ざかる。
私は一人、ロビーに立ったまま。
「……剣が、囁いている」
呟く。
ゼノの表情。あの強張った顔。剣の声——聞こえているのだろう。「もっと深く」と。
「……でも、ゼノは抗っている」
私は思う。
「……私が、支えなければ」
宿へ戻る。
一人、ベッドに横になる。
連携戦闘の感覚——懐かしかった。
リオンたちとの記憶がフラッシュバックする——
4人で戦った日々。笑い声。剣が交差する音。
「……また、仲間と戦えた」
呟く。
「……次は、もっと深く」
目を閉じる。
夜が——静かに過ぎていった。




