第35話 記憶の断片
階段を、下る。
一段、また一段。
足音が、石を叩く。カツン、カツン……音が下方へ吸い込まれていく。
105階層から——106階層へ。
暗闇が、深まっていく。
-----
106階層。
階段の終わり。
また——通路だった。
狭く、暗い通路。天井が低く、壁が迫ってくる。102階層や103階層に似ている。
重力1.5倍が、相変わらず身体を押さえつけている。足が重い。一歩ごとに、地面に引きずり込まれそうになる。
遠くから——
足音。
ドシン、ドシン……
重い足音。地を揺らす足音。
現れたのは——オーガだった。
体高5メートル。巨大な身体。筋肉の塊。右手に、巨大な棍棒。
赤い目が、私を捉えた。
グオオオッ——
咆哮。
そして——突進。
私は、横へ跳んだ。
オーガの棍棒が、振り下ろされる。
ドガァン——
石畳が砕ける。
私は、懐に潜り込んだ。
膝を斬る。
ザシュ——
オーガがよろめく。
首を斬る。
ザシュゥ——
倒れる。
ドォン……
短い戦闘。
30秒ほど。
「……まだ、進める」
呟いて、奥へ向かう。
-----
107階層。
通路を抜け、階段を下る。
また——通路。
モンスターが、現れた。
ミノタウロス、2体。
体高3メートル。大斧と角。
私は、剣を構えた。
2体が、同時に突進してくる。
地面が揺れる。
私は、1体目の懐へ滑り込んだ。
足首を斬る。
ザシュ——
倒れる。
首を斬る。
ザシュゥ——
1体目、撃破。
2体目が、大斧を振り上げる。
避けて——心臓を貫く。
ザクッ——
2体目、撃破。
でも——
肩を掠められた。
浅い傷。でも、血が滲む。
治療薬を取り出す。
飲む。
ゴクゴク……
傷が塞がる。
残り——16本。
奥へ進む。
-----
108階層。
通路が、少し広くなった。
幅7メートルほど。天井も、少し高い。
そして——
キメラが現れた。
ライオンの身体、山羊の頭、蛇の尾。
三つの頭が、同時に威嚇する。
ガァァァ——
メェェェ——
シャァァ——
私は、蛇の尾を狙った。
剣を振るう。
ザシュ——
尾が斬り落とされる。
次に、山羊の頭。
背中に飛び乗る。
首を斬る。
ザシュゥ——
最後に、ライオンの首。
喉を貫く。
ザクッ——
キメラが倒れる。
ドシャァ……
「……慣れてきた」
呟く。
Cランクモンスター。もう、作業だ。身体が完璧に動く。恐怖も、ない。
奥へ進む。
-----
109階層。
また——通路。
そして——
バジリスクが、2体。
大蛇。石化の目を持つ。
私は、目を見ないように戦った。
視線を足元に向ける。
気配だけで動く。
1体目——
首を斬る。
ザシュゥ——
2体目——
でも、目が光った。
身体が、少し硬直する。
「……っ」
石化。
足が、動きにくい。
でも——剣は振るえる。
首を斬る。
ザシュゥ——
2体、撃破。
治療薬を取り出す。
石化を解く。
飲む。
ゴクゴク……
足の感覚が戻る。
残り——15本。
「……はぁ、はぁ……」
息が、上がる。
疲労が——溜まってきた。
連戦。休みなく、戦い続けている。
身体が、重い。
でも——
奥に、階段が見える。
110階層への、階段。
「……もう少しだ」
呟いて、階段を下り始めた。
-----
110階層。
階段を下りきると——
広間だった。
また、広間。
105階層に似ている。でも、少し小さい。
円形の空間。直径20メートル。天井は15メートル。
壁には、古代文字が刻まれている。でも、105階層のように光ってはいない。ただ、刻まれているだけ。
中央には——何もない。
台座も、ない。
ただの、空間。
「……110階層、か」
呟いた声が、広間に響く。
身体が、重い。
疲労が、全身に溜まっている。筋肉が悲鳴を上げている。呼吸が、荒い。
「……少し、休もう」
壁に近づく。
背を預ける。
冷たい石の感触。
座り込む。
ゆっくりと、地面に座る。
呼吸を整える。
一つ、吸って。
一つ、吐いて。
心拍が、少しずつ落ち着いていく。
目を閉じる。
静寂が、私を包む。
疲労が——意識を、遠くする。
そして——
頭に、激痛が走った。
「……っ!」
-----
視界が——歪む。
世界が——揺れる。
光が、溢れ出す。
記憶が——蘇る。
同じ場所。
110階層。
円形の広間。
でも——
私は、一人ではなかった。
-----
「110階層、突破したな」
声が、聞こえた。
力強い声。
優しい声。
男性の声。
振り返ると——
男がいた。
30代。
黒髪。短く刈り込まれている。
顔に——傷がある。左頬から顎にかけて、深い傷跡。
筋骨隆々とした身体。背中に、大剣を背負っている。柄が、肩越しに見える。
彼が——笑っていた。
豪快に。
嬉しそうに。
「セリア、お前すごいな」
彼の声が、広間に響く。
「100階層から一気に10階層だぞ」
私は——何と答えたのか。
声が、聞こえる。
私の声。
「……みんながいるから」
そう——言った。
彼が、また笑った。
「そうだな」
大きく頷く。
「俺たちは、チームだ」
温かい言葉。
その言葉が——胸に響く。
そして——
別の声が、聞こえた。
女性の声。
柔らかく、穏やかな声。
「リオン、休憩しましょう」
**リオン**。
その名前が——
空気に溶ける。
男が——振り返った。
「ああ、そうだな」
**リオン**。
彼の名前。
ようやく——
思い出した。
リオンが、私を見た。
傷のある顔。でも、優しい目。心配そうな目。
「セリア、大丈夫か?」
彼の声が、温かい。
「疲れてないか?」
私は——
答えた。
「……大丈夫」
短く。
でも、確かに。
リオンが、笑った。
安心したような、笑顔。
「無理するなよ」
彼の手が——私の肩に置かれた。
大きく、温かい手。
力強い手。
「まだ先は長い」
「400階層もある」
そして——
彼は、こう言った。
「お前の剣は特別だ」
リオンの目が、私の剣を見る。
空虚の剣。
「空虚の剣」
「だから——自由だ」
その言葉が——
胸に、深く響いた。
自由。
導きがない。
縛られない。
それが——私の強さ。
リオンの手が、肩から離れる。
「さあ、休もうぜ」
彼が、奥へ歩いていく。
そこには——
他の人たちがいた。
声が聞こえる。
男性の声が、二つ。
女性の声が、一つ。
合計——5人。
リオン。
エレナ(女性の声の主)。
そして——他3人。
でも——
顔は、まだ見えない。
霧がかかったように。
輪郭だけが、ぼんやりと浮かんでいる。
声だけが——確かに、聞こえる。
笑い声。
話し声。
温かい声。
私も——その輪の中にいた。
一人じゃなかった。
仲間がいた。
信頼できる仲間が。
リオンが、振り返った。
笑顔で。
「また——会えるよな、セリア」
その言葉が——
空間に響く。
私は——
答えた。
「……ああ」
短く。
でも、確かに。
リオンが、また笑った。
そして——
光が——消えていく。
リオンの笑顔が——
遠ざかる。
仲間の声が——
遠ざかる。
視界が——
白く染まる。
-----
「……っ」
私は、現実に戻った。
110階層。
広間。
一人。
壁に背を預けている。
頬が——濡れていた。
涙が、流れていた。
いつの間にか。
「……リオン」
名前を、呟く。
声が、震える。
「……リオン」
ようやく——
思い出した。
あなたの名前。
あなたの顔。
あなたの声。
力強く、優しい男。
仲間の一人。
でも——
「……あなたは、どこにいる」
問いかける。
答えは、ない。
「……生きているのか」
また、問いかける。
「……それとも——」
言葉が、途切れる。
答えは、わからない。
でも——
「……必ず、思い出す」
呟く。
涙を、手で拭う。
「……全てを」
立ち上がる。
足が、少し震えていた。
でも——立てる。
周囲を見渡す。
110階層の広間。
かつて、ここに5人いた。
リオン。
エレナ。
他3人。
笑い、語り合い、休息していた。
でも、今は——
一人だ。
「……行くぞ」
呟いて、階段へ向かう。
111階層への、階段。
足音が、広間に響く。
カツン、カツン……
一歩、また一歩。
さらに深く。
真実へ。
リオンへ——。
仲間へ——。
記憶へ——。
私は、階段を下り始めた。
暗闇が、また——私を飲み込んでいく。
でも——
もう、怖くない。
リオンの名前を、思い出した。
リオンの顔を、思い出した。
それだけで——
少し、心が軽くなった。
一人じゃない。
かつて——一人じゃなかった。
そして——
いつか、また——
会えるかもしれない。
その希望が——
私を、前へ進ませる。
足音が、階段に響く。
カツン、カツン……
規則的なリズム。
下へ。
深層へ。
真実へ——。




