表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/110

第34話 105階層



通路が、続いていた。


101階層の奥へ、さらに奥へ。足音が石畳に響く。カツン、カツン……規則的なリズムが、暗闇に吸い込まれていく。


壁には、古代文字。


読めない文字が、延々と刻まれている。幾何学的な模様と、曲線と、直線。それらが複雑に絡み合って、壁を覆い尽くしている。


淡く光る苔が、唯一の光源だった。


緑色の、儚い光。まるで蛍のように、静かに明滅している。その光が、通路を幻想的に照らし出す。


水滴が落ちる音。


ポタ、ポタ……


遠くから、規則的に。時を刻むように。


「……まだ、続く」


呟いた声が、空間に溶けていく。


通路は、少しずつ広くなっていた。最初は5メートルほどだった幅が、今では7メートルほどになっている。天井も、少し高くなった気がする。


そして——


奥に、階段が見えた。


下へと続く、石造りの階段。


102階層への、入口。


「……次だ」


私は、階段を下り始めた。


-----


一段、また一段。


足音が、階段に響く。カツン、カツン……音が下方へ落ちていく。


50段ほど下りたところで——


空気が、変わった。


乾燥している。


101階層の湿った空気とは対照的だ。喉がカラカラになる。息を吸うたびに、乾いた空気が喉を刺す。


階段の終わり。


102階層。


「……暗い」


呟く。


101階層よりも、さらに暗い。壁の苔が少ない。緑色の光が、ほとんどない。松明の光だけが頼りだった。


砂埃が舞っている。


足を踏み出すたびに、砂が舞い上がる。サラサラと音を立てる。それが、靴に絡みつく。


通路を進む。


重力1.5倍が、じわじわと身体に効いてくる。足が重い。一歩ごとに、地面に引きずり込まれそうになる。


遠くから——


足音。


ドシン、ドシン……


重い。地を揺らすような足音。


現れたのは——トロールだった。


体高4メートル。灰色の肌。筋肉の塊。右手に、巨大な棍棒。丸太のような、ぶっとい棍棒。


赤い目が、私を捉えた。


グルルル……


低い唸り声。


そして——


突進。


ドドド……


地面が揺れる。


私は、横へ跳んだ。


トロールの棍棒が、振り下ろされる。


ドガァン——


石畳が砕ける。破片が飛び散る。


私は、すぐに動いた。


低い姿勢で、トロールの懐へ。


膝を狙って、剣を振るう。


ザシュ——


刃が、腱を断つ。


トロールがバランスを崩す。


ドシン——


膝をつく。


私は、首を狙った。


全力の一撃。


ザシュゥ——


首が、断たれる。


トロールが倒れる。


ドォン……


地面が揺れた。


「……慣れてきた」


呟く。


Cランクモンスター。もう、脅威ではない。身体が、完璧に動く。


さらに進む。


通路の奥に、また階段があった。


-----


103階層。


階段を下りると——圧迫感が、襲ってきた。


「……っ」


天井が、低い。


見上げると、8メートルほど上方に石の天井がある。102階層よりも、明らかに低い。


通路も、狭い。


幅は4メートルほど。壁が、迫ってくるような感覚。


呼吸が、苦しい。


空気が重い。湿度が高く、喉に絡みつく。ゴクリと唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。


足音。


でも——人間の足音ではない。


ズルズルと、地面を這う音。


現れたのは——バジリスクだった。


大蛇。


体長8メートル。鱗が光を反射している。緑色の、毒々しい鱗。


そして——


目。


黄色い目が、私を見た。


その瞬間——


身体が、硬直した。


「……っ、石化か」


足が、動かない。


石になっていく感覚。足先から、じわじわと。


バジリスクが、口を開く。


鋭い牙。毒を持つ牙。


迫ってくる。


私は——目を閉じた。


視覚を遮断する。


身体が、少し動くようになった。


バジリスクの気配を感じる。


風が動く。


今だ。


目を開けず——剣を振るう。


ザシュ——


何かに当たる感触。


バジリスクの悲鳴。


シャアアアッ——


目を開ける。


バジリスクの目が、潰れていた。


血が流れている。


もう、石化の能力は使えない。


私は、首を狙った。


剣を振り下ろす。


ザシュゥゥ——


首が、断たれる。


バジリスクの身体が、地面に崩れ落ちる。


ズシャァ……


静寂が、戻った。


でも——足先が、まだ硬い。


石化の影響が、残っている。


ポーチから、治療薬を取り出した。


赤い液体。


栓を抜く。ポンッ——


一気に飲み干す。


ゴクゴク……


すぐに——足先の感覚が戻った。


石化が、解ける。


「……厄介だった」


呟いて、前に進む。


-----


104階層。


階段を下りると——迷路だった。


通路が、複雑に入り組んでいる。右へ、左へ、また右へ。分岐が無数にある。


普通なら、迷う。


でも——


「……ここも、通った」


身体が、覚えている。


足が、勝手に動く。迷わず、正解の道を選ぶ。記憶はないのに、身体は知っている。


それが——不思議だった。


2年前、確かに私はここを通った。何度も、何度も。だから、身体が覚えている。


遠くから——


羽ばたきの音。


バサッ、バサッ……


重い音。


空気を叩く音。


現れたのは——レッサードラゴンだった。


2体。


小型のドラゴン。体長3メートル。赤い鱗。翼が生えている。


口から——炎が溢れている。


ゴォォ……


熱気が、伝わってくる。


2体が、同時に炎を吐いた。


ゴォォォォッ——


炎の奔流。


私は、壁に身を隠した。


炎が、通路を埋め尽くす。


熱波が、肌を焼く。ジリジリと、髪が焦げる匂い。


炎が止む。


煙が立ち上る。


私は、すぐに動いた。


1体目へ——


剣を振るう。


翼を狙う。


ザシュ——


翼が、裂ける。


レッサードラゴンが悲鳴を上げる。


ギャアアッ——


飛べなくなる。地面に落ちる。


私は、その首を斬った。


ザシュゥ——


1体、撃破。


2体目が、怒りで吠える。


ガァァァ——


そして——突進してきた。


爪が光る。


鋭い爪。


私は、避けた。


横に跳ぶ。


重力1.5倍で、着地が遅れる。


でも——間に合う。


レッサードラゴンが通り過ぎる瞬間——


剣を突き立てた。


心臓を狙って。


ザクッ——


深々と。


ズブッ——


レッサードラゴンの動きが止まる。


力が抜ける。


崩れ落ちる。


ドシャァ……


2体、撃破。


「……はぁ、はぁ……」


息が、上がる。


呼吸が荒い。心臓が激しく打っている。


腕に火傷。


炎の熱で、皮膚が赤くなっている。ヒリヒリと痛む。


ポーチから、治療薬を取り出す。


また一本。


飲む。


ゴクゴク……


火傷が、癒えていく。


疲労が——溜まってきた。


連戦が、身体を蝕んでいる。


でも——進むしかない。


奥に、階段が見えた。


-----


105階層。


階段を下りる。


長い階段だった。100段ほど。一段、また一段。足音が、下方へ吸い込まれていく。


下るほどに——


空気が、変わる。


静寂が、深まる。


水滴の音も、聞こえない。


ただ——静寂。


そして——


階段の終わり。


105階層。


私は——息を呑んだ。


「……何だ、ここは」


呟いた声が、広い空間に響く。


ここは——広間だった。


通路ではなく、広間。


円形の空間。直径30メートル。天井は20メートル。開放感がある。でも——不気味だった。


壁一面に、古代文字。


複雑な模様と文字が絡み合って、壁を覆い尽くしている。そして——それらが、光っていた。


淡い光。


苔ではない。文字自体が、光を放っている。


青白い光。脈動するように、明滅している。まるで呼吸しているように。


そして——


中央に——


台座があった。


巨大な石の台座。


高さ3メートル。幅2メートル。上には、何もない。ただの台座。


でも——


表面に、古代文字が刻まれている。無数の文字。複雑に絡み合った文字。


私は、台座へ近づいた。


足音が、広間に響く。


カツン……カツン……


反響する。


台座に手を伸ばす。


触れる。


冷たい。


石の感触。ザラザラしている。


でも——何も起こらない。


「……これは、何のためのものだ」


呟く。


答えは、ない。


ただ、台座が——そこにあるだけ。


私は、台座に背を預けた。


座り込む。


「……少し、休もう」


呼吸を整える。


一つ、吸って。


一つ、吐いて。


心拍が、ゆっくりと落ち着いていく。


周囲を見渡す。


壁の古代文字が、光を放っている。青白い光が、脈動している。


「……この文字は、何を意味している」


呟く。


答えは、ない。


でも——何かを伝えようとしている気がする。警告か。指示か。それとも——契約か。


ポーチから、治療薬を取り出す。


残りを確認する。


17本。


最初は20本あった。もう3本使った。


「……このペースでは」


不安が、胸に引っかかる。


「……120階層まで、持つだろうか」


答えは、わからない。


でも——進むしかない。


記憶を取り戻すために。


真実を知るために。


仲間に——答えるために。


静寂が、私を包む。


水滴の音も、ない。


ただ——静寂。


不気味なほどの、静寂。


数分、休む。


身体が、少し楽になった。


立ち上がろうとした、その時——


台座が——震えた。


「……っ?」


私は、すぐに立ち上がった。


台座から離れる。


剣を抜く。


シャキン——


でも——


震えは、止まった。


静寂が、戻る。


「……何だった?」


台座を見る。


変化は、ない。


古代文字も、変わらない。


光の脈動も、同じ。


でも——確かに震えた。


一瞬だけ。


小さく。


「……気のせいか」


それとも——


「……この台座は、何かの装置か」


答えは、ない。


ただ、台座が——そこにある。


沈黙している。


私は、広間の奥を見た。


そこに——階段が見える。


106階層への、階段。


「……行くか」


呟いて、台座を最後にもう一度見る。


古代文字が、淡く光っている。


青白い光。脈動する光。


「……いずれ、わかるだろう」


背を向ける。


階段へ向かう。


足音が、広間に響く。


カツン、カツン……


反響する音。


階段を下り始める。


一段、また一段。


105階層から——


106階層へ。


さらに深く。


「……まだ、先がある」


呟く。


「……進むぞ」


足音が、下方へ吸い込まれていく。


暗闇の中へ。


また——


戦いが、待っている。


でも——


私は、止まらない。


前へ。


深層へ。


真実へ——。


-

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽しんでいただけましたら、 感想・ブックマーク・アクションをしていただけると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ