第15層 10階層突破
パーティを組んで、初めての朝。
僕はダンジョンの入口で、セリアさんを待っていた。朝日が街を照らし始めている。冒険者たちが次々とダンジョンへ入っていく。
緊張していた。
昨日、パーティを組むと決めた。でも、まだ実感がない。本当に、セリアさんと一緒に戦えるのか。足手まといにならないか。
「……行くぞ」
振り向くと、セリアさんが立っていた。
相変わらず無表情。左腰に空虚の剣を帯び、感情の読めない瞳で僕を見ている。
「は、はい!」
セリアさんは何も言わず、ダンジョンへと歩き始めた。僕は慌てて後を追う。
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6階層。
石造りの通路を、セリアさんは淡々と歩いている。
僕は少し遅れて、後ろをついていく。
セリアさん、足音がない。
呼吸も静か。
周囲への警戒が自然で、まるでダンジョンの一部みたい。
通路の先から、獣の唸り声。
3体のゴブリンが飛び出してきた。
セリアさんは立ち止まりもせず、剣を抜く。
一閃。
3体が同時に倒れる。
「す、すごい……」
僕は目を見開いた。
でもセリアさんは何も言わず、剣を鞘に収めて歩き続ける。
僕は何もしていない。
ただ、ついていくだけ。
……これでいいのか?
パーティを組んだ意味が、あるのか?
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7階層。
広い空間に出ると、5体のホブゴブリンが現れた。
僕は剣を構える。
「セリアさん、僕も——」
「……下がれ」
「え?」
「邪魔だ」
セリアさんの冷たい言葉が、胸に刺さる。
僕は後ろに下がった。
セリアさんは5体のホブゴブリンに向かっていく。
圧倒的だった。
5体が連携して攻撃してくる。でもセリアさんは、まるで舞うように避ける。剣が閃く。一体が倒れる。返す刀で二体目。三体目が背後から襲いかかるが、振り向きもせず背後に剣を突き出す。
10秒。
それだけで、すべてが終わった。
僕は何もできなかった。
ただ、見ているだけ。
「……すみません」
僕は俯いた。
セリアさんは何も言わない。
やっぱり、僕は足手まといだ。
セリアさんの邪魔をしているだけだ。
でも……どうすればいいんだ?
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通路を歩きながら、僕は落ち込んでいた。
セリアさんは前を歩いている。背中が、遠い。
突然、セリアさんが口を開いた。
「……呼吸を、整えろ」
「え?」
僕は顔を上げる。
「戦う前に、呼吸が乱れている」
セリアさんが、教えてくれている?
「それと、剣を握りすぎだ」
「握りすぎ……?」
「力むな。剣は、導くもの」
導く……
僕は自分の剣を見る。儀式で授かった、僕の剣。
「は、はい! ありがとうございます!」
セリアさんは何も言わず、また歩き始めた。
でも、今の言葉は嬉しかった。
セリアさんが、僕を見てくれている。
教えてくれている。
それだけで、前を向ける気がした。
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8階層。
通路の分岐点で、ホブゴブリンが現れた。
3体。左右から挟み撃ちの形。
セリアさんが言う。
「……左、任せる」
「え!? 僕が!?」
「1体だけだ。できる」
セリアさんは右の2体に向かっていく。
僕は左の1体と対峙した。
ホブゴブリンが大剣を振りかざす。
僕は深呼吸。
呼吸を整える。
剣を握る力を緩める。
セリアさんの教えを、思い出す。
ホブゴブリンが突進してくる。
大剣が振り下ろされる——
僕は横に避ける。
以前より、速く動けた。
反撃。
ホブゴブリンの腕を斬る。悲鳴。
もう一撃。
胸を貫く。
ホブゴブリンが倒れた。
……倒せた!
僕は自分でも信じられなかった。
「……悪くない」
振り向くと、セリアさんがいた。すでに2体とも倒している。僕の戦いを、見ていてくれたんだ。
「本当ですか!?」
「……ああ」
セリアさんに、認められた。
初めて、役に立てた気がする。
嬉しかった。
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9階層。
大きな空間に出ると、7体のホブゴブリンが待ち構えていた。
セリアさんが言う。
「……4体、私が引きつける」
「残り3体、僕が!」
「……無理するな」
「大丈夫です!」
セリアさんが4体を一気に引きつける。残り3体が僕に向かってきた。
1体目と交戦。
呼吸。剣の握り。体重移動。
セリアさんの教えを、一つ一つ思い出す。
剣を振るう。
1体目の首を斬る。
倒した!
2体目が襲いかかる。
僕は剣で受け止める。衝撃が腕に響く。
反撃。
2体目の胸を貫く。
残り1体——
でも、集中が切れた。
3体目の剣が、肩に当たる。
「っ……!」
痛みが走る。血が滲む。
僕がバランスを崩した瞬間——
セリアさんが割って入った。
一閃。
3体目が倒れる。
「……集中を、切らすな」
「はい……すみません」
「……だが、よく耐えた」
セリアさんの言葉に、僕は顔を上げた。
2体、倒せた。
まだまだだけど……少しは、成長してる。
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階段を降りる。
「10階層……」
僕は呟いた。
ここが、一つの区切り。
10階層から先は、Eランクモンスターが主になる。より強く、より危険。
セリアさんが聞く。
「……引き返すか?」
「いえ! 僕、まだ行けます」
「……そうか」
10階層の光景は、それまでと違っていた。
通路の雰囲気が変わる。石壁がより古く、苔が生えている。空気が重い。湿度も高い。
僕は緊張する。
「ここから先、Eランクモンスターが増える」
セリアさんが言う。
「気を抜くな」
「はい」
通路を進むと、すぐに敵が現れた。
4体のホブゴブリンと——2体のオーク。
オーク。
Eランクモンスター。ホブゴブリンより一回り大きく、筋肉質な身体。手には巨大な大剣。
僕は息を呑む。
「……オーク、私が相手をする」
セリアさんが前に出る。
「ホブゴブリンは?」
「……お前が、やれ」
「4体も!?」
「できる」
セリアさんはそう言って、2体のオークに向かった。
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4体のホブゴブリンが、僕に襲いかかる。
一斉に。
僕は後退しながら、剣を構えた。
呼吸。
剣の握り。
周囲への警戒。
1体目が剣を振り下ろす。
僕は横に避け、反撃。
腕を斬る。
2体目が横から襲う。
剣で受け止める。衝撃。
3体目、4体目が同時に——
僕は後ろに跳ぶ。
でも距離が足りない。
剣が、肩をかすめる。
血が飛ぶ。
「っ……!」
痛い。
でも、止まらない。
前に踏み込む。
1体目の胸を貫く。
残り3体。
息が荒い。
身体が重い。
でも——
「まだ……!」
剣を振るう。
2体目の首を斬る。
残り2体。
同時に襲いかかってくる。
僕は——
「……」
セリアさんが割って入った。
一閃。
2体が倒れる。
「……限界だ。休め」
「す、すみません……」
僕は地面に座り込んだ。
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セリアさんが傷の手当てをしてくれている。
「……無理をするな」
「でも、2体倒せました」
「……ああ」
「セリアさんのおかげです」
セリアさんは何も言わない。
僕は空を見上げる。
10階層。
ここに来られるなんて、思ってなかった。
3ヶ月前、冒険者になった時は、5階層も怖かった。
でも今、10階層にいる。
セリアさんと一緒だから。
「セリアさん」
「……何だ」
「ありがとうございます」
セリアさんは少し黙る。
「……まだ、礼を言うのは早い」
「え?」
「ここから先が、本番だ」
セリアさんは立ち上がる。
「……休んだら、進むぞ」
「はい!」
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通路を歩くセリアさんの背中を、僕は見ていた。
あの背中が、少しだけ近く感じる。
まだまだ弱い。
まだまだ足りない。
でも、確実に成長してる。
セリアさんが、導いてくれている。
僕は自分の剣を見る。
儀式で授かった、僕の剣。
……温かい。
また、剣が温かくなっている。
戦っている時も、そうだった。
まるで、励ましてくれているみたいに。
「大丈夫。お前なら、できる」
そんな声が、聞こえる気がする。
僕は剣を握りしめた。
ありがとう。
僕の剣。
そして——
ありがとう、セリアさん。
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セリアは考えていた。
……教える、ということ。
なぜ、私は教えているのか。
放っておけばいいのに。
でも、口が勝手に動く。
まるで、何度もそうしてきたように。
記憶の断片が、フラッシュバックする。
「セリア、いいか。仲間を守るんだ」
「一人じゃない。お前には、俺たちがいる」
誰かの声。
男の声。
優しく、力強い声。
……仲間。
私には、いたのか。
仲間が。
セリアは後ろを振り返る。
アシュが、自分の剣を見つめている。
彼は、私の仲間なのか?
……わからない。
でも。
彼が成長するのを見ると。
少しだけ。
……温かい?
セリアは首を振った。
「……考えても、意味がない」
進むだけだ。
深層へ。
真実へ。
でも、もう一人ではない。
後ろに、誰かがいる。
それが、どういう意味なのか。
セリアには、まだわからなかった。
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10階層。
二人の旅は、ここから本格的に始まる。
少年は成長し、少女は変わり始める。
そして——
剣の秘密が、少しずつ明らかになる。
まだ、誰も気づいていない。
この世界の真実に。
剣に隠された、恐ろしい意思に。




