第133話 同じ言葉
398階層。
私たちは、石造りの部屋で休息を取っていた。
広めの空間。天井は高く、柱が等間隔に並んでいる。かつては、何かの神殿のような場所だったのかもしれない。今は、ただの廃墟。
松明の光が、柱の影を壁に映し出している。
揺れる影。
それは、まるで生き物のように、ゆらゆらと動いている。
私は、壁に背を預けて座っていた。
疲労が、全身に染み渡っている。
だが、眠れない。
頭の中で、疑問が渦巻き続けている。
誰も、狂わない。
剣の声を、誰も話題にしない。
足音が、揃いすぎている。
戦闘の動きが、同期している。
全てが——
全てが、おかしい。
でも、確証がない。
ただの、疑いかもしれない。
私が、疲れているだけかもしれない。
だから——
だから、黙っている。
進むことだけを、考えようとしている。
でも——
違和感は、消えない。
それは、じわじわと、心を蝕んでいく。
「セリア」
エレナが、私の隣に座った。
「……何だ」
「ずっと、考え込んでるわね」
「……そうか」
「何か、気になることがあるの?」
「……いや」
私は、首を振った。
「何でもない」
「そう……」
エレナは、微笑む。
その笑顔が——
また、不自然に見えた。
まるで、決められた通りに笑っているような——
——いや。
気のせいだ。
私は、視線を逸らした。
部屋の中央で、リオンとゼノが話している。
「明日は、どう進む?」
ゼノが、問う。
「このまま直進だ。400階層まで、あと少しだ」
リオンが、答える。
「了解。じゃあ、早めに休むか」
「ああ、そうしよう」
二人の会話。
それは、いつも通りの、普通の会話だった。
だが——
何かが、引っかかる。
何が、おかしいのか。
わからない。
でも——
何かが、決定的に——
「休憩が終わったら、次の階層へ進むぞ」
リオンが、立ち上がる。
その言葉に——
私は、頷こうとした。
だが——
「次の階層へ進むぞ」
ゼノの声が、重なった。
——え?
私は、固まった。
同じ言葉。
全く同じ。
リオンと、ゼノが——
同時に、同じ言葉を——
「次の階層へ」
エレナの声も、続く。
「次の階層へ」
ケインの声。
「次の階層へ」
ルナの声。
全員が——
全員が、同じ言葉を——
——何だ、これは。
私は、立ち上がった。
心臓が、激しく鳴っている。
全員が、私を見ている。
だが——
その目に、何の感情も浮かんでいない。
ただ、静かに、私を見つめている。
「……どういうことだ」
私は、声を絞り出した。
だが——
誰も、答えない。
ただ、静寂だけがあった。
数秒の、沈黙。
そして——
「セリア? どうした?」
リオンが、首を傾げる。
「……今」
私は、言葉を探した。
「今、全員が——同じ言葉を——」
「同じ言葉?」
リオンが、不思議そうな顔をする。
「俺は、『次の階層へ進むぞ』と言っただけだが」
「……ああ、俺も聞いた」
ゼノが、頷く。
「リオンがそう言った」
「私も、聞いたわ」
エレナが、同意する。
ケインとルナも、頷いた。
——違う。
違う。
全員が、同時に言った。
私は、確かに聞いた。
同じ言葉を、全員が——
「セリア、疲れているんじゃないか?」
リオンが、心配そうに言う。
「少し、休んだ方がいい」
「……いや」
私は、首を振った。
「私は、確かに——」
だが、言葉が続かない。
本当に、そうだったのか?
全員が、同時に喋ったのか?
それとも——
私が、聞き間違えたのか?
疲れているから、幻聴を——
——わからない。
もう、何が正しいのか、わからない。
「……すまない」
私は、座り込んだ。
「少し、疲れていたようだ」
「そうか……無理するなよ」
リオンが、私の肩に手を置く。
「しっかり休め。明日、また進めばいい」
「……ああ」
私は、頷いた。
リオンは、微笑んで、離れていった。
私は——
私は、ただ座っていた。
頭の中が、混乱している。
本当に、聞き間違えたのか?
それとも——
本当に、全員が同じ言葉を言ったのか?
もし、後者なら——
それは、何を意味する?
わからない。
わからないまま、時間だけが過ぎていく。
やがて、休息の時間が終わった。
「出発するぞ」
リオンの声。
私は、立ち上がった。
荷物を背負う。
剣を腰に差す。
そして——
私たちは、部屋を出た。
通路を進む。
足音が、響く。
カツン、カツン、カツン——
やはり、揃いすぎている。
私は——
私は、仲間たちの背中を見た。
リオン、ゼノ、エレナ、ケイン、ルナ。
五人の背中。
それは、いつも通りだった。
何も、変わっていない。
なのに——
なのに、何かが違う。
何かが、決定的に違う。
でも、それが何なのか——
まだ、わからない。
通路の先に、階段があった。
下り階段。
「降りるぞ」
リオンが、先頭に立つ。
私たちは、階段を降り始めた。
一段、また一段。
石の感触が、足裏に伝わる。
そして——
階段を降りきった。
目の前に、広間がある。
壁に、数字が刻まれている。
399。
「399階層だ」
ケインが、確認する。
「もうすぐ400だな」
ゼノが、言う。
私は——
私は、ただ黙っていた。
胸の奥で、冷たいものが広がっている。
恐怖。
それは、じわじわと、心を侵食していく。
何かが——
何かが、おかしい。
でも、何が?
わからない。
わからないまま——
進むしかない。
「セリア、大丈夫か?」
エレナが、心配そうに問う。
「……平気だ」
「そう……でも、本当に無理しないでね」
「……ああ」
私は、短く答えた。
エレナは、微笑む。
その笑顔が——
その笑顔が、また——
まるで、機械的に——
——いや。
考えるな。
進め。
ただ、進め。
私は、前を向いた。
399階層。
あと一階層で、400階層。
そこに——
そこに、何があるのか。
わからない。
でも——
進むしかない。
それが——
それが、今の私にできる全てだから。
私たちは、399階層を探索し始めた。
通路を進む。
部屋を調べる。
死体を見つけ、物資を回収する。
いつも通りの、作業。
だが——
頭の中で、あの言葉が繰り返される。
「次の階層へ進むぞ」
「次の階層へ進むぞ」
「次の階層へ」
「次の階層へ」
「次の階層へ」
全員の声が、重なる。
同じ言葉を、繰り返す。
——本当に、聞こえたのか?
それとも、幻聴だったのか?
もう、わからない。
でも——
もし、本当に聞こえたのなら——
それは、何を意味する?
何故、全員が同じ言葉を?
何故、同時に?
まるで——
まるで、全員が——
一つの存在のように——
——いや。
そんなはずはない。
そんなこと、ありえない。
私は、自分に言い聞かせた。
でも——
心の奥で——
何かが、確実に崩れ始めていた。
信じていたもの。
頼っていたもの。
それが——
それが、少しずつ——
崩れていく。
「セリア」
リオンが、振り返る。
「……何だ」
「次の通路だ。行くぞ」
「……ああ」
私は、頷いた。
そして——
前へ。
進む。
ただ、進む。
疑問を抱えたまま。
恐怖を感じながら。
それでも——
立ち止まれない。
立ち止まれば——
立ち止まれば、全てが崩れてしまう。
だから——
進み続ける。
前へ。
前へ。
暗闇の中を。
真実へ。
——いや。
真実から、逃げているのか?
もう、わからない。
でも——
進むしかない。
それだけが——
それだけが、確かなことだから。




