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人は剣に還る  作者: たくわん。


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第132話 揺るがぬ六人

 395階層。


 それから、数日が経った。


 探索。


 戦闘。


 休息。


 そして、また探索。


 同じことの繰り返し。


 だが、それが私たちの日常だった。


 ダンジョンの深層では、時間の感覚が曖昧になる。昼も夜もない。ただ、延々と続く暗闇があるだけ。


 私たちは、体内時計を頼りに、休息の時間を決めていた。


「今日は、ここで休もう」


 リオンが、広めの空間を指差す。


「了解」


 全員が、荷物を下ろす。


 私も、壁に背を預けて座った。


 疲労が、全身に染み渡っている。


 だが、まだ耐えられる。


 まだ、進める。


 エレナが、水筒を差し出してくれた。


「セリア、水を飲んで」


「……ありがとう」


 私は、水を口にした。


 冷たい水が、喉を潤す。


 生きている。


 まだ、生きている。


 それだけが、確かなことだった。


「セリア、食料も食べないと」


 エレナが、乾燥した肉を差し出す。


「……ああ」


 私は、それを受け取った。


 口に入れる。


 硬い。


 味も、ほとんどない。


 だが、これが私たちの食事だった。


 死者から回収した食料。


 それを、少しずつ口にして、生き延びる。


 ——罪悪感。


 それは、いつも胸にある。


 でも、慣れてきた。


 慣れてしまった。


 それが、恐ろしかった。


「みんな、よく持ちこたえているな」


 ゼノが、呟く。


「ああ、誰も倒れていない」


 ケインが、同意する。


 私は、ふと思った。


 ——そうだ。


 誰も、倒れていない。


 誰も、狂っていない。


 それは——


 それは、おかしくないか?


 深層では、精神が削られる。


 絶望が、心を蝕む。


 発狂する者もいる。


 自殺する者もいる。


 それが、深層の現実だ。


 なのに——


 私たちは、誰も狂っていない。


 リオンは、常に冷静だ。


 ゼノは、いつも通りの明るさを保っている。


 エレナは、優しく穏やかだ。


 ケインは、真面目に任務をこなす。


 ルナは、静かに警戒を続ける。


 誰も——


 誰も、心が折れていない。


 ——おかしい。


 これは、おかしい。


 普通なら、誰か一人くらいは——


 精神的に追い詰められるはずだ。


 絶望に呑まれるはずだ。


 なのに——


 なのに、全員が揺るがない。


 まるで——


 まるで、何も感じていないかのように——


 私は、仲間たちを見た。


 リオンは、地図を確認している。


 ゼノは、剣の手入れをしている。


 エレナは、治療薬の在庫を数えている。


 ケインは、通路の方を警戒している。


 ルナは、静かに目を閉じている。


 全員が——


 全員が、落ち着いている。


 動揺していない。


 恐怖を、感じていない。


 ——何故?


 何故、誰も狂わない?


 何故、誰も心が折れない?


 私は——


 私も、辛い。


 絶望を、感じている。


 罪悪感に、押し潰されそうになる。


 でも——


 でも、まだ耐えている。


 進もうとしている。


 だから——


 だから、仲間たちも同じなのか?


 強い意志を持っているから、耐えられるのか?


 ——そうだ。


 きっと、そうだ。


 彼らは、優秀な冒険者だ。


 精神力も、強い。


 だから、狂わない。


 だから、揺るがない。


 私は、そう自分に言い聞かせた。


 でも——


 胸の奥で、何かが囁く。


 ——違う、と。


 ——これは、異常だ、と。


 ——人間は、こんなに強くない、と。


「セリア」


 リオンが、私を見た。


「……何だ」


「明日は、さらに進むぞ。準備はいいか?」


「……ああ」


 私は、頷いた。


「問題ない」


「そうか。なら、今日はしっかり休め」


「……わかった」


 リオンは、微笑んだ。


 その笑顔が——


 何故か、不自然に見えた。


 まるで——


 まるで、作り物のような——


 ——いや。


 気のせいだ。


 疲れているんだ。


 だから、余計なことを考える。


 私は、目を閉じた。


 休もう。


 明日のために。


 だが——


 眠れなかった。


 頭の中で、疑問が渦巻き続ける。


 誰も、狂わない。


 誰も、心が折れない。


 剣の声を、誰も話題にしない。


 足音が、揃いすぎている。


 全てが——


 全てが、少しずつおかしい。


 でも、決定的な証拠はない。


 ただ、違和感だけがある。


 微かな歪み。


 それが、私の心を蝕んでいく。


 ——何かが、おかしい。


 でも、何が?


 わからない。


 わからないまま、時間だけが過ぎていく。


 やがて、休息の時間が終わった。


「起きろ、出発するぞ」


 リオンの声に、私は目を開けた。


「……ああ」


 私は、立ち上がった。


 全員が、既に準備を終えていた。


 誰も——


 誰も、疲れた様子がない。


 まるで、十分に休息を取ったかのように——


 ——本当に、大丈夫なのか?


 私は、そう問いたかった。


 でも、言葉が出てこなかった。


 言えば——


 言えば、何かが崩れてしまいそうだった。


 だから、黙っていた。


 私たちは、再び歩き始めた。


 通路を進む。


 足音が、響く。


 カツン、カツン、カツン——


 完璧に揃った足音。


 六人分なのに、一つの音のように聞こえる。


 私は——


 私は、わざと足音を乱してみた。


 少し、歩調をずらす。


 すると——


 仲間たちの足音も、同時にずれた。


 まるで——


 まるで、私に合わせているかのように——


 ——気のせいか?


 いや——


 いや、確かに——


 私は、また歩調を戻した。


 すると——


 仲間たちの足音も、元に戻った。


 完璧に、揃う。


 ——おかしい。


 これは、絶対におかしい。


 だが——


 だが、どう説明すればいい?


 単なる偶然かもしれない。


 反響のせいかもしれない。


 確証がない。


 だから——


 だから、黙っているしかない。


 通路の先に、モンスターが現れた。


 大型の、獣型モンスター。


「構えろ!」


 リオンの指示に、全員が剣を構える。


 戦闘が、始まる。


 私は、モンスターに斬りかかった。


 剣が、肉を裂く。


 血が、飛び散る。


 モンスターが、反撃してくる。


 私は、それを避ける。


 そして——


 ふと、横を見た。


 リオンが、同じように動いている。


 ゼノも。


 エレナも。


 ケインも。


 ルナも。


 全員が——


 全員が、私と同じタイミングで動いている。


 まるで——


 まるで、私の動きをトレースしているかのように——


 ——いや。


 これは、連携だ。


 長年共に戦ってきた仲間だから、動きが揃う。


 それだけのことだ。


 私は、そう思うことにした。


 だが——


 違和感は、消えなかった。


 モンスターを倒す。


 死体が、倒れる。


「よし、次へ進むぞ」


 リオンが、前を向く。


 私たちは、再び歩き始めた。


 そして——


 数時間後、私たちは398階層に到達した。


 壁に刻まれた数字。


 398。


「もうすぐ400階層だな」


 ゼノが、言う。


「ああ、順調だ」


 ケインが、頷く。


 私は——


 私は、ただ黙っていた。


 胸の奥で、冷たいものが広がっていく。


 違和感。


 疑問。


 不安。


 全てが、積み重なっていく。


 でも——


 でも、口には出せない。


 なぜなら——


 なぜなら、確証がないから。


 ただの、疑いだから。


 もしかしたら——


 もしかしたら、全部私の思い込みかもしれない。


 疲れているから、おかしなことを考えているだけかもしれない。


 だから——


 だから、黙っている。


 進むことだけを、考える。


 それが——


 それが、今の私にできる全てだった。


「セリア、大丈夫か?」


 エレナが、心配そうに問う。


「……平気だ」


「そう……でも、無理しないでね」


「……ああ」


 私は、短く答えた。


 エレナは、微笑む。


 その笑顔が——


 その笑顔が、また不自然に見えた。


 まるで——


 まるで、機械的に笑っているかのように——


 ——違う。


 違う。


 そんなはずはない。


 エレナは、優しい人だ。


 本当に、心配してくれている。


 私が、疲れているだけだ。


 だから——


 だから、おかしなことを考える。


 私は、自分に言い聞かせた。


 でも——


 心の奥で——


 何かが、確実に崩れ始めていた。


 それが、何なのか。


 まだ、わからない。


 でも——


 やがて、わかる日が来る。


 きっと。


 そして——


 その時、私は——


 私は、全てを知る。


 真実を。


 この違和感の正体を。


 全てを——

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