第123話 安息の場所
治療を終えた私たちは、347階層へと降りることにした。
ルナも——意識を取り戻していた。
彼女は少し弱々しかったが、歩ける状態だった。
「……大丈夫か?」
リオンが尋ねた。
「ええ……なんとか」
ルナが答えた。
私たちは——階段を降り始めた。
一段一段、慎重に。
全員が傷を負っている。無理はできない。
階段を降りきると——347階層が姿を現した。
そこは——洞窟だった。
天井は低く、壁は湿っている。床は凸凹していて、歩きにくい。所々に水溜まりがあり、その水面が松明の光を反射していた。
「……暗いな」
ゼノが呟いた。
「ええ。でも——モンスターの気配は感じないわ」
エレナが答えた。
私たちは慎重に洞窟を進んだ。
足音が——水を踏む音に変わる。
ちゃぷ、ちゃぷ、という音が響く。
そして——洞窟の奥に、何かが見えた。
「……あれは」
リオンが立ち止まった。
私も目を凝らした。
それは——広い空間だった。
天井は高く、壁は円形に広がっている。そして——中央には、小さな泉があった。
透明な水が湧き出していて、静かに水面が揺れている。
「……泉だ」
ケインが呟いた。
私たちは泉に近づいた。
水は——澄んでいた。
底まで見える。
「……飲めるかしら?」
エレナが尋ねた。
リオンが水を手に取り、匂いを嗅いだ。
「……大丈夫そうだ」
彼が少し口に含んだ。
「……問題ない。綺麗な水だ」
リオンの言葉に、私たちは安堵の息を吐いた。
「……ここで休もう」
リオンが言った。
「泉もある。しばらくは、安全だろう」
「ええ。そうしましょう」
エレナが同意した。
私たちは荷物を下ろし、泉の周りに座り込んだ。
全身が——重い。
疲労が、限界に達している。
「……やっと、休める」
ケインが呟いた。
「ああ……本当に」
ゼノが答えた。
私は泉の水を飲んだ。
冷たく、清らかな水が喉を潤す。
生き返るような感覚だった。
「……美味しい」
私は呟いた。
「ええ。本当にね」
エレナが微笑んだ。
私たちは——しばらく、ただ休んでいた。
誰も——口を開かなかった。
ただ——呼吸を整え、身体を休める。
時間が——ゆっくりと過ぎていった。
どれくらい経っただろうか。
リオンが——口を開いた。
「……ここで、数日休もう」
彼が言った。
「傷も——まだ完全には治っていない。無理して進むより、しっかり休んでから先に進んだ方がいい」
「賛成だ」
ゼノが頷いた。
「俺も——まだ左腕が使えない。もう少し休みたい」
「私も——そう思うわ」
エレナが同意した。
「ルナも、まだ本調子じゃないし」
私も——頷いた。
確かに——今は休むべきだ。
このまま進んでも——また危険な目に遭うだけだ。
「……じゃあ、決まりだな」
リオンが言った。
「ここで——数日、休息をとる」
私たちは泉の周りに陣取った。
リオンとゼノが——入口に石を積み、簡単なバリケードを作る。
エレナとルナが——食事の準備をする。
ケインは——松明を設置し、明かりを確保する。
私は——周囲を警戒していた。
モンスターの気配はないか。
罠はないか。
全てを確認する。
だが——何も見つからなかった。
ここは——本当に、安全なようだった。
「……セリア、食事できたわよ」
エレナが声をかけてきた。
私は彼女のもとへ行った。
乾燥肉、硬いパン、そして泉の水。
質素な食事だ。
でも——今の私たちには、十分だった。
私たちは——静かに食事をした。
炎が揺れる。
影が踊る。
誰も——あまり口を開かなかった。
ただ——黙々と、食べる。
そして——食事を終えた後。
リオンが——口を開いた。
「……見張りの順番を決めよう」
彼が言った。
「今は全員が傷を負っている。でも——誰かが見張らないと危険だ」
「順番は?」
ゼノが尋ねた。
「俺が最初。次にゼノ、セリア、ケイン、エレナ、ルナの順だ」
リオンが答えた。
「ルナは——まだ本調子じゃない。最後にした」
「わかったわ」
ルナが頷いた。
私たちは——それぞれ休息をとることにした。
私は壁に背中を預け、目を閉じた。
疲労が——全身を包み込む。
そして——眠りに落ちた。
夢を——見なかった。
ただ——深い、深い眠り。
何時間後だろうか。
私は——声で目を覚ました。
「セリア、交代だ」
ゼノの声だった。
私は目を開けた。
周囲は——静かだった。
皆が眠っている。
「……わかった」
私は立ち上がった。
身体は——まだ痛む。
だが——少しは楽になっていた。
ゼノと入れ替わり、私は見張りを始めた。
松明を持ち、入口の方を向く。
バリケードの向こうには——暗闇が広がっている。
何かが——来るかもしれない。
私は——剣を握り締めた。
時間が——ゆっくりと過ぎていく。
静寂の中で、水が滴る音だけが聞こえる。
ポタン、ポタン、という規則正しい音。
そして——私は、ふと考えた。
……このまま、ずっとここにいられたら。
危険なモンスターと戦わずに済む。
傷を負うこともない。
ただ——静かに、過ごせる。
でも——それは無理だ。
食料も水も——いずれ尽きる。
前に——進まなければならない。
500階層へ。
そこに——答えがあるはずだ。
私は——泉を見た。
透明な水が、静かに湧き出している。
水面が——微かに揺れている。
美しい光景だった。
こんな場所が——ダンジョンの中にあるなんて。
不思議だった。
時間が過ぎた。
そして——ケインを起こし、見張りを交代した。
私は再び眠りについた。
翌日。
私たちは——傷の手当てを続けた。
エレナが治療薬を使い、丁寧に包帯を巻き直す。
リオンの傷は——少しずつ塞がっている。
ゼノの左腕も——少しは動くようになってきた。
ケインの肩も——痛みが和らいでいる。
ルナも——顔色が良くなってきた。
そして——私の肋骨も、少しは楽になっていた。
「……順調ね」
エレナが言った。
「ええ。あと数日休めば——また動けるようになるわ」
「……助かったな、この泉があって」
ゼノが呟いた。
「ああ。水があるだけで——全然違う」
リオンが答えた。
私たちは——泉の周りで、ゆっくりと時間を過ごした。
食事をし、傷を手当てし、眠る。
ただ——それだけの日々。
でも——それが、どれだけ貴重なことか。
私たちは——改めて実感していた。
三日目。
私たちは——ほぼ回復していた。
まだ完全ではないが——戦える状態だった。
「……そろそろ、行くか」
リオンが言った。
「ああ。もう十分休んだ」
ゼノが頷いた。
「でも——無理はしないでね」
エレナが心配そうに言った。
「わかってる」
リオンが微笑んだ。
私たちは——荷物をまとめた。
治療薬、食料、水、松明。
全てを確認する。
「……行くぞ」
リオンが言った。
私たちは——泉の場所を後にした。
短い休息だったが——とても貴重な時間だった。
そして——私たちは、再び歩き始めた。
347階層の奥へ。
未知の危険が待つ——その先へ。
足音が響く。
六人の足音。
規則正しく、重なり合って。
でも——私は、もう気にしなかった。
ただ——前を向いて、歩く。
仲間と共に。
500階層を目指して。
私たちの旅は——まだ続いていた。




