第121話 傷だらけの休息
目を覚ましたとき、私はまだ階段の前にいた。
身体が——重い。
全身が痛む。
肋骨が軋み、呼吸するたびに鋭い痛みが走る。
「……起きたか」
リオンの声が聞こえた。
私は顔を上げた。
リオンが——松明の番をしていた。
彼も満身創痍だ。包帯が全身に巻かれ、所々に血が滲んでいる。
「……どれくらい、眠っていた?」
私は尋ねた。
「三時間くらいだ」
リオンが答えた。
「みんなも——寝ている」
私は周囲を見回した。
ゼノが壁に寄りかかって眠っている。左腕には包帯が巻かれ、時折苦しそうに顔をしかめる。
ケインも眠っている。肩の傷が痛むのか、うなされているようだった。
エレナとルナは——少し離れた場所で眠っていた。
ルナは気を失ったままだったが、呼吸は安定している。エレナが彼女の頭を膝に乗せ、眠りながらも看病していた。
「……全員、無事か」
私は呟いた。
「ああ。奇跡的にな」
リオンが答えた。
彼の声には——疲労が滲んでいた。
私は立ち上がろうとした。
だが——身体が動かない。
痛みで、力が入らない。
「……無理するな。まだ休んでいろ」
リオンが言った。
「でも——」
「俺が見張ってる。お前は休め」
彼の言葉に、私は頷いた。
確かに——まだ動ける状態ではない。
私は再び壁に背中を預けた。
「……リオン」
「何だ?」
「さっきの獣——あれは、何だったんだ?」
私は尋ねた。
リオンは少し考え込んだ。
「……おそらく、アルファヘルハウンドだろう。ヘルハウンドの群れを率いる、最強の個体だ」
「……強かったな」
「ああ。俺も——あんなに苦戦したのは初めてだ」
リオンが呟いた。
「本当に——死ぬかと思った」
彼の声には、珍しく恐怖が滲んでいた。
私も——同じだった。
あの獣との戦いは——本当に、死を覚悟した。
何度も——死にそうになった。
でも——生き延びた。
全員で——生き延びた。
「……この先も、こんな戦いが続くのか?」
私は尋ねた。
リオンは——答えなかった。
ただ——暗闇を見つめていた。
「……わからない」
彼がようやく答えた。
「でも——おそらく、もっと厳しくなるだろうな」
「……そうか」
私は呟いた。
沈黙が訪れた。
松明の炎が、微かに揺れている。
影が——壁に踊る。
「……セリア」
リオンが口を開いた。
「……何だ」
「お前——本当に、記憶がないのか?」
彼の問いに、私は少し戸惑った。
「……ああ。2年分の記憶が——ない」
「でも——戦い方は知っている。モンスターの弱点も、最適な動きも、全て身体が覚えている」
リオンが続けた。
「まるで——何度も戦ったことがあるかのように」
「……そうだな」
私は頷いた。
確かに——不思議だ。
記憶にはないのに、身体は知っている。
なぜだろう。
「……お前は——本当に500階層まで行ったんだろうな」
リオンが呟いた。
「ギルドカードに記録がある。だから——間違いない」
「でも——なぜ、記憶を失ったんだ?」
彼の問いに、私は答えられなかった。
……なぜ?
私は——何を見たんだ?
500階層で——何があったんだ?
「……わからない」
私は正直に答えた。
「でも——きっと、500階層に行けば答えがある」
「……そうだな」
リオンが頷いた。
「俺たちも——一緒に行こう」
彼の言葉に、私は顔を上げた。
「……いいのか?」
「ああ。俺たちは——仲間だ」
リオンが微笑んだ。
「一緒に——500階層を目指そう」
私は——胸が温かくなるのを感じた。
仲間。
一緒に戦う仲間。
それが——こんなにも心強いものだとは。
「……ありがとう」
私は呟いた。
「礼なんていい。俺たちも——お前がいなければ、あの獣には勝てなかった」
リオンが答えた。
私は——再び暗闇を見つめた。
仲間がいる。
一緒に戦う仲間が。
それが——どれだけ大きな支えになるか。
私は——改めて実感していた。
「……少し、休め。次は俺が見張る」
私は言った。
「いや——まだ大丈夫だ」
リオンが答えた。
「無理するな。お前も——満身創痍だろう」
「……わかった」
リオンは渋々頷いた。
「じゃあ——一時間後に交代だ」
「ああ」
私は頷いた。
リオンは壁に背中を預け、目を閉じた。
すぐに——彼の呼吸が深くなった。
眠ったのだろう。
私は松明を見つめた。
炎が——静かに揺れている。
周囲は——静寂に包まれていた。
仲間たちの寝息だけが、微かに聞こえる。
私は——考えた。
この先——どんな敵が待っているのだろう。
もっと強い敵。
もっと危険な罠。
……私たちは、生き延びられるのだろうか。
不安が——胸を締め付ける。
でも——同時に、希望もあった。
仲間がいる。
一緒に戦う仲間が。
それが——私の支えだった。
時間が過ぎた。
一時間後——私はゼノを起こした。
「……見張り、交代だ」
「……ああ、わかった」
ゼノが目を覚ました。
彼も疲れているが、まだ動ける。
「……何かあったら、起こせよ」
「ああ」
私は壁に背中を預け、目を閉じた。
疲労が——全身を包み込む。
そして——再び、眠りに落ちた。
夢を見た。
それは——また、記憶の断片のような夢だった。
暗闇の中を、私は歩いている。
一人で。
足音が響く。
私の足音だけが。
……仲間は?
リオンは?
ゼノは?
エレナは?
ケインは?
ルナは?
誰も——いない。
私は——一人だ。
「……違う」
私は呟いた。
「みんな——いる」
でも——夢の中では、誰もいなかった。
ただ——私一人が、暗闇を歩いている。
そして——前方に、光が見えた。
青白い光。
私はその光に向かって歩いた。
光が——近づいてくる。
そして——その中に、何かが見えた。
剣だ。
五本の剣が、宙に浮いている。
……またか。
またこの夢か。
『……お前だけが、残った』
声が聞こえた。
低く、重い声。
『……一人で、進むんだ』
「違う!」
私は叫んだ。
「私は——一人じゃない!」
でも——声は続ける。
『……本当に?』
『……本当に、仲間はいるのか?』
私は——答えられなかった。
光が——眩しくなる。
そして——。
「セリア!起きろ!」
声が聞こえた。
私は——目を開けた。
ゼノが、私を揺すっていた。
「……どうした?」
「悪い夢でも見てたのか?うなされてたぞ」
「……そうか」
私は深呼吸した。
夢。
またあの夢を見た。
五本の剣。
一人で歩く暗闇。
……あれは、何なんだ?
「大丈夫か?」
ゼノが心配そうに尋ねた。
「……ああ、大丈夫だ」
私は答えた。
でも——心の中では、不安が渦巻いていた。
あの夢——。
何を意味しているんだろう。
私は——首を振った。
考えすぎだ。
ただの夢だ。
現実には——仲間がいる。
リオンも、ゼノも、エレナも、ケインも、ルナも。
みんな——そこにいる。
私は——一人じゃない。
そう——信じていた。
でも——心の奥底では、小さな疑問が残り続けていた。
本当に——そうなのだろうか?




