第119話 絶望の淵
獣の最後の突進が——迫る。
首から血を噴き出しながら、それでもなお獣は止まらなかった。
ドスン、ドスン、ドスン!
地面が揺れる。
巨大な身体が、狂気に満ちた速度で迫ってくる。
「散れ!」
リオンが叫んだ。
私たちは左右に跳んだ。
だが——獣は今度、方向を変えた。
身体を捻り、私に向かって突進してくる。
「セリア!」
リオンの声が遠くで聞こえた。
私は——走った。
全力で。
背後から、獣の足音が迫る。
ドスン、ドスン、ドスン!
距離が——縮まっている。
追いつかれる——。
私は咄嗟に横へ跳んだ。
獣の爪が、私がいた場所を通過する。
石の床が——砕けた。
「くっ……!」
私は地面を転がり、立ち上がろうとした。
だが——獣がすぐに振り向いた。
赤い目が——私を捉える。
逃げ場がない。
獣が——爪を振り上げた。
このままでは——。
「セリアァ!」
ゼノが駆けつけた。
彼の大剣が、獣の前足を叩きつける。
ガキィン!
獣がよろめいた。
私は——その隙に後退した。
「……助かった」
私は息を吐いた。
「礼はいい!まだ終わってない!」
ゼノが叫んだ。
獣が——再び動き出した。
今度は——ゼノに向かって。
爪が振り下ろされる。
ゼノが剣で受け止めた。
ガキィィン!
衝撃でゼノの膝が折れる。
「くっ……重い……!」
ゼノが歯を食いしばった。
獣が——もう片方の爪を振り上げた。
ゼノを——押し潰そうとしている。
「ゼノ!」
リオンが割って入った。
彼の大剣が、獣の爪を受け止める。
だが——リオンは既に傷を負っている。
力が入らない。
爪が——じりじりと押し込まれてくる。
「くそ……!」
リオンが呻いた。
血が——彼の口から滴る。
「リオン!無理するな!」
私は駆け出した。
剣を振り上げ、獣の横腹を斬りつける。
刃が——肉を切り裂いた。
獣が悲鳴を上げる。
ギャオォォ!
獣が尻尾を振り回した。
私は——避けきれなかった。
尻尾が私の脇腹を打つ。
「ぐっ……!」
痛みが全身を駆け巡る。
私は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
ゴツン。
視界が——歪む。
息が——できない。
肋骨が——折れたかもしれない。
「……セリア!」
エレナの声が聞こえた。
私は——なんとか立ち上がろうとした。
だが——身体が動かない。
痛い。
全身が——痛い。
「……くそ」
私は呻いた。
獣が——また動き出した。
今度は——ケインに向かって。
ケインは既に肩を負傷している。
満足に剣を構えることもできない。
「……来るな!」
ケインが叫んだ。
だが——獣は止まらない。
爪が——ケインに迫る。
「ケイン!」
エレナが叫んだ。
だが——間に合わない。
爪が——振り下ろされる。
その時——。
ルナが割って入った。
傷を負った肩を押さえながら、剣を構える。
彼女の剣が——獣の爪を受け止めた。
ガキィン!
だが——ルナの力では、受け止めきれない。
爪が剣を押し潰し——ルナの身体を打った。
「ぐあっ!」
ルナが吹き飛ばされた。
地面を転がり——動かなくなった。
「ルナ!」
エレナが駆け寄った。
「ルナ!しっかりして!」
エレナが必死に呼びかける。
だが——ルナは動かない。
気を失っているのか。
それとも——。
「……くそっ!」
ゼノが叫んだ。
彼が獣に向かって突進する。
大剣を振り上げ、獣の首を狙う。
だが——獣は躱した。
そして——ゼノの腕を爪で切り裂いた。
「ぐあああっ!」
ゼノが悲鳴を上げた。
血が——噴き出す。
ゼノが膝をついた。
剣を——落としてしまった。
「ゼノ!」
リオンが叫んだ。
獣が——ゼノに向かって爪を振り上げた。
このままでは——ゼノが殺される。
「させるか!」
リオンが駆け出した。
傷だらけの身体で、獣に向かって走る。
彼の剣が——獣の爪を弾いた。
だが——その反動で、リオンが倒れた。
「……くっ」
リオンが地面に膝をついた。
血が——彼の身体から溢れている。
もう——限界だ。
「リオン!」
私は叫んだ。
身体を——無理やり動かす。
肋骨が軋む。
痛い。
でも——動かないと。
このままでは——全員が死ぬ。
私は——立ち上がった。
剣を握り締め、獣を見据える。
獣が——こちらを見た。
赤い目が——私を睨む。
そして——獣が動いた。
今度は——私に向かって。
最後の——獲物。
私は——剣を構えた。
身体が——震えている。
恐怖で。
痛みで。
疲労で。
でも——止まれない。
ここで——止まれない。
獣が——突進してくる。
ドスン、ドスン、ドスン!
地面が揺れる。
爪が——迫る。
私は——剣を振るった。
ガキィン!
衝撃で腕が痺れる。
だが——止まらない。
獣がもう片方の爪を振るう。
私は躱した。
そして——反撃する。
剣が——獣の首を掠めた。
浅い。
でも——確実にダメージを与えている。
獣が——咆哮した。
ガァァオォォ!
そして——尻尾を振り回した。
私は——避けようとした。
だが——遅かった。
尻尾が——私の腹を打った。
「ぐっ……!」
痛みが——全身を貫く。
私は吹き飛ばされた。
地面を転がる。
剣が——手から離れた。
「……くそ」
私は呻いた。
身体が——動かない。
痛みで。
疲労で。
もう——限界だ。
獣が——近づいてくる。
足音が——聞こえる。
ドスン、ドスン。
ゆっくりと——確実に。
私は——上を向いた。
獣が——そこにいた。
巨大な身体。
赤い目。
血に塗れた口。
そして——振り上げられた爪。
これで——終わりか。
私は——そう思った。
でも——その時。
「……させない」
リオンの声が聞こえた。
彼が——立ち上がっていた。
満身創痍の身体で、剣を構えている。
「……リオン、無理だ。もう——」
私は言いかけた。
だが——リオンは止まらなかった。
「俺たちは——まだ終わってない」
彼がそう言った。
「ここで——諦めない」
リオンが——駆け出した。
血を流しながら、獣に向かって走る。
獣が——リオンを見た。
そして——爪を振り下ろした。
リオンが——剣を振るう。
ガキィィィン!
激しい衝撃音が響く。
リオンが——膝をついた。
だが——止まらない。
彼は——立ち上がった。
そして——再び剣を振るった。
「……諦めるな!」
リオンが叫んだ。
「まだ——戦える!」
彼の言葉に——私は動いた。
身体を——無理やり起こす。
剣を——拾い上げる。
そして——立ち上がった。
「……ああ。まだ——終わってない」
私は呟いた。
ゼノも——立ち上がっていた。
腕から血を流しながら、剣を拾い上げる。
「……まだ、やれるぜ」
彼がそう言った。
ケインも——エレナに支えられながら立ち上がった。
「……俺も、まだ戦える」
私たちは——全員、立っていた。
満身創痍で。
血に塗れて。
でも——まだ立っている。
獣が——私たちを見た。
赤い目に——初めて、恐怖の色が浮かんだ。
そして——私たちは動いた。
最後の——攻撃。




