第115話 休息と疑問
345階層を進むこと数時間。
私たちは——ようやく休める場所を見つけた。
それは——小さな洞穴だった。
入口は狭く、奥行きは三メートルほど。天井は低いが、六人が横になれる広さはある。モンスターが入ってこられないよう、入口に石を積めば——ここは安全な拠点になる。
「……ここで休もう」
リオンが言い、私たちは洞穴の中に入った。
荷物を下ろし、入口に石を積む。
完全に塞ぐわけにはいかない。空気が必要だからだ。だが、モンスターが簡単に入れないようにはできる。
「……やっと休める」
ケインが床に座り込んだ。
「ええ。さすがに疲れたわ」
エレナも座り込んだ。
私も——壁に背中を預けた。
全身が重い。
足が痛い。
腕が痺れている。
前衛で戦うことの厳しさを——改めて実感した。
「食事にしよう」
リオンが荷物から乾燥肉を取り出した。
私たちも食料を分け合った。
乾燥肉、硬いパン、少しの水。
質素な食事だ。
でも——生きるためには十分だった。
私は乾燥肉を噛み締めた。
硬い。
味も——あまりない。
でも——噛めば噛むほど、微かな旨味が広がってくる。
「……この先、どうする?」
ゼノが口を開いた。
「どうするって?」
ケインが尋ねた。
「このまま進み続けて——本当に大丈夫なのか?」
ゼノの声には、不安が滲んでいた。
「食料も薬も、死体を漁って補給するしかない。でも——死体がいつまであるとは限らない」
「……確かに」
リオンが頷いた。
「だが、戻ることはできない。前に進むしかない」
「でも——どこまで進めば、出口があるんだ?」
ゼノが尋ねた。
「……わからない」
リオンが答えた。
沈黙が訪れた。
重い、沈黙。
誰も——答えを持っていなかった。
私たちは——ただ、前に進んでいるだけだ。
出口がどこにあるのか。
本当に出口があるのか。
それすら——わからない。
「……500階層」
私は呟いた。
「え?」
エレナが振り向いた。
「500階層まで行けば——何かがある」
私は続けた。
「私のギルドカードには、500階層到達の記録がある。つまり——私は過去に、そこまで行ったんだ」
「……でも、覚えていないんだろう?」
ゼノが尋ねた。
「ああ。記憶がない。でも——身体は覚えている」
私は自分の手を見た。
「戦い方、モンスターの弱点、最適な動き。全て——身体が知っている」
「……つまり、お前は500階層まで行ったことがある。そして——何らかの理由で記憶を失った」
リオンが整理するように言った。
「ああ。だから——500階層に行けば、答えがあるかもしれない」
私の言葉に、皆が考え込んだ。
「……500階層か」
ゼノが呟いた。
「今、345階層だ。あと155階層……」
「長いわね」
エレナが呟いた。
「でも——目標があるのは、いいことだ」
リオンが言った。
「500階層を目指そう。そこに——答えがあるはずだ」
彼の言葉に、皆が頷いた。
私も——頷いた。
500階層。
そこに——何があるのだろう。
私は——そこで何を見たのだろう。
……わからない。
でも——行くしかない。
「……少し寝よう」
リオンが言った。
「交代で見張りをする。俺が最初だ。次はゼノ、その次はケイン」
「わかった」
ゼノが頷いた。
私は床に横になった。
冷たい石の感触が、背中に伝わる。
目を閉じる。
疲労が——全身を包み込む。
そして——私は眠りに落ちた。
夢を見た。
それは——記憶の断片のような夢だった。
暗闇の中を、私は歩いている。
一人で。
足音が響く。
私の足音だけが。
……誰もいない。
仲間は——どこだ?
リオンは?
ゼノは?
エレナは?
ケインは?
ルナは?
誰も——いない。
私は——一人だ。
そして——前方に、光が見えた。
青白い光。
私はその光に向かって歩いた。
光が——近づいてくる。
そして——その中に、何かが見えた。
それは——剣だった。
五本の剣が、宙に浮いている。
大剣が二本。
細身の剣が一本。
長剣が一本。
そして——もう一本。
五本の剣が——静かに、浮いていた。
……これは。
私は——気づいた。
これは——仲間たちの剣だ。
リオンの剣。
ゼノの剣。
エレナの剣。
ケインの剣。
ルナの剣。
五本の剣が——そこにある。
でも——仲間たちは、いない。
ただ——剣だけが、残っている。
『……俺たちは、剣になった』
声が聞こえた。
低く、重い声。
『……お前だけが、残った』
声が続ける。
『……一人で、進むんだ』
私は——叫ぼうとした。
でも——声が出なかった。
光が——眩しくなる。
そして——。
「セリア」
声が聞こえた。
私は——目を開けた。
リオンが、私を見下ろしていた。
「……悪い夢でも見たのか?」
彼が尋ねた。
私は——深呼吸した。
夢。
今のは——夢だ。
「……ああ。少し、悪い夢を見た」
私は答えた。
「そうか。大丈夫か?」
「……大丈夫だ」
私は立ち上がった。
周囲を見回す。
仲間たちが——そこにいた。
ゼノが見張りをしている。
エレナとケインとルナが眠っている。
みんな——いる。
……夢だ。
ただの夢だ。
私は自分に言い聞かせた。
「……もう少し寝た方がいい」
リオンが言った。
「いや——もう大丈夫だ」
私は頭を振った。
「……そうか」
リオンは私の隣に座った。
「……セリア」
「……何だ」
「お前、何か隠してないか?」
彼の言葉に、私は——固まった。
「……隠す?」
「ああ。さっきの死体の話もそうだ。お前は——何か気づいているんじゃないか」
リオンは鋭い。
私は——少し迷った。
言うべきか。
でも——何を言えばいいのか。
「……時々、違和感を覚える」
私は正直に答えた。
「違和感?」
「ああ。何かが——おかしい気がする」
「……何が、おかしいんだ?」
リオンが尋ねた。
「……わからない。でも——確かに、おかしい」
私は言葉に詰まった。
どう説明すればいいのか。
足音が揃いすぎていること。
仲間の動きが、私の後を追うこと。
死体が残っていること。
これら全てが——おかしい。
でも——それを説明しても、理解されるだろうか。
「……気のせいかもしれない」
私は最後にそう付け加えた。
リオンは——少し考え込んだ。
「……そうか。でも、もし何か気づいたら——教えてくれ」
「……わかった」
私は頷いた。
リオンは立ち上がった。
「……もう少し休め。まだ時間はある」
「……ああ」
私は再び横になった。
でも——もう眠れなかった。
夢の光景が——頭から離れない。
五本の剣。
宙に浮く、仲間たちの剣。
そして——声。
『……俺たちは、剣になった』
……あれは、何だったのだろう。
ただの夢か。
それとも——記憶の断片か。
わからない。
でも——確かに、心に残っていた。
私は——天井を見上げた。
暗闇の中で、微かに光る石。
その光が——まるで星のように見えた。
……私たちは、どこへ向かっているのだろう。
500階層。
そこに——本当に答えがあるのだろうか。
わからない。
でも——行くしかない。
前に——進むしかない。
私は——そう、自分に言い聞かせた。




