第113話 作戦会議
小さな部屋の中で、私たちは息を整えていた。
壁に背中を預け、床に座り込む。誰もが疲労困憊だった。足が痛い。腕が重い。呼吸が荒い。
エレナがゼノの傷を診ていた。
「……深い傷ね。でも、致命傷ではないわ」
彼女が布で傷口を拭いながら言った。
「ありがとう……痛ぇな、これ……」
ゼノが顔をしかめた。
エレナは薬草を傷口に当て、包帯を巻いた。丁寧な手つきで、確実に処置していく。
「ケインも見せて」
エレナがケインに声をかけた。
「ああ……すまない」
ケインが腰の打撲を見せた。壁に叩きつけられた時の傷だ。痛々しい青紫の痣が広がっている。
エレナは薬草を当て、布で固定した。
「……これで大丈夫。でも、無理はしないで」
「わかった。ありがとう」
ケインが頷いた。
私は部屋を観察した。
広さは五メートル四方ほど。天井は低く、壁は石造り。照明はなく、私たちの松明だけが光源だった。部屋の奥には——もう一つ扉があった。
「……あの扉の先は?」
私は呟いた。
「わからない。だが、進むしかないだろうな」
リオンが答えた。
彼は座ったまま、剣を研いでいた。刃を布で拭い、刃こぼれがないか確認している。
「……あのヘルハウンドたち、まだ外にいるのか?」
ゼノが尋ねた。
「わからない。でも、戻るわけにはいかない」
リオンが答えた。
「じゃあ、前に進むしかないわね」
ルナが冷静に言った。
私は考えた。
……このままでいいのだろうか。
ゼノとケインが負傷している。
二人とも動けるが——全力では戦えない。
もし、また強敵と遭遇したら——。
「……作戦を立てよう」
私は口を開いた。
皆が私を見た。
「作戦?」
エレナが尋ねた。
「ああ。このまま闇雲に進んでも、また危険な目に遭うだけだ。今後の方針を決めておくべきだ」
私の言葉に、リオンが頷いた。
「……そうだな。セリアの言う通りだ」
彼は剣を鞘に収め、私たちの方を向いた。
「じゃあ、まず現状を整理しよう」
リオンが言い、皆が耳を傾けた。
「現在、343階層にいる。ゼノとケインが負傷中。治療薬の残りは……エレナ、どれくらいある?」
「残り……八本」
エレナが荷物を確認しながら答えた。
「八本か。厳しいな」
ゼノが顔を曇らせた。
「食料と水は?」
リオンが続けた。
「食料は……二日分。水は……一日半分くらいね」
エレナが答えた。
沈黙が訪れた。
重い、沈黙。
「……戻れないんだよな」
ケインが呟いた。
「ああ。300階層を超えてから、転移装置は一度も見ていない。おそらく——もうないんだろう」
リオンが答えた。
「じゃあ……」
エレナが言葉を詰まらせた。
「前に進むしかない。補給は——ダンジョン内でするしかない」
リオンが冷静に言った。
「ダンジョン内で……どうやって?」
ケインが不安そうに尋ねた。
リオンは少し間を置いてから、答えた。
「……冒険者の死体を探す」
「……っ」
エレナが息を呑んだ。
「さっき、通路で見ただろう。死体がいくつもあった。あいつらの荷物を——漁る」
リオンの言葉に、誰も反論しなかった。
それが——現実だからだ。
「薬、食料、水。使えるものは全て持っていく。それしか、生き延びる方法はない」
リオンが続けた。
「……わかった」
ゼノが重い声で答えた。
私も——頷いた。
死者から奪う。
それは——非道なことかもしれない。
でも——生きるためには、仕方がない。
「水は……モンスターを倒した後、血を避けて周囲の水溜まりから補給する。食料は……」
リオンが言葉を切った。
「……モンスターの肉、か?」
ゼノが呟いた。
「……最悪の場合はな」
リオンが答えた。
私は——吐き気を覚えた。
モンスターの肉を食べる。
想像しただけで、胃が捩れる。
でも——それが、現実だ。
「陣形も見直そう」
リオンが話題を変えた。
「今までは、俺とゼノが前衛、セリアとエレナとケインが中衛、ルナが後衛だった。でも、ゼノとケインが負傷している今——それでは危険だ」
「じゃあ、どうする?」
エレナが尋ねた。
リオンは考えた。
「……俺とセリアが前衛。エレナとルナが中衛。ゼノとケインが後衛だ」
「俺が後衛……?」
ゼノが不満そうに言った。
「お前は肩を負傷している。前線で戦うのは無理だ。後衛から、援護してくれ」
リオンが説明した。
「……わかった」
ゼノが渋々頷いた。
「ケインも、無理はするな。本当に危険な時だけ、戦ってくれればいい」
「……わかった」
ケインも頷いた。
私は——前衛。
リオンと共に、最前線で戦う。
……大丈夫だろうか。
いや——やるしかない。
「それと——もう一つ」
リオンが続けた。
「もし、誰かが致命傷を負ったら——すぐに撤退する。全滅するよりはマシだ」
「撤退……どこへ?」
ゼノが呟いた。
「……どこでもいい。とにかく、距離を取る。そして、傷が癒えるまで隠れる」
リオンの言葉には——重みがあった。
彼も、わかっているのだ。
この先——誰かが死ぬかもしれないことを。
「……他に、何か意見は?」
リオンが尋ねた。
私は少し考えてから、口を開いた。
「……モンスターの情報を共有しよう」
「情報?」
エレナが尋ねた。
「ああ。今まで戦ったモンスターの弱点、攻撃パターン、そういった情報を全員で共有する。そうすれば、次に同じモンスターと遭遇した時——より効率的に戦える」
私の提案に、ルナが頷いた。
「いい考えね。情報は武器になるわ」
「じゃあ、今まで戦ったモンスターを整理しよう」
リオンが言い、私たちは記憶を辿り始めた。
「ストーンゴーレム……関節が弱点」
「装甲騎士……首と胴体の継ぎ目を狙う」
「影のモンスター……実体はあるが、力は弱い。数が多いと危険」
「デスナイト……胸部の核を破壊する」
「ヘルハウンド……速い。群れで行動する。正面からの戦闘は避けるべき」
私たちは次々と情報を出し合った。
リオンがそれを記憶し、整理していく。
「……この先、もっと強いモンスターが出てくるだろうな」
ゼノが呟いた。
「ええ。覚悟しておいた方がいいわ」
ルナが冷静に言った。
私は——不安を感じた。
これから先——どんな敵が待っているのだろう。
もっと強い敵。
もっと危険な状況。
食料も薬も尽きていく。
……私たちは、生き残れるのだろうか。
「……俺たちは、ここまで来た」
リオンが言った。
「これからも——乗り越えられる。信じよう」
彼の言葉に、皆が頷いた。
私も——頷いた。
そうだ。
私たちは——ここまで来た。
共に戦い、共に乗り越えてきた。
これからも——きっと。
「……休憩は終わりだ。そろそろ行こう」
リオンが立ち上がった。
私たちも立ち上がった。
荷物を背負い、武器を構える。
「……行くぞ」
リオンが奥の扉に手をかけた。
そして——扉を開いた。
その先には——長い通路が続いていた。
薄暗く、冷たい。
どこまで続くのか、わからない。
私たちは——前へ進んだ。
足音が響く。
六人の足音。
規則正しく、重なり合って。
まるで——一つの音のように。
でも——私は、まだ気づいていなかった。
その足音の揃い方が——少しだけおかしいことに。
私たちは——ただ、前を向いて歩き続けた。
343階層の先へ。
戻れない道を。
未知の危険が待つ——その先へ。




