第110話 迷宮の中心
迷路を彷徨うこと、どれだけの時間が経っただろうか。
私は時間の感覚を完全に失っていた。
通路は果てしなく続き、分岐点は数え切れないほどあった。私たちは何度も同じ場所に戻り、何度も違う道を選んだ。
だが——出口は見つからなかった。
「……もう限界だ」
ケインが壁に背中を預けながら呟いた。
「休憩しよう。このままじゃ倒れる」
エレナが同意した。
リオンは頷き、私たちはその場で休息をとることにした。
床に座り込む。
足が重い。
疲労が、全身に溜まっていた。
「……このまま、ずっと迷い続けるのか?」
ゼノが不安そうに呟いた。
「いいえ。必ず出口はあるわ。私たちが見落としているだけ」
ルナが冷静に答えた。
私は天井を見上げた。
低い天井。
灰色の石。
そして——微かな光。
……光?
私は目を凝らした。
天井から、微かに光が漏れている。
それは松明の光ではない。もっと——青白い光だった。
「……あれを見ろ」
私は天井を指差した。
「何?」
エレナが顔を上げた。
「天井から、光が漏れている」
私の言葉を聞き、皆が天井を見た。
確かに——微かな光が、天井の隙間から漏れていた。
「……上に、何かあるのか?」
リオンが呟いた。
「もしかしたら、出口かもしれないわ」
ルナが言った。
私たちは立ち上がった。
疲労は残っているが——希望が見えた。
「……行こう」
リオンが言い、私たちは光を追って歩き始めた。
天井の光を目印に、通路を進む。
光は次第に強くなっていった。
そして——通路が開けた。
そこは——巨大な円形の空間だった。
直径は三十メートルほど。天井は高く、遥か上方に青白い光が満ちていた。床は平らで、中央には——巨大な円盤のようなものが埋め込まれていた。
円盤には、複雑な文様が刻まれている。
そして——円盤の周囲には、六つの石柱が立っていた。
「……何だ、ここは」
ゼノが呟いた。
「迷宮の中心……かしら」
エレナが周囲を見回しながら言った。
私たちは慎重に空間へと足を踏み入れた。
足音が反響する。
中央の円盤に近づくと——文様が光り始めた。
青白い光が、文様を辿って流れていく。
そして——声が響いた。
『六人の戦士よ。汝らは迷宮を彷徨い、ここに辿り着いた』
低く、重い声だった。
「……また、試練か?」
ゼノが呟いた。
『試練ではない。これは——選択だ』
声が続けた。
『六つの柱。それぞれが、異なる道を示している。汝らは——分かれるか、共に行くか』
「……分かれる?」
リオンが眉をひそめた。
『六つの道は、全て同じ場所へ辿り着く。だが、それぞれの道には、異なる試練が待っている』
声が説明した。
『汝らが共に行けば——最も困難な道を進むことになる。だが、分かれて行けば——それぞれが軽い試練を受けることになる』
「……どういうことだ?」
ケインが混乱したように言った。
私は六つの柱を見た。
それぞれの柱の前に——通路があった。
六つの通路。
全て、同じ場所へ辿り着く。
でも——試練が違う。
「……つまり、こういうことね」
ルナが整理するように言った。
「私たちが六人で一つの道を行けば、最も困難な試練を受ける。でも、一人ずつ別の道を行けば、それぞれが軽い試練を受ける」
「そういうことか……」
リオンが呟いた。
「でも、分かれるのは危険じゃないか?」
ケインが不安そうに言った。
「確かに。でも、六人で困難な試練を受けるのも危険だわ」
エレナが答えた。
私は考えた。
分かれるか、共に行くか。
どちらが正しいのか。
……いや、正しいも間違いもないのかもしれない。
ただ——選択するだけだ。
「……俺は、どちらでもいい」
ゼノが言った。
「みんなの判断に従う」
「私も同じよ」
エレナが同意した。
リオンは私を見た。
「……セリア、お前はどう思う?」
私は——考えた。
共に行くべきか。
それとも、分かれるべきか。
……共に行けば、困難な試練が待っている。
でも——仲間がいる。
分かれれば、試練は軽い。
でも——一人だ。
どちらが——いいのだろう。
「……私は」
私は口を開いた。
「……分かれたくない」
その言葉は——自然に出てきた。
「一人は——嫌だ」
私はそう言った。
リオンは微笑んだ。
「そうか。なら、決まりだな」
「ああ。俺たちは、共に行く」
ゼノが頷いた。
「ええ。困難でも、一緒なら乗り越えられるわ」
エレナが言った。
「よし、じゃあ決まりだな」
ケインが笑顔を見せた。
ルナも静かに頷いた。
「……じゃあ、行きましょう」
私たちは中央の円盤に近づいた。
『共に行くか。ならば——覚悟せよ』
声が響いた。
『汝らの絆が、試されることになる』
円盤が光り始めた。
青白い光が溢れ出し、私たちを包み込む。
そして——足元が消えた。
私たちは——落下していた。
「うわああああ!」
ケインの叫び声が響く。
暗闇の中を、ただ落ちていく。
どこまで落ちるのか。
わからない。
ただ——落ち続けた。
そして——衝撃。
ドスン、という音と共に、私は地面に叩きつけられた。
「……っ!」
痛みが全身を駆け巡る。
だが——致命傷ではない。
私は身体を起こした。
周囲を見回す。
そこは——広い空間だった。
天井は高く、壁は遠い。床は石で、平らだった。
そして——仲間たちも、近くに倒れていた。
「……みんな、大丈夫か?」
リオンが立ち上がりながら言った。
「ああ……なんとか」
ゼノが答えた。
「痛いけど……生きてるわ」
エレナが顔をしかめながら言った。
私たちは全員、無事だった。
「……ここは、どこだ?」
ケインが周囲を見回した。
「わからない。でも——試練の場所、なのかしら」
ルナが言った。
そして——空間の奥から、音が聞こえた。
ズシン、ズシン、という重い足音。
「……何か来るぞ」
ゼノが剣を構えた。
私たちも武器を構えた。
足音が近づいてくる。
そして——姿を現した。
それは——巨大な騎士だった。
高さは五メートル以上。全身が黒い鎧で覆われている。右手には巨大な剣、左手には盾を持っていた。目の部分だけが赤く光り、こちらを見据えている。
「……デスナイト……!」
ルナが呟いた。
「しかも、でかい……!」
ケインが叫んだ。
デスナイトが——剣を振り上げた。
「散れ!」
リオンが叫び、私たちは左右に跳んだ。
デスナイトの剣が——地面に叩きつけられた。
ドォォォン!
激しい衝撃が走る。
地面が砕け、破片が飛び散った。
「……強いぞ、これ!」
ゼノが叫んだ。
「みんな、集中して!」
リオンが指示を出した。
私は剣を握り締めた。
これが——困難な試練。
私たちが共に行くことを選んだ結果。
ならば——乗り越えるしかない。
デスナイトが——再び剣を振るった。
戦いが——始まった。




