第109話 分かれ道
階段を降りきると、342階層が姿を現した。
そこは——迷路だった。
視界の限り、石壁が続いている。天井は低く、圧迫感がある。通路は狭く、一度に二人が並んで歩けるかどうかという幅だった。
「……迷路か」
ゼノが呟いた。
「厄介ね。道を間違えたら、延々と彷徨うことになるわ」
エレナが不安そうに言った。
リオンは通路を見据えた。
「……慎重に行こう。目印をつけながら進む」
彼がそう言い、私たちは迷路へと足を踏み入れた。
通路は薄暗い。松明の光だけが頼りだった。壁は灰色の石で、所々に苔が生えている。空気は冷たく湿っていて、微かにカビ臭い匂いがした。
足音が壁に反響する。
私たちは慎重に、一歩一歩進んだ。
最初の分岐点に辿り着いた。
通路が三つに分かれている。左、中央、右。
「……どっちだ?」
ケインが尋ねた。
リオンは三つの通路を観察した。
「……わからない。どれも同じに見える」
「とりあえず中央に行ってみましょう」
エレナが提案した。
私たちは中央の通路を選んだ。
リオンが壁に印をつける。剣で石を削り、矢印を刻んだ。これで、戻ってきても道がわかる。
通路を進むと——また分岐点があった。
今度は二つ。左と右。
「……また分かれてる」
ゼノが呟いた。
「このまま進むと、どんどん複雑になるわね」
ルナが冷静に言った。
私たちは左を選んだ。
そして——また進む。
分岐点、分岐点、分岐点。
迷路は複雑で、終わりが見えない。
私は時間の感覚を失い始めていた。
どれだけ歩いたのか。
十分?三十分?一時間?
わからない。
ただ——歩き続けた。
そして——突然、通路が開けた。
そこは——小さな広場だった。
円形の空間。直径は十メートルほど。中央には、古びた噴水があった。だが、水は出ていない。干からびた噴水が、ただそこに立っているだけだった。
「……休憩するか?」
ゼノが提案した。
「ええ。少し疲れたわ」
エレナが同意した。
私たちは噴水の周りに座り込んだ。
荷物を下ろし、水を飲む。
喉が渇いていた。冷たい水が、喉を潤す。
「……この迷路、いつ終わるんだ?」
ケインが不安そうに呟いた。
「わからない。でも、必ず出口はあるはずだ」
リオンが答えた。
私は噴水を見つめた。
干からびた噴水。
かつては水が流れていたのだろう。だが、今は何もない。ただの石の塊だ。
……何のために、こんなものがここにあるのだろう。
私は疑問を抱いたが、答えは見つからなかった。
「……そろそろ行くか」
リオンが立ち上がった。
私たちも立ち上がり、再び歩き始めた。
広場から伸びる通路は——四つあった。
「……また増えてる」
ゼノが呆れたように言った。
「どれを選ぶ?」
エレナが尋ねた。
リオンは四つの通路を観察した。
「……右端にしよう。一番端を選び続ければ、いずれ出口に辿り着くはずだ」
彼がそう言い、私たちは右端の通路を選んだ。
そして——歩き始めた。
だが——十分ほど進んだとき、私は気づいた。
この通路——さっきも通ったような気がする。
壁の苔の形が、見覚えがある。
「……待て」
私は立ち止まった。
「どうした?」
リオンが振り返った。
「……この通路、さっきも通らなかったか?」
私は壁を指差した。
リオンが壁を見た。
そして——彼も気づいた。
壁に刻まれた印がある。
彼が刻んだ矢印だ。
「……戻ってきたのか?」
ゼノが呟いた。
「いや、それはおかしいわ。私たちは真っ直ぐ進んでいたはずよ」
エレナが言った。
だが——印は確かにそこにあった。
私たちは——ループしている。
「……迷路が動いているのか?」
ケインが不安そうに言った。
「わからない。でも、このままじゃ出られないわ」
ルナが冷静に分析した。
リオンは考え込んだ。
「……もう一度、広場に戻ろう。そこで作戦を立て直す」
彼がそう言い、私たちは来た道を引き返した。
だが——広場に辿り着くことはなかった。
通路は、いつの間にか別の場所へ繋がっていた。
「……おかしい」
ゼノが呟いた。
「迷路が——変化してる」
ルナが言った。
私は周囲を見回した。
壁、天井、床。
全てが同じに見える。
どこが入口で、どこが出口なのか。
もう——わからなくなっていた。
「……落ち着け」
リオンが言った。
「パニックになったら、余計に迷う。冷静に考えよう」
彼の言葉に、私たちは深呼吸した。
確かに、焦っても仕方がない。
冷静に——考えるんだ。
「……もし、迷路が変化しているなら、印は意味がない」
私は呟いた。
「そうね。じゃあ、どうすれば……」
エレナが言いかけたとき——通路の奥から、音が聞こえた。
カツン、カツン、という規則正しい音。
足音だ。
「……何か来るぞ」
ゼノが剣を構えた。
私たちも武器を構えた。
足音が近づいてくる。
そして——姿を現した。
それは——人間だった。
いや——人間のような何かだった。
全身が灰色で、まるで石でできているかのようだった。顔には目鼻がなく、のっぺらぼうだ。右手には剣を握っている。
「……何だ、あれは」
ケインが呟いた。
「ゴーレムの一種かしら……」
エレナが言った。
石人が——襲いかかってきた。
動きは遅い。だが、確実にこちらへ向かってくる。
「行くぞ!」
リオンが叫び、私たちは迎え撃った。
ゼノが前に出る。彼の大剣が、石人の剣を受け止めた。
ガキィン!
激しい金属音が響く。
「硬いな……!」
ゼノが歯を食いしばった。
リオンが横から斬りかかる。彼の剣が、石人の腕を狙った。
だが——刃が弾かれる。
石人の身体は、まるで本物の石のように硬かった。
「くっ……!」
リオンが舌打ちした。
エレナとケインが背後に回り込む。
二人の剣が、石人の足元を狙った。
だが——石人は動じない。
まるで——全てを予測しているかのように。
「……厄介だな」
ルナが呟いた。
私は石人を観察した。
身体は硬い。
動きは遅い。
でも——予測能力が高い。
……弱点は?
私は考えた。
そして——気づいた。
関節だ。
石人の関節部分——そこだけが、僅かに柔らかい。
「関節を狙え!」
私は叫んだ。
「関節?」
ゼノが振り返った。
「ああ!首、肩、肘、膝!そこが弱点だ!」
私の言葉を聞き、リオンが動いた。
彼の剣が、石人の膝を狙う。
刃が——関節に食い込んだ。
石人がバランスを崩す。
「今だ!」
リオンが叫び、私たちは一斉に攻撃した。
関節を狙い、次々と斬りつける。
石人の動きが鈍くなる。
そして——ゼノの大剣が、石人の首を叩き割った。
石人が——崩れ落ちた。
「……終わったか」
ゼノが息を吐いた。
「ええ……でも、また来るかもしれないわ」
エレナが警戒しながら言った。
私は剣を下ろし、深呼吸した。
……また、身体が勝手に動いた。
弱点を見抜き、最適な判断をする。
なぜだろう。
なぜ、私はこんなことができるんだ?
答えは——まだわからない。
「……先に進もう」
リオンが言い、私たちは再び歩き始めた。
迷路は——まだ続いていた。
そして——私は、ふと気づいた。
仲間たちの足音が——また少しだけ揃っている。
でも——それは迷路の反響のせいだろう。
私はそう自分に言い聞かせた。
気のせいだ。
きっと——気のせいだ。
私たちは——迷路の奥へと、進み続けた。




