第106話 338階層の試練
翌朝、私たちは338階層へと降りた。
階段を降りきると、視界が開けた。
338階層は——巨大な円形闘技場だった。
直径は五十メートルほど。天井は高く、遥か上方に青白い光が漂っている。壁は石造りで、観客席のような段差が円形に並んでいた。だが、そこには誰もいない。ただ、空虚な空間が広がっているだけだった。
闘技場の中央には——大きな扉があった。
「……何だ、これは」
ゼノが呟いた。
「闘技場……みたいね」
エレナが周囲を見回しながら言った。
リオンは中央の扉を見据えた。
「あの扉を開ければ、先に進めるのか?」
「でも、何か罠がありそうだな」
ケインが警戒しながら言った。
私は闘技場を観察した。床は平らで、砂が敷き詰められている。壁には松明が等間隔で設置されていて、炎が揺れていた。
……静かすぎる。
何かが待ち構えているような、そんな予感がした。
「……行くぞ」
リオンが言い、私たちは慎重に中央へ進んだ。
足音が砂を踏む音に変わる。サクサクという音が、闘技場に響いた。
中央の扉に近づくと——突然、扉が光り始めた。
青白い光が溢れ出す。
そして——声が響いた。
『試練を受けよ』
低く、重い声だった。どこから聞こえるのかわからない。まるで、空間そのものが語りかけているかのようだった。
「……試練?」
ゼノが呟いた。
『六人の戦士よ。汝らの力を示せ。試練を乗り越えた者のみが、先へ進むことを許される』
声が消えた。
そして——闘技場の四方から、モンスターが現れた。
それは——ストーンゴーレムだった。
四体。全身が岩で構成されている。高さは三メートルほど。両腕は太く、拳は人の頭ほどもある。目には赤い光が灯り、こちらを見据えていた。
「囲まれた!」
ケインが叫んだ。
「陣形を組め!」
リオンが指示を出し、私たちは背中を合わせるように円陣を組んだ。
四体のゴーレムが、ゆっくりと近づいてくる。
地面が揺れる。ドシン、ドシンという重い足音が響いた。
「来るぞ!」
ゼノが叫び、ゴーレムが一斉に襲いかかってきた。
ゼノが前方のゴーレムと対峙した。彼の大剣が、ゴーレムの拳を受け止める。
ガキィン!
激しい衝撃音が響いた。
「重い……!」
ゼノが歯を食いしばった。
リオンは右側のゴーレムと剣を交える。彼の大剣が、ゴーレムの腕を斬りつけた。だが、岩は硬い。刃が僅かに食い込むだけで、致命傷には至らない。
「くっ……硬いな!」
リオンが呟いた。
エレナとケインは左側のゴーレムと戦っていた。二人の剣が、ゴーレムの足元を狙う。だが、ゴーレムは両腕を振り回し、二人を牽制した。
「危ない!」
エレナが叫び、ケインと共に後退した。
ルナは後方のゴーレムと向き合っていた。彼女の剣が、ゴーレムの関節を狙う。岩と岩の継ぎ目——そこが弱点だ。
彼女の剣が、ゴーレムの膝に突き刺さった。
ゴーレムがバランスを崩す。
「今だ、セリア!」
ルナが叫んだ。
私は駆け出した。
身体が勝手に動く。剣を握り締め、倒れかけたゴーレムの頭部に向けて跳躍した。
空中で剣を振り下ろす。
刃がゴーレムの頭部に食い込んだ。
ゴーレムの動きが止まる。
赤い光が消え、ゴーレムが崩れ落ちた。岩の塊が砂の上に転がる。
「一体倒したぞ!」
ケインが叫んだ。
「まだ三体いる!集中しろ!」
リオンが指示を出した。
私は剣を構え直し、次のゴーレムへ向かった。
ゼノが戦っているゴーレムだ。
彼はゴーレムの拳を受け止め続けていた。だが、徐々に押されている。
「ゼノ!」
私は叫び、ゴーレムの背後に回り込んだ。
そして——関節を狙う。
剣が、ゴーレムの腰の継ぎ目に突き刺さった。
ゴーレムが動きを鈍らせる。
「今だ、ゼノ!」
私が叫び、ゼノが大剣を振り上げた。
彼の剣が、ゴーレムの頭部を真っ二つにする。
ゴーレムが崩れ落ちた。
「助かった!」
ゼノが息を吐いた。
「まだ終わってない!」
私は振り向いた。
残るは二体。
リオンとエレナとケインが、それぞれのゴーレムと戦っている。
私とゼノは、リオンが戦うゴーレムへ向かった。
「リオン、俺たちも行くぞ!」
ゼノが叫び、リオンが頷いた。
三人でゴーレムを囲む。
リオンが正面から攻撃し、ゼノが右から、私が左から攻撃した。
ゴーレムは三方向からの攻撃に対応しきれない。
私の剣が関節に突き刺さり、ゼノの剣が腕を砕き、リオンの剣が頭部を叩き割った。
ゴーレムが崩れ落ちる。
「残り一体!」
リオンが叫び、私たちは最後のゴーレムへ向かった。
エレナとケインが苦戦していた。
だが——六人で囲めば、勝機はある。
「全員で行くぞ!」
リオンが指示を出し、私たちは一斉に攻撃した。
六人の剣が、ゴーレムを襲う。
関節が砕かれ、腕が折れ、頭部が割れる。
ゴーレムが——崩れ落ちた。
「……終わったか」
ゼノが肩で息をしながら言った。
「ええ……やっと」
エレナが疲れた様子で答えた。
私は剣を下ろし、深呼吸した。
戦闘は激しかった。だが、誰も大きな怪我はしていない。
そして——中央の扉が、ゆっくりと開き始めた。
『試練を乗り越えた。進むがよい』
声が響き、扉が完全に開いた。
その先には——階段があった。
339階層への階段だ。
「……やったな」
ケインが笑顔で言った。
「ええ。でも、次はもっと厳しいかもしれないわ」
ルナが冷静に答えた。
リオンは扉を見据えた。
「……休憩してから、進もう」
彼がそう言い、私たちは闘技場の端で休息をとることにした。
私は砂の上に座り込んだ。
疲れた。身体が重い。
でも——戦闘中、また身体が勝手に動いた。
ゴーレムの弱点を、まるで知っているかのように突いた。
……なぜだろう。
私はこのモンスターと戦ったことがあるのか?
記憶にはない。
でも——身体は知っている。
「……セリア、大丈夫か?」
リオンが声をかけてきた。
「……ああ、大丈夫だ」
私はそう答えた。
リオンは微笑んだ。
「お前の動き、すごかったな。まるでゴーレムと何度も戦ったことがあるみたいだった」
「……そうか」
私は曖昧に答えた。
でも——心の中では、疑問が渦巻いていた。
なぜ、身体が知っているのか。
なぜ、記憶にないのに、最適な動きができるのか。
答えは——まだわからない。
休憩を終え、私たちは339階層へと進んだ。
階段を降りると、そこには——広い洞窟が広がっていた。
天井は高く、鍾乳石が垂れ下がっている。床は濡れていて、水溜まりが点在していた。
「……先に進もう」
リオンが言い、私たちは歩き始めた。
足音が洞窟に響く。
そして——私は、ふと気づいた。
六人の足音が——また少しだけ揃っている。
でも——それは疲れているせいだろう。
私は頭を振り、前を向いた。
そう、きっと疲れているだけだ。
気のせいだ。
私はそう自分に言い聞かせた。
でも——心の奥底では、小さな違和感が静かに残り続けていた。
もし誰かが、この旅を外から観察していたら——きっと気づいただろう。
六人の足音が、まるで一つの音のように重なっていることに。
六人の影が、まるで一つの影から分かれたかのように動いていることに。
そして——六人の会話が、どこか不自然なリズムで繰り返されていることに。
でも——セリアは、まだ気づいていなかった。
彼女はただ——前を向いて、歩き続けていた。
夜は、静かに更けていった。




